マジェニア学園七不思議
フェイリアとアリィが集まるだけで趣味研サークルの活動が始まる。
エクリル女学院でも一緒にいることが多いふたりなのに、ボクを交えた放課後のXクラスとなれば間違いなくそう思われるだろう。
「間借りして活動すんのって週に一回っしょ。メイちゃん先生が知ったら怒るぞぉ?」
ギルド活動が休みで暇をしていたジュディアは、ボクの遊び相手になってくれた。
「別に趣味研のために来たのではない。遊びにきただけじゃて」
ギルドに所属していないボクと、趣味研とは無関係の雑談で盛り上がっているだけだったらメイ先生も許してくれるだろう。
「そういえばさー。最近、奇妙な噂話を聞くんだよね。中庭に噴水あんじゃん?」
「む。あの噴水はエスカレアを守護すべき魔脈に繋がる重要な場所、機密事項もある。事件なのか、話してみい小娘よ」
「そんな仰々しい話じゃないってば。告白スポットになってんだって」
「告白スポットじゃと!?」
マジェニア学園、エクリル女学院、ウィキスタ術科学校、ユーノシオ管区大学。
この四校を真上から見ると十字に配置されていて、真ん中が噴水のある中庭になっている。昼休みや放課後にはベンチで談笑する生徒たちが多い憩いの場所だ。
「夕方六時に告白すると六十パーセント、七時で七十、夜の十時で百パーセント成功するとか言われてんの。都市伝説かって話でさー」
「ならば深夜十二時なら百二十パーセント、おつりがくるということか」
「十一時以降はオーバーフローして十パーセント。十二時は零時だからゼロパーセント」
中庭は昔からあったというけど、噴水ができたのはボクがエスカレア特別区にやってきてから。ほんの僅かな期間で都市伝説って生まれるものだろうか。
「そんな深夜に呼び出されて告白だなんて、迷惑で恋も冷めただけなのでは?」
恋愛成就とは無縁の噴水を聖地扱いするとはバカバカしいと、アリィは興味なさそうに紅茶を嗜んでいる。
「真偽はともかく深夜というのは子供に悪影響じゃろう。名案が浮かんだ、力を貸せ」
「カップルを撲滅させるために、揮発性の高い毒でも撒くんですの?」
マジェニア学園に七不思議というオカルトめいた話はない。深夜徘徊の抑止力にするため、ないものは作ろうという話だった。
「どうじゃ、趣味研らしいやり方じゃろう」
「本気で作り込めば爽快なものになりそうですわね、フフフ……」
「面白そうじゃない。わたしも力を貸すわ」
ジュディアまで首を突っ込んで悪巧みを始めてしまった。ここまでボクはひと言も発していない。伸るか反るか以前に、賛同すらしていないんだ。
メイ先生がこの場にいたら、結局趣味研の活動じゃねーかってキレてると思う。
それから二日経った放課後。夢物語だと思ってすっかり忘れていたのに、突然の作戦決行を告げられた。
「今晩さぁ、告白を実行しようっていう男子がいるんだって。女子の方も乗り気みたい。友だちの友だちから聞いたからガチ」
マジェニア学園三階の夜は九時、フェイリアとアリィ、そしてボク。
暗い音楽室の片隅に机や荷物を積み上げてバリケードを築いていた。一緒に来ていたカイは廊下でガタゴトと物音を立てている。
「教室の端ならば導線に入らぬし、わざわざ確かめようとは思わぬじゃろう」
「ボクが呼ばれた理由がわからないけど、これから何が始まるの?」
「ラドはわたくしたちと共に見届け人になればいいのです。そうそう、始まって暫くすると大きな音が出ますから」
廊下からの騒音が止まると、音楽室に入ってきたカイがピアノの前に座った。
「外を見てみい。ターゲット確認、男に女が近づいておるわ」
三階の窓から見下ろす中庭の景色は悪くない。静かな夜、耳を澄ませば会話を聞き取れそうだ。
「こんな夜遅くに、呼び出しに答えてくれてありがとう。大切な話があるんだ。その……俺は、あの、君の……君のことが」
ボーン…………ボーン……………………。
フェイリアの合図でカイがピアノを鳴らした。不協和音は中庭にも届いているはずなのに、告白は続けるつもりらしい。
「俺は、君のことが、す……すっ」
ボーン……ボーン…………
