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怪獣のいない世界〜偶然アレに変身できたけど一切使い道がない件〜  作者: 大福


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1/20

第1話 もう絶対、変身しない

俺は、ごく普通の会社員だ。


 三十代。


 損害保険会社勤務。


 休日に一人で山へ来たからといって、別に登山が趣味なわけでもない。


 最近。


 会社と家を往復するだけの生活が続いていた。


「たまには自然でも見るか」


 そんな理由で。


 一人で山へ来ただけだ。


 本格的な登山をするつもりもない。


 駐車場から少し歩けば展望台まで行ける。


 その程度の場所。


「……疲れた」


 十分ほど歩いて。


 もう後悔していた。


「家で寝てりゃよかったな……」


 そんなことを呟きながら歩いていた時だった。


「ん?」


 道から少し外れた草むら。


 何かが光った。


「なんだ、これ?」


 拾い上げる。


 銀色。


 長さはボールペンくらい。


 金属のようにも見える。


 だが。


 継ぎ目がない。


 ノックする部分も。


 クリップも。


 文字もない。


「……高そう」


 最初に思ったのは、それだった。


「誰かの落とし物か?」


 表面を指でなぞる。


 冷たい。


 金属。


 たぶん。


「…………」


 もう一度。


 指でなぞった。


 その瞬間。


 ――光。


「うわっ!」


 景色が消えた。


「……え?」


 真っ白な空間。


 上も。


 下も。


 何もない。


「どこだよ、ここ……」


 そして。


 目の前に。


 誰かが立っていた。


「…………」


 人……?


