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樹の、落ちる空に  作者: (せ)
19/26

4.4

 明くる朝は、驚くべき出来事がふたつもあった。

 まずは、庭の木の、きのうと同じこずえにあの鳥がまだ留まっていたことだ。

「あの鳥まだ動かないわ。あそこで、立ったまま死んじゃってるんじゃないわよね」

「いや。きのうと同じ枝にいるけど、微妙に位置が変わってるように見えるよ。昼間は活動して朝はあの場所にもどってるんじゃないかな」

 あそこがお気にいりなのかもね、と春樹は言ったが、冷たい朝風にも微動だにしないなんて、やはり気がかりでならなかった。

 昔、幸が玄関先でポーズを決めたカマキリを見つけたことがあった。幸はまだ小学校にも入学していないころだったと記憶している。

 あくる日も、またあくる日も、まだいる、まだいると言って幸は大喜びしていたが、数日たっても、カマキリは鎌を振りあげたまま延々と幸を歓喜させていた。

 そのうち幸もそれがどういうことなのか子供心に悟ったらしく、知った晩は部屋にこもってひっそりと泣いていた。

 そんなことを思いだしたものだから余計にこの鳥が心配になった。

「ほら、首を動かしたよ」

「え」

 春樹の呼びかけで外に視線をもどすと、小さなからだはそのままに、たしかに首だけがきょろきょろと動いていた。

「生きていてよかったわ」

「よかったね」

 のんびりそんな話をしていると、ふたつ目の驚くべきことがやってきた。

 この時間帯に珍しく玄関のチャイムが鳴ったのだ。

「わたしが出るわ」

 二階から駆けおりていくあいだに、チャイムがもう一度鳴ることはなかった。

 サンダル履きで急いで玄関の扉を開けると、そこには意外な人が立っていた。

「詩織さん、おはようございます」

 さらに驚いたのは、そこにいた人物よりも、この彼からはとても想像できないような暗澹たる震え声だ。

「どちら様かな」

 二階から春樹もおりてきた。

「あ、春樹はいいの。リビングに行ってて」

 春樹は廊下から会釈をしてリビングに入っていった。

「どうしたの、隼太くん」

 これほど元気のない姿を見るのは初めてだ。

「朝からすみません」

「大丈夫よ。なにかあったの」

「はい」

「どうしたのかな」

「あの、きょうも学校のあとに相談したいことがあるんです」

「それで学校に行く前にわざわざ来てくれたのね」

 隼太くんからはじめて相談を受けたのは、ひと月くらい前だ。それ以来、何回かにわたって話を聞き進めている。

「うん。きょうは早くあがれるから、隼太くんが学校帰りに寄ってくれるまでには家にいるようにするね」

 隼太くんは、ありがとうございますっ、と頭をさげて走り去っていった。

 このあいだは産婦人科帰りの道端でばったり出会い、近くの喫茶店で短い時間話を聞いた。今回は約束まで取りつけて話をしたいというくらいだし、きっとそのときよりも、もっと深刻な事柄であるに違いない。

「隼太くんだったね、どうしたの」

 春樹はリビングソファーで新聞を畳みながら言った。もうそろそろ、わたしたちも出発しなければならない時間だ。

「近頃よく相談にのってあげてるって言ったじゃない」

「うん」

「でね、きょうもお願いしますって。なんだか切迫した表情をしていたから心配だわ」

「そろそろ進路も決定しなければいけないからじゃないかな。子供だって深刻な顔くらいするものだよ」

「ううん、きっと違うことなの」

 わたしには、隼太くんがあれだけ悩む理由がどんなことなのか、思いあたるところがあった。

「わたし、最近隼太くんと話す機会が多くなったじゃない」

「そうだね」

「それで、なんとなくなんだけど、隼太くんの様子とか見ててね、もしかして、って思ったことがあるの」

 春樹はこぶしを頭にやって考えるような身ぶりをした。

「断言はできないけどね、隼太くん、幸のことが好きなんじゃないかなって思うの」

 当然、知ってるよ、と春樹は笑った。

「違うの。好きっていうのは、ほかの友達よりもクラスの女の子とかよりも好きっていう意味でね」

 そこまで言いかけると、春樹はぴんときた顔をして、ありありと肩を落とした。

「まあ、女の子はそういうことを想像するのが好きだからね」

 春樹はそのまま出掛けの準備を再開しようとする。

「ちょっと、春樹」

 春樹ったらまったくの誤解だ。心外はなはだしい。

 わたしがいたいけな少年ふたりをつかまえて、自分勝手な妄想の種にしていると、そう思っているんだ。

「わたしは隼太くんを本気で気にかけてて、それでだんだんと、そういう気持ちがみえてきたのよ。独りよがりの思いこみなんかじゃないわ」

 春樹は言わせも立てず、はいはい、とわたしをあしらうと、さっさとリビングから出ていってしまった。

 春樹も幸もこういうことに鈍感だから、隼太くんの気持ちが全然わからないんだわ。

 玄関で春樹に追いついたが、顔を合わせないように横をむいて靴に足を入れた。それでも春樹は動じることなく、もうわかったから、と手のひらをわたしの頭に乗せた。

「もう」

 頭に置かれた大きな手をむんずと取り、表に出た。

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