「ちょっと、ちょっと待って。やっぱりおかしいわ。気になって仕方がないの!」
「音楽室かもしれない。こんな夜中にイタズラなんて迷惑だ、確認しに行こう」
呼び寄せが上手くいったフェイリアはニヤニヤしながらバリケードに身を隠す。ボクとアリィも息をひそめてじっとしていたら、カイが窓をあけて足を掛けた。
「誰か、誰かそこにいるのかっ!?」
音楽室に入ってきた男子の問いかけに躊躇することなく、カイは三階の窓から飛び降りた。ドサっという生々しい音がはっきりと耳に残る。
「今…………人がいたわよね。幽霊じゃないわよ……ね…………」
男子が窓から下を覗き込んで絶句する。女子は恐怖で顔を覆っていた。
「だっ、誰……だ、誰もいない、気のせい、そう、気のせいだよ。下には誰もいない」
女子も恐る恐る顔を出したが、男子の言葉が真実だと知って胸を撫で下ろした。
カイは頑丈なゴーレムだから三階から飛び降りても無傷だし、強靭な脚力を持つので校舎くらいだったら壁を蹴って飛び上がれる。
息苦しいほどの沈黙に耐えていると、片耳を塞いだアリィがボクの肩を突ついた。
ガラガラガシャンガガガラ……………………ゴト……。
「きいいいやああああああっ!!」
「ひぃいいいぎゃあああっ!!」
ボクも思わず息を漏らしてしまったけど、耳をつんざく轟音と悲鳴にかき消されて助かった。男女は慌てて音楽室を出ていく。
「カッカッカ、まずはひとつ…………音楽室のピアノじゃ」
ボクたちも後を追うと階段が通れなくなっていた。椅子と机が雪崩を起こして散乱しているが、これはカイが仕込んだものだった。
「階段は使えない、廊下まで塞がっていて通れなくなっているっ!!」
「見て。Fクラスのドアが開いているわ。通り抜けられるんじゃないかしら」
「ここにいても始まらない。入ってみよう」
「私たち、導かれているようで気味悪いわ。誰かの掌で踊らされているような……」
教室の後ろの壁は掲示板になっており、人物画が貼られている。ロッカーの上には胸像が飾られていた。
「どうしてこのクラスは人物画がこんなにも……不気味で怖…………ぎゃああああああああああ! 目が……今、目が光ったわ!!」
人物画の目が赤く光ったのは尾行をしているボクにもはっきり見えた。ニヤニヤする様子からフェイリアが細工したんだろう。
「気のせい、気のせいだ。月明かりが反射しただけだろう。昔、この場所は美術室でね。三階はすべて特別教室だったと聞いたことがある。父もマジェニアの生徒だったんだ」
「どうしてそんな話を今……痛っ!!」
ここにもフェイリアが罠を仕掛けていた。机に足を引っかけた拍子に鈍い音を立てて胸像が落下して、生首が転がる。
ただそれだけのことなのに、校内に響き渡るほどの悲鳴をあげて男女は逃げて行った。
「これでふたつ、元美術室の目が光る人物画じゃて」
塞がった廊下を迂回した男女が音楽室から反対側の階段を下りていく。二階から一階に差し掛かる踊り場で軽く叫び声が上がったが、当然ここにも手が入っていた。
「足に何かが当たって転びそうになっただけさ。マットが立てかけてあったから助かったよ。壁に激突するところだった」
「足元に…………いぎゃあああああああ! 腕、腕がっ、足を引っ張られたんだわ!!」
最後には喉が潰れているんじゃないかと心配になるくらい、取り乱した女子は悲鳴を上げていた。ここまで来るとかなり気の毒になってくる。
「上手くいきましたわね。腕も胸像も、元々壊れて実家で埃を被っていたのです」
「カッカッカ。これでみっつめ、つまづく階段よ。流石に段数を変えるのは無理じゃて」
ロビーから校外に脱出した男女を見届けて終わりだと思っていたけど、まだまだ仕込みは残っているという。
「あやつらが中庭に向かうよう、手筈は整えてある」
南側に歩き出すとグラウンドからゾンビが生まれ出た。行く手を阻むように次々と発生するため、西側の中庭方面に逃げるしかない。
「おば、おばけ、に、にげ、にげようっ!!」
男女が手をつないで走り出す。告白する前なのにカップルが成立してない?