 背丈は俺と大して変わらない。


 だが。


 頭から足先まで。


 全身が銀色だった。


 服を着ているようには見えない。


 かといって。


 裸にも見えない。


 身体そのものが。


 滑らかな銀色の装甲に覆われているような。


 妙な姿。


 無駄なく引き締まった身体。


 人間より少し広い肩。


 頭には髪がない。


 耳も見当たらない。


 鼻や口らしきものはあるが。


 人間よりずっと単純な形をしている。


 そして。


 目。


 大きな二つの目が。


 白く光っている。


「…………」


 胸元には。


 縦長の小さな光。


 青白く輝いていた。


「…………お前」


 なんだ。


 これ。


 いや。


 なんか。


 知ってる。


 こいつそのものを知っているわけじゃない。


 でも。


 銀色の身体。


 光る大きな目。


 胸の光。


 この感じ。


「…………」


 子供の頃。


 テレビの前に座って。


 何度も見た。


 何度も真似した。


 あの。


「……アレ?」


 銀色の男が。


 ゆっくり。


 俺へ歩いてきた。


「え?」


 一歩。


 また一歩。


「ちょ……」


 逃げようとした。


 身体が動かない。


「え?」


 銀色の男が。


 俺の目の前で止まる。


 そして。


 俺の肩へ。


 そっと手を置いた。


「…………」


 近い。


 しかも。


 ものすごく真剣な顔をしている。


「……何?」


 銀色の男が。


 ゆっくり口を開いた。


『へぁ……』


「…………え?」


『ヘァへぁ。へぁ……ヘァ』


「…………」


『へぁ。ヘァへぁ!』


「ストップ! ストップ!」


 銀色の男が止まる。


「日本語でお願いします」


「…………」


 目が合う。


 銀色の男は。


 しばらく俺を見つめた。


『…………へぁ』


「いや、へぁじゃなくて」


 すると。


 銀色の男は。


 再び俺の肩を掴んだ。


 さっきより。


 力強く。


『へぁ……ヘァへぁ……!』


「なんで続けるんだよ!」


『ヘァ!』


「分からんって!」


 たぶん。


 大事なことを言っている。


 顔を見れば分かる。


 ものすごく真剣だ。


 何かを託そうとしている。


 そんな雰囲気だけは。


 嫌というほど伝わってくる。


 ただ。


 肝心の内容が。


 一言も分からない。


「だから日本語で――」


 銀色の男が。


 満足そうに頷いた。


「…………え?」


 一歩下がる。


「いや、待て」


 右手を上げる。


「絶対伝わってないぞ」


 そして。


 力強く。


 親指を立てた。


『へぁ!』


「何に納得したんだよ!」


 ――光。


「うわっ!」


     ◇


 気がつくと。


 俺は元の山道に立っていた。


「…………」


 鳥の声。


 風。


 木々。


 さっきまでと何も変わっていない。


「……何だったんだ、今の」


 夢。


 そう思いかけて。


 右手を見る。


「…………」


 ある。


 さっき拾った。


 銀色のボールペンみたいな物。


「何なんだよ……」


 掌の上で転がす。


 そして。


 さっきの銀色の男を思い出した。


「…………」


 やっぱり。


 アレだよな。


 昔。


 よくテレビで見た。


 あの。


 巨大な。


「…………まさかな」


 思わず苦笑する。


 そんなわけがない。


 あるわけがない。


 でも。


 手には銀色の何か。


 さっき現れた。


 銀色の男。


「…………」


 辺りを見回す。


 右。


 左。


 後ろ。


 誰もいない。


「…………」


 まあ。


 誰も見てないし。


 俺は銀色の物を握った。


 子供の頃。


 テレビの前で何度も真似した。


 あの構え。


 片腕を胸の前へ。


 もう片方を。


 高く掲げる。


「なんてな」


 ――閃光。


「えっ?」


 身体が。


 光に包まれた。


「え?」


 視界が上がる。


「えっ?」


 木々が。


 どんどん下へ。


「ちょっ……」


 違う。


 木が下がっているんじゃない。


 俺が。


 大きくなっている。


「えっ?」


 地面が遠ざかる。


「待て待て待て!」


 まだ。


 上がる。


「怖っ!」


 さらに。


 上。


「怖い怖い怖い!」


 木のてっぺんを越えた。


「高い高い高い!」


 まだ止まらない。


「もういい!」


「もういいから!」


「止まれって!」


 ようやく。


 止まった。


「…………」


 風。


 さっきまで歩いていた山道が。


 遥か下にある。


「…………」


 足が震えた。


「無理……」


 下を見る。


「怖っ……」


 俺は。


 高いところが。


 死ぬほど怖い。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫んだ。


 少なくとも。


 そのつもりだった。


 山々に。


 野太い声が轟いた。


『へぁぁぁぁぁぁぁ!!』


「…………え?」


 自分の口を押さえる。


「今の……俺?」


『へぁ……?』


「…………」


 もう一度。


「え?」


『へぁ?』


「…………」


 最悪だ。


 喋れない。


 いや。


 喋ってはいる。


 全部。


 へぁになる。


「なんでだよ!」


『ヘァへぁ!』


「…………」


 とにかく。


 低くなりたい。


 地面に近づきたい。


 俺は。


 恐る恐る膝を曲げた。


 ズンッ!!


「え?」


 足元が。


 沈んだ。


 地面が揺れる。


「…………」


 ミシ。


 ミシミシ。


 山肌へ。


 亀裂が走った。


「……まさか」


 次の瞬間。


 崩れた。


 ドドドドドドドドッ!!


「えっ!?」


 大量の土砂が。


 一気に斜面を滑り落ちていく。


「ちょっと待て!」


 その先。


 民家。


「危ない!」


 考えるより先に。


 身体が動いた。


 斜面へ。


 両腕を伸ばす。


 流れ落ちる土砂を。


 受け止めた。


 ドドドドドドドドッ!!


