死者たちの優しい涙
もなみとの口づけ…夢だったけど、夢じゃなくなった!へへ。あー、でも持てない奴が好きな人と急に仲良くなったりするの、割りと死亡フラグだよなー、気を付けよ。明らかになる緑人間の正体。もなみに迫る危機。命と引き換えても助けて見せる!覚悟完了‼
RPGっぽい異世界なう。朝。川原に降りて顔をあらう。ふふ。もなみと…憧れの先輩とキスしちゃったぜ。ぶっちゃけファーストキスはウィンドウに奪われた形だが…ちゃんと合意でするのはこれが始めてだ。悪いね、女っ気ない人生で。流石に昨日はその先には進まなかったよ?…無理あるだろ。状況的に。
あー…なんかあれだな。異世界においては俺、リアルが充実してるな。あれ?なんか変?アンリアルが充実してるのか?…まあいいや。寝床を片付け、米軍のテント片付けを手伝う。ジャーキーな朝食。…向こう戻ったらカロリーメイトとウィダーは鞄に常備しよ。出発前に俺は…エンリコのお墓に寄った。
十字架の前で片膝を付き、黙祷する。エンリコ…助けてやれなくてすまん。あんたのipod…大事にするよ。哀戦士…戦士ってほんと、哀しいな。死んだりしてもある意味…当たり前なんだもんな。俺さ、ほんとは勇者じゃないんだ。元卓球部の文系大学生なんだよ。けどもう…そうも言ってらんないよな。
次にあの緑モジャモジャ人間が出たら、捨て身で行くよ。あいつの為三人もやられた。ほっとけば更に犠牲者は増えるかもしれない。もなみ…次が彼女かも知れないんだ。命を賭ける価値はある。多分。精一杯やるよ。だからさ…気が向いたらでいいから、そうなった時ちょっと運が向くように…力を貸して。
「いた…出発よ。」あ、もなみ。ごめん今行く。「……。」……。「……。」……。「…昨日のことなんだけど。」…うん。「私…嬉しかった。感情的になっていいって言ってくれて。」うん。「父が…カリカリの合理主義者の、完璧を求める人で…小さい頃から理性的であるように…育てられたの。」…うん。
「だから…急に、感情を露わにしていい、って言われても…丁度良く小出しにする自信、ない。」うん。「けど清水君…ヒロの前では、今までより本音の私で居るようにする。」うん。頼む。「きっと面倒臭い女になると思うけど…いい?」…人間って元々そういうもんだ。その方がリアル。お互いに素でいよ?
「えっと…その…ありがと。」うつむくもなみ。耳まで赤い。くっ…かわいいぜ!「あ!」どうした?「忘れ物!洗濯した物、隠して干したままだった!取って来る。」あー下着かなんか洗ったのか。替えはないもんな。…待てよ?じゃあもなみ今ノーパ…【ドゲシッ‼】っでおうっ!蹴るなよ。一応勇者だぞ?
小走りに駆けてくもなみ。あー、あの娘とキスしたんだな〜俺。へへ。ぷ〜ん、と虫の羽音が耳元で。ばちん!捉えたぜ。あ、昨日剣に着いてた虫と同じ虫。緑の蚊みたいな。蚊って何気にすげーよな。動物の呼気の二酸化炭素を嗅ぎ分けて夜でも獲物を判別するんだろ。あれ?俺今もなみにハアハアなってた?
そういや、最初の犠牲者のプライベートさんメタボ気味でハアハア言ってたな。ん?二番目のさらわれ兵の人は…確かもなみが見た時、動揺してハアハア言ってたんだっけ?…エンリコも…忘れ物を取りに走って行って…。‼…緑人間、呼吸の荒い人間を狙うんじゃないのか⁉ あ!剣に着いた虫!二酸化炭素!
あの緑人間…剣で斬れない筈だ‼あいつもしかしてすげえ数の、虫の集合体なんじゃねえのか⁉ 木から落ちた時も消えたんじゃなくて…分散して散って…再集合したんだ!だとしたら…やばい!もなみが危ない! もなみが去って行った方に駆け出す。指笛。木々の間にウィンドウが見えた。走りながら叫ぶ。
ウィンドウ!ラムを連れて来てくれ!もなみが危ない!「けーんっ!」一鳴きして本隊に向け飛び去るウィンドウ。くそ!馬鹿だ俺は!下着取りに行くのについて行かない方がいいかな、なんて。蹴られても殴られてもピッタリくっついとくべきだった。目ん玉にくっつく瞼みたいに。…頼む!間に合ってくれ‼
RPGっぽい異世界なう。森の中を走る。走りながら剣を抜く。あいつには効かないかもしれないが抜かずにいられない。もなみーっ‼叫ぶが返事はない。姿も見えない。まさかもう…いや!そんな筈ない!きっと大丈夫だ!大丈夫に決まってる!大丈夫で…あってくれ。…頼むから。変わりに俺の命やるから!
はあっ、はあっ、もなみーっっ‼…いた!こっちに気付いて、手を振ろうとしてる。…‼…その後ろに!緑人間‼…もなみ‼伏せろ!伏せて息を止めろーっ‼ 俺は思い切り叫んで緑人間に駆け込む。「きゃぁぁぁっっ!」もなみは背後に迫る緑人間に気づいて悲鳴を上げる。叫んじゃダメだ!息を止めるんだ‼
俺の叫びが届いて、もなみは両手で口を押さえてうずくまった。それでいい。そのもなみとすれ違い、奴に突っ込む。…ごめんなもなみ、俺、ここまでかも。はぁっ、はぁっ…俺はここだぞ!緑人間!すうーっっはあぁぁっ‼びくっと奴が反応してワサワサ下草を踏み越えながら俺に迫る。両手上段から面一本!
