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僕らの平和に忍び寄る影  作者: 逢沢 雪菜
承章 死亡 
6/9

★ 六話

 我に返ったのはそれから数分してからだった。それだけ冷静さを欠いてしまっていたという事だが、それはイコールでそれだけ衝撃的な光景だったのだと言えよう。


 ゆるゆると、よろよろと、それでも自力でしっかりと立ち上がる。


「百弥、そろそろ立って、帰るかせめて樹里の部屋行ってて。樹里、警察と救急に連絡。もう、助からないと思うけど……」

「分かった」


 樹里がそう言って部屋を出た。


 ふぅ、と1回溜息を吐いたら、ズボンの裾を引っ張られる感触がした。


「兄ちゃん……綺来…私……」


 裾を掴んでいたのは、案の定百弥だった。

 いつもの様子からは想像出来ないくらい弱々しい声で、泣き続けて赤くなった瞳で僕を見つめながらそう言った。


「綺来ちゃんはお前の所為じゃない。ここに居るのは辛いだろ、移動しな」


 そう言ったら、何も言わずに1回頷いて立ち上がろうとするも、足に力が入らないらしく、なかなか立てない。手を貸して、ようやく立ち上がれたのを、とりあえず樹里の部屋まで移動させる。


 それからもう1度、綺来ちゃんの部屋に入る。


 黄色を基調とした部屋は、“女の子の部屋”という雰囲気を残しつつも、やはり樹里の部屋のように生活感は薄い。


 しかしそれも、まだ何も起きていなかった時の様子の想像でしかない。


 物を荒らされた形跡こそ無いものの、壁紙や家具同様、元は黄色だったカーペットは一部が赤黒く染まっている。その染まった範囲から、かなりの出血だった事が窺える。

 この量だと、恐らくは救急を呼んだところでもう間に合わないだろう。瞳孔や脈を確認するまでもない。死因は舌を噛み切ったなどでなければ出血多量だ。


 そしてベッドに横を向いた状態で、こちらを見つめるように在る死体――綺来ちゃんだが、目立つ外傷が異常に多い。

 なぜか捲ってある両袖。足は裸足。膝を見せびらかすような季節外れの半ズボン。これらで露出している素肌には、これでもかという程の傷痕や痣などが、そうやって今見えているだけでもかなり古いものや比較的新しいものまで十数ヶ所。はっきり言って異常だ。


 そして、一番物々しいのが、左手首の包帯。僕はこれを見た瞬間に、リストカットを連想した。しかしそれも、恐らくは死亡の決定打にはならない。包帯に滲んでいる血がほぼ無いと言っても過言ではないからだ。リストカットで切れる血管ははたして動脈だったか静脈だったか。どちらにせよ、太い血管に行き着く程深い傷ではないのだろう。


 そして僕が、死亡の決定打と推測したのが、首だ。

 どの傷よりも深く、まるで抉るように切られた傷が、そこには有った。


 そこまで考えたところで、僕の頬を汗が一筋伝った。

 冷や汗でもあるのかもしれないが、少なくとももうそこまで動揺してはいない。この季節に汗をかくほどの室温になっている原因はガンガンに焚かれている石油ストーブだ。


 とりあえずあれを止めよう。そう思って一歩踏み出した時、パキッという音をたてて何かを踏み割った。


 立ち止まって足の裏と床を確認するが、何も落ちてはいない。すると少なくとも硝子ではない。窓は十全の状態で、カギまでかかっているし、そもそも窓硝子程厚い硝子ともなれば、軽く踏んだ程度では割れまい。


 ならば何だと疑問は絶えないが、それは樹里が部屋に入って来た為に一時保留となった。


「何か、分かった?」

「いや…あまりそれらしいのは分からないな……。唯一、ストーブが懸念事項なだけ」

「やっぱり? 焚きすぎなくらいだよね。消してくる」


 そう言ってつかつかとストーブに歩み寄り、あっさりとストーブを止めた。


「設定温度25度だって! この格好じゃ暑く感じる訳だ……」

「………………」

「どうしたの?」

「いや…些細な事なんだが……。百弥に話を聞かねばならんな……」


 それは若干どころか、かなり気が引ける事ではあるのだが、それでもアイツは現状では貴重な情報源で、何より第一発見者だ。


 その時、背後から小さく頼りないか細い声が聞こえた。


「兄…ちゃん……聞いて…話……」

「!! 百弥!」


 いまだふらつく足取りで、壁に寄り掛かるようにして百弥は立っていた。


「綺来は……たぶん、間違い無く…私の……私達の所為…………」

「お前()?」


 そのわざとらしい言い回しは何なのか。

 疑問に思っていると、百弥は堰がを切ったように、先程よりも強い勢いで泣き出した。


 必要以上に暖められた部屋。踏んだら割れた何かの破片。無数の傷痕に手首の治療と首の傷。百弥が言う複数の犯人。


 そういえば――


「凶器が、無い…?」


 犯行――綺来ちゃん殺害に使用されたと思われる凶器が見当たらない。


 窓は閉まっている。それは僕達がこの部屋に入る前からだ。

 部屋の入口の開き戸も閉まっていた。


「……樹里」

「何?」

「お前が帰って来るまで、玄関その他の戸締まりはされていたか?」

「全部厳重過ぎるくらいに閉まってたけど……もしかして……」

「実質的な密室。だけどそのおかげで――恐らくは、理解したよ」


 僕がそう言うと、樹里も百弥も反射的に僕を見た。


「理解したって……何が?」

「全てが」



 僕はただ、そう呟いた。


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