「よっつめ、グラウンドに甦るゾンビ集団。雑に作ったマッドゴーレムじゃがな」
ボクたちは校内の廊下を使って先回り。中庭の様子が伺える場所にやってきたら噴水前で立ち尽くす人影が見えた。少し遅れてやってきた男女も気付いたらしく、固まったように身動きが取れなくなっていた。
エクリル女学院の制服を着た、髪が長いブロンドの…………ジュディア?
「小娘に変装させてのう。それにもうひとり、適任者の協力もある」
「適任者?」
ジュディアは告白スポットの恩恵にあやかろうとしたが、呼び出した相手が現れず悲恋に終わったという設定らしい。俯き加減の落ち込んだ様子で男女の真横を通り過ぎて、遠くの闇に消えていった。
「はぁ、あっ、はぁはぁ……人間、今のは人間だったよな。俺と一緒で、噴水前で告白をするつもりだったん…………あっ」
「もう、バカ。それをバラしたらダメじゃない。それでもいいから続きを言って?」
うわぁ。
この期に及んでまだ告白を続けるつもりだ、最初から出来レースなんだ。うらやましい。
「散々な目に遭った後で照れくさいが、聞いて欲しい。俺は、君が、す……」
「ぎゃああああああああああああっ!!」
「ん………………うわああああああああああっ!!」
可愛げもなく汚らしい金切り声を張り上げて逃げ出していく女子。一瞬の間を置いて振り向いた男子は転倒して、足がもつれながらも女子を追いかけて行く。
男女が見た視線の先は噴水のほとり。エクリル女学院の制服を着たブロンドの女性が立っていた。
「ねーさま、どうやって一瞬で戻って来たの?」
「ラドまで騙せてしまうなんて、自信がついちゃうな」
「…………ジュディス!?」
双子であるジュディス以上の適任者はいない。服装が同じだったら背恰好だけでは見分けがつかないんだ。ただひとつ、性別を除けば。
「いつつめ、中庭のドッペルゲンガー。恨めしそうな表情の迫真の演技、よかったぞえ」
「ははは…………まあ、本心だったんだけれどね」
「これに加えてむっつめが、告白が成功する噴水というわけじゃ。カッカッカ」
「七不思議には残りひとつがどうしても浮かばなかったのです。時間があれば思いついたのでしょうけれど、早急に深夜徘徊を止めさせるのがフェイの目的でしたので」
ボクたちが見届けている間に、散らかした備品はカイが直してくれていたそうだ。撤収する前に、ボクたちが手分けをして確認に向かう。
ボクは三階の階段と廊下、アリィは二階の階段の踊り場。ジュディスはジュディアと合流して中庭に集合と決めた。
「歩き回って疲れたでしょう。フェイはここで待っていてくださいまし」
「すまぬのう。まだまだ筋力が戻らぬわ、カッカッカ」
校舎に入って階段を駆け上がり、散乱していた椅子と机が片付けられているのを確認した。音楽室は施錠されていて中には入れなかったけど問題ないだろう。
「しっかり後片付けして証拠隠滅しないと、バラされたら大目玉だからなぁ」
中庭に戻るとフェイリアの姿が見当たらない。みんなが集合してから待ち続けてみたんだけど、一向に戻ってくる気配がなかった。
「もしかして、神隠しに遭っちゃったとか……」
「なに言ってんのジュディス。おばけなんているはずないでしょ。それに本当に遭遇したところで、フェイなら心配ないって」
「そうですわね。フェイならば魔獣が出ても撃退は容易。カイも見当たりませんし、疲れたから帰ってしまったのかもしれません」
「そんな無責任なことはしないと思う…………って、ねぇねぇあそこ、灯り!」
すべての教室が消灯していたのはみんなわかっている。しかしボクが指を差した二階の一室だけ、明かりが灯っていた。
「あの場所は学園長…………いや、行ってみましょう!」
暗く不気味な二階の廊下から仄かに光が漏れている。静かな夜、耳を澄ませば会話を聞き取れそうだ。
「…………どうしてフェイラーめ!!」
「音楽室と用具室のカギを借りたいと言われたが、当日返却が決まりでしてな。夜まで使用すると言うので理由を問うたら、カイがすべてを教えてくれた」
「なぜじゃ、なぜ! カイよ!!」
「申し訳ございません。わたしはフェイリア様の弟であるフェイラー様の命令も聞くように創られております。最優先の権限を持つフェイリア様からの禁止命令がない限り、フェイラー様に背くことができないのです」
今日ボクたちが見届けている間、フェイラー学園長に見届けられていたってこと!?