「ぐっ……!」


『へぁぁぁっ!!』


 身体へ。


 凄まじい重さがかかる。


「止まれ!」


『へぁぁぁぁ!!』


 土砂が。


 腕の前に積み上がっていく。


 それでも。


 押さえる。


「止まれって!」


『へぁぁぁぁぁ!!』


 やがて。


 轟音が止んだ。


「…………」


 家。


 潰れていない。


「…………」


 玄関が開いた。


 女性が一人。


 飛び出してくる。


「大丈夫ですか!?」


『へぁ!?』


「…………」


 女性が。


 ゆっくり。


 上を見る。


 俺を見る。


「…………」


 目が合った。


「…………」


「キャァァァァァァァ!!」


「えっ!?」


『へぁ!?』


 女性は。


 ものすごい勢いで家へ戻った。


 バタン!


「…………」


 いや。


 まあ。


 そうなるか。


 俺だって。


 家から出て。


 こんなのがいたら。


 叫ぶ。


 その時。


 ドドドドドッ!


「え?」


 土砂が。


 俺の腕の横から。


 別方向へ流れていた。


 道路。


「待っ――」


 車。


 急ブレーキ。


 キィィィィッ!!


 ドンッ!


 後続車。


 さらに。


 ドンッ!


「…………」


 クラクション。


 叫び声。


「嘘だろ……」


『へぁ……』


 遠くから。


 サイレンが聞こえてくる。


 道路には。


 人が集まり始めた。


 そして。


 一人が。


 スマホをこちらへ向けた。


「…………」


 もう一人。


 さらに。


 もう一人。


「違う」


『へぁ』


「俺は……」


『へぁ……』


「違うんだって!」


『へぁ! ヘァへぁ!』


「…………」


 駄目だ。


 何一つ。


 伝わらない。


 警察。


 救急車。


 事故車。


 土砂。


 スマホを向ける人々。


 そして。


 俺。


「…………」


 怖くなった。


「無理だ……」


『へぁ……』


「ここにいちゃ駄目だ」


 逃げたい。


 でも。


 歩けば。


 また何か壊すかもしれない。


「…………」


 その時。


 昔見たアレを思い出した。


 こういう時。


 あいつらは。


「……飛ぶよな」


『へぁ?』


「…………」


 飛べる。


 たぶん。


 こういうのは。


 飛べる。


 俺は。


 恐る恐る。


 腕を上げた。


「…………飛べ」


 身体を前へ傾ける。


 次の瞬間。


 ドンッ!!


「うわっ!?」


 身体が。


 空へ飛び出した。


 地面が揺れる。


 砂埃が舞う。


 木々が大きくしなる。


 道路脇の標識が。


 グニャリと曲がった。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


『へぁぁぁぁぁぁ!!』


 速い。


 そして。


 高い。


「怖い怖い怖い怖い!!」


『へぁへぁへぁへぁ!!』


 下なんか見られない。


 前だけ。


 前だけ見る。


「帰りたい!」


『へぁぁぁ!!』


 その時。


 前方に。


 何かが見えた。


「…………ん?」


 白い。


 翼。


「…………え?」


 旅客機。


「嘘だろ!?」


『へぁ!?』


 向こうも。


 こちらに気づいたのか。


 機体が傾く。


「どっち!?」


「どっちに避けるんだよ!?」


『へぁ!? ヘァへぁ!?』


 分からない。


 こんな身体。


 今日初めて使ったんだ。


「うわぁぁぁぁ!!」


『へぁぁぁぁ!!』


 旅客機が。


 目の前を横切る。


 翼の先端が。


 俺の腕を掠めた。


 ガンッ!


「うわっ!」


 機体が。


 大きく傾く。


「…………」


 落ちる。


 そう思った。


「…………」


 だが。


 機体は。


 ゆっくり姿勢を戻していく。


「…………よかった」


 その瞬間。


 ピコン。


「え?」


 胸元。


 赤い光が点滅している。


 ピコン。


 ピコン。


「……何これ」


 ピコン。


 ピコン。


 ピコン。


「…………」


 これも。


 見覚えがある。


「これ……ヤバいやつだろ」


 点滅が速くなる。


「降りる!」


「降りる降りる!」


『へぁ! ヘァへぁ!』


 人のいない場所。


 どこだ。


 山。


 森。


「…………あそこ!」


 開けた場所。


 高度を下げる。


「怖い怖い怖い……」


 地面が近づく。


「ゆっくり……」


「ゆっくり……」


 ズンッ!


