4.3
きょうはほとんどがデスクワークで、午前の部と午後の部でカウンセリングをしたのは一人ずつだった。
午前の人は、カウンセリングを受けはじめてもう半年経つ女性で、すっかり元気を取りもどした彼女とはきょうで最後だった。
午後に来た女性とはカウンセリングをはじめてまだ間もない。
――踏切で電車待ちをしているとき、線路に飛びだしたい衝動
駆られる。
――家でガラスのカップを持っていると、なんでもないのに壁に
むかって投げつけそうになる。
――してはいけないわかっているからやらないけど、いつ理性が
衝動に負けてしまうかと思うと恐ろしい。
彼女は必死に説明した。
訴える一言一句が切実で、彼女の嗚咽がいまも耳に残っている。
わたしが担当する相手は大抵が同年代の女性だが、彼女はわたしより二十以上も年が上だった。たまにこのくらい上の女性を担当することもあって、相談の多くはなにかと子供のことがかかわってくる。
それゆえ、新しくカウンセリングをはじめるとき、最初に心配になるのが、女性としての情動の同調が素直に受けいれてもらえるかどうかというところだ。「同じ女性として、あなたがどうしてそのような気持ちになって、そのような行動をとってしまったのかわたしも理解できます」と、そんなことを言うと、それに対して「年下で子育ての経験がないのあなたにわかるわけがない」と突きかえされてしまうことがあるのだ。
何度かそういった拒絶を味わっていたから、年上の女性と対面する場面では余計に気をつかってしまう。
懸念に違い、きょうの女性からは拒絶されることがなかった。
おかけで、夕方から近くの居酒屋の座敷で行われた榎波の歓迎会には、少し気持ちに余裕をもって参加することができた。
そこでも榎波は品位備わる人格者で、女性の同僚たちに囲まれていても、浮かれる様子は一切みあたらなかった。
「それで、幸くんのことは切りだせなかったんだ」
春樹はとなりのベッドに腰かけた。わたしは自分のベッドに潜ったまま、毛布から顔だけ出して春樹に言った。
「切りだすもなにも、一度も言葉を交わさなかったわ」
それどころか、目さえ一度もあわなかった。
「榎波さんは、詩織の苦手なタイプの人だったのかな」
「――そうでもないけど」
そうでもないけど、春樹の指摘がまったくの見当はずれということでもない。
「いいわ。あしたにでも声をかけてみる」
「そうだね」
アルコールがからだ中をぐるぐる巡り、いつしか春樹が見えなくなっていった。