「いやじゃ、放せ、やめるんじゃ!」
ドタバタと暴れる音が静まり、ドアの開閉音がした。学園長室準備室に移動したんだ。
「頑丈に作り直したこの牢屋にて、一晩しっかり反省するがよい」
「暗いのはイヤじゃ、お尻ペンペンはイヤじゃあああああ!!」
廊下からは出入りできず、学園長室からのみアクセスできる準備室。
本来は理科準備室だった名残でそう呼んでいるけど、学園長指導室とか拷問部屋に改名しちゃえばいいのにと思う。
固唾をのんで聞き耳を立てていたボクたちには為す術もなく、見つからないよう静かにその場を離れるしかなかった。
翌朝になってフェイリアの安否が気になったボクは、少し早めに登校して学園長室に向かった。二階の廊下ではアリィが聞き耳を立てている。
「お静かに。たった今、学園長が中に入ったばかりですわ」
耳を当てて中の様子を伺うと、準備室から話し声が聞こえてきた。フェイリア本当に一晩中投獄されていたんだ。
「反省したかね。昨夜はあの後、生徒たちが大挙して押し掛けてきて大迷惑でのう」
逃げ出した男女が友だちを引き連れて校内を探索したのだという。ボクたちの片付けと撤収が早かったので鉢合わせることはなかったけど、音楽室のカギが壊されたらしい。
「フェイラーがおったのなら、叱りつけて追い返せばよかろうに!」
「深夜にわしがそこにいて、注意をしたらどうなるか。姉上がやらかした愚行のすべてが学園長による仕込みだったと悪評が広まるではないか」
「詭弁じゃ、本当に学園を預かる教育者か、そんなもの保身じゃ!!」
学園内が少しずつ賑やかになってきた。登校の時間になり、多くの生徒が廊下を行き交い始める。ボクとアリィは壁から耳を離して通行人を装った。
「そうそう聞いたか。夜になると、女の霊がすすり泣く声がするんだってよ」
「知ってるー! 昨日、同じ寮の友だちが確かめに行ってたわ。フラれて飛び降りた女の霊が中庭に出たみたい」
「俺が聞いたのはここ、二階の廊下に響く女の泣き声って」
「私たちもこっそり探検してみない?」
「楽しそうじゃん、行こうぜ。危なくなったら守ってやるからさ」
噂が広まるのは予想外に早いらしい。
奇しくも、最後のひとつが追加されてマジェニア学園七不思議が完成することになる。
人を寄せ付けなくするどころか、学園内を絶好の肝試しスポットに変えてしまったフェイリアは、早急に対策案を考えるようにとフェイラー学園長にしこたま怒られた。
イチャイチャものを書きたかったのに、気づいたら阻止する側になってました!
ホント、イチャイチャするのって難しいですねー。
ついったーXを始めて1ヶ月ほど経ちました(2026年10月)。
創作界隈の賑わいや熱量を感じて勝手にやる気をわけてもらってます。
後書きって大切だな、あると嬉しいなと感化されたので極力がんばる!!
また、活動報告には制作過程の心情やらキッカケも書いていきたいです。