「ぐっ!」


 着地。


「…………」


 立っている。


 たぶん。


 何も壊していない。


「戻れ!」


『へぁ!』


「戻ってくれ!」


『へぁぁ!』


 ピコン。


 ピコン。


 ピ――――。


 ――光。


「うわっ!」


 視界が。


 一気に下がった。


「…………」


 気づけば。


 地面に座り込んでいた。


 手を見る。


 普通。


 足。


 普通。


 身体。


 普通。


「…………戻った」


 遠くから。


 サイレン。


 そして。


 ヘリコプターの音。


「…………」


 俺は。


 銀色の物を握った。


「帰ろう」


 何が起きたのか。


 まだ。


 全然分からなかった。


     ◇


 自宅。


 玄関を閉める。


 鍵をかける。


 カーテンも閉めた。


「…………」


 銀色の物を。


 テーブルへ置く。


 テレビをつける。


『速報です』


「…………」


『本日午後、山間部に巨大な人型の未確認物体が出現しました』


 画面が切り替わる。


「…………俺だ」


 スマホで撮影された映像。


 山の中。


 銀色の巨人が。


 両腕で土砂を受け止めている。


『巨大な人型物体の出現とほぼ同時刻に土砂崩れが発生し――』


 道路。


 事故車。


 救急車。


「…………」


『一方、土砂の進行方向にあった住宅については、巨大な人型物体が土砂を堰き止めたことで直撃を免れたとみられています』


 映像が変わる。


 あの家。


「…………」


 そこで。


 初めて。


 俺は考えた。


 もし。


 あの時。


 俺が手を出さなかったら。


 あの家は。


 土砂に飲まれていたかもしれない。


「……助けたのか」


 俺が。


 人を。


「…………」


 だが。


 すぐに。


 事故現場の映像へ変わった。


 土砂。


 事故車。


 救急車。


『また、同時刻――』


 今度は。


 旅客機。


『飛行中の旅客機と巨大な飛翔物体が異常接近し、一部が接触した可能性があるとして――』


「…………」


 テレビを消した。


 静かになった。


「…………」


 助けた。


 でも。


 事故も起こした。


「…………」


 何が正しかったのか。


 分からない。


 ただ。


 一つだけ。


 今の俺にも分かることがある。


 俺は。


 損害保険会社に勤めている。


「…………」


 棚を見る。


「やめとけ」


 自分に言う。


「知らない方がいい」


 数秒。


「…………」


 棚から。


 赤本を取り出した。


 テレビをもう一度つける。


 録画されたニュース映像を止める。


「…………三台」


 車種。


 年式。


 損傷。


「こっちは修理……」


 次。


「…………全損かな」


 電卓を叩く。


 カチ。


 カチカチ。


 道路。


 土砂撤去。


 標識。


 復旧費用。


 分かる範囲で。


 概算する。


「…………」


 そして。


 旅客機。


「…………」


 手が止まった。


「これが一番分かんねえよ……」


 機体そのものだけじゃない。


 点検。


 修理。


 運航への影響。


「…………」


 分かる範囲。


 かなり甘めに。


 見積もる。


 カチ。


 カチカチ。


 カチ。


「…………」


 電卓を見る。


「…………嘘だろ」


 もう一度。


 計算する。


「…………」


 変わらない。


 俺は。


 ゆっくり。


 テーブルの上を見る。


 銀色の。


 ボールペンみたいなアレ。


「…………」


 手に取る。


 引き出しを開ける。


 一番奥へ。


 放り込む。


 バタン。


「もう絶対……」


 引き出しを睨む。


「変身しない」


 ――初変身。


 救助、一件。


 推定被害総額。


 約八千七百万円。

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