真っ向…唐竹割りぃっ!シバッ!奴の頭頂から股下まで、あっさり剣がすり抜ける。やっぱり!よく見ると人型の端っこは小さな虫が着いたり離れたりしてる。逆袈裟!抜き胴!だめだ!やっぱり効きゃしねえ。「ぶぶぶぶぶぶぶ…」奴が近づくと何千何万という虫の羽音の大合唱が耳に届いた。気色悪い!
ずわっと奴の左手が膨らんでほどける。実体化したノイズのような食人昆虫の群れは俺の右手に巻き付くように取り付いた。ぎゃぁっ!痛い痛い痛いっ!くそ!離せ!振りほどこうともがいても腕から登るように奴らは俺にまとわりつき、見る間に俺を飲み込んだ。うぎゃぁぁっ!い…痛えぇ!全身が喰われる!
衣服の間から滑り込み、ぢがぢがと小さな口で肉をついばむ。いででででっ!痛くて…気が狂いそうだ。もがっ!口に⁉「ぶぶぶぶぶっっ!」あー…耳にも。ここまでか…意識が遠のく。痛みが遠い世界の出来事のように実感から剥がれて行く。虫に喰われてゲームオーバーか…ま、俺らしいっちゃ俺らしい。
さよならみんな。さよならアベさん。父ちゃん母ちゃん、兄弟たち。…そしてファム。…もなみ。賢いもなみ。ヤキモチ焼きなもなみ。素直になれないもなみ。俺はここまでだけど、別の誰かに素直になって…幸せにしてもらえよ。次の瞬間、目の前が真っ赤になった。全身が焼けるように熱い。これが死…か。
「Don't worry.」…誰?あ、エンリコ。迎えに来たのか?微笑んで首を振るエンリコ。「Be happy.」あ…ホセ…黒人の兄ちゃんも。笑ってウィンクしてる。死んでまで陽気だな、ホセ。俺はそこで意識を失った。遠くで…哀戦士のメロディが聞こえた気がした。
…臭い。誰かスルメかなんか炙って…焦がした?あー…なんか体がだるいな。ん?俺…着てる服ぐちゃぐちゃに濡れてる。きしょ。…しかも今寝てるの…外じゃね?地面…木々の葉が風に擦れる音。…誰か…胸の辺りに乗ってる?重い。なんだこの状況。酔ってなんかやらかした?寝る前…森…あ!思い出した‼
RPGっぽい異世界なう!そうだ、俺…緑人間と刺し違えるつもりで…もなみの身代わりになって…もなみは⁉無事か?がばっ、と起きる。胸にもたれるようにしてた人物がこっちを見て力なく微笑んだ。「…ヒロ。気ぃついたんやな。良かった…。」ファム。…ってことはもなみも無事か。良かったぁ…。
ファムは調子が悪いのか眠いのか…今にも眼を閉じそうだ。…大丈夫か?ファム。どうした?顔色悪いぞ。「平気や。うち、…」かっと目を見開くファム。その表情が見る間に怒りのそれに染まる。わなわなと肩を震わせ、きっ、と俺を睨んだ。「大丈夫かじゃないでしょ‼この大馬鹿野郎!」…まさかの罵倒。
えーと…もなみ?【すぱぁんっ!】痛えっ!ビ…ビンタ。いい音したなぁ、今。「あんた何考えてんの⁉私を庇ってあなたが死んで…私が喜ぶとでも思ってるの⁉馬鹿。目の前であなたが…骨になったりしたら…私…私…。」もなみ…。「そんなことになったら私…一生自分を許せないじゃない。馬鹿。馬鹿!」
もなみは泣いていた。よく見ればもなみの服も髪もびしょ濡れだ。彼女はがばっ、と俺に抱きつくとわんわん泣き始めた。「よかった…生きてて…清水君…ヒロ…。」もなみ…ごめんな心配掛けて。えー…虫の塊に呑まれたとこまでは憶えてるんだが、あの後どうなったんだ?バサバサっと黒い鳥が肩に止まる。
あ、ウィンドウ。「馬鹿は死ななきゃ治らない…ってのは本当ね。」…うっせ。「私がラムを連れて来た時、あなたは虫の塊そのものだった。即座に彼女が炎の魔法をあなたに放った。あなたは虫ごと火達磨になったの。」…我ながら壮絶だな。「虫は全滅。でも火勢が強すぎて…あなたは焼け死ぬ所だった。」
そっか。そこまで考えてなかった。確かに馬鹿だ。俺は。「皆がどうしようもなく…一瞬時間が止まったみたいだったわ。」よく助かったな俺。「…奇跡、と言っていいのかしら。急に…本当に突然、すごい勢いで雨が降り出したのよ。」…え?「たちまちあなたの体の火は消えて…すぐにファムナが来て。」
「一日二回の癒しを二回ともあなたに使った。連続でね。」…そうか。見ると服や鎧はそこかしこ焼け焦げて…衣装だけならゾンビみたい。おまけに濡れてぐしょぐしょ。んー。勇者なのにこんなみすぼらしくていいんだろうか。…もなみ。「…。」悪かった。心配掛けて。でも俺も一緒なんだよ。「…何が?」
目の前でもなみが骨になるのを見過ごしたりしたら一生自分を許せない。今後似たような事になったら俺…何度でもお前を助ける。だからなるべく…そんな事にならないようにしてくれ。「…馬鹿。馬鹿。馬鹿。ばかぁっっ!」もなみは改めて俺の胸にすがると、いっそ激しく泣いた。俺をぽかぽか叩きながら。




