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猫耳メイ先生

「え……お、おはよう」


 いつもより早く教室に入ったのに、カイザーとミーシャはすでに寛いでいた。

 ふたりともマイペース。悪く言えば遅刻とサボりの常習犯みたいなイメージがありそうなのに、寝坊することなく毎朝ボクより先に登校している。


「学園寮が近いからな。朝に限ればさっさと教室に来た方が気楽なんだわ」


「毎日、早朝に叩き起こされるからゆっくりできないんだよねぇ」


 畳敷きの教室で胡座をかくカイザー、肘枕で寝転がるミーシャ。授業が始まっても教室の隅でゴロゴロして居眠りする日もあったりする。


「それよりレナちゃんが一緒じゃないって珍しいね。今日はお休みなのかい?」


「レナだったら、クリス先生に届け物があるから教授棟に行ってるよ」


 クリス先生は一週間のうち半分は帰ってこない。

 新米教師で忙しく、家が遠いからというもっともな理由を宣っているけど、実のところ遅くまで呑み歩いて帰宅すらままならないからだと読んでいる。

 教授棟には研究室という個室があるからね。


「大変だねぇ。それにしても花柄のバッグなんて、ラドにしては珍しいんじゃない?」


「……あっ!」


 花柄のファンシーなバッグはボクのものではない。

 学園まで運ぶのを手伝っただけで、レナに渡しそびれただけなんだ。


「お前はわかりやすいヤツだな。ミーシャ、ラドを拘束しろ!!」


「ラジャー!」


 狭苦しい教室で逃げられる場所もなく、身体を鍛えているミーシャに捕まれば逃れることは適わない。護身術に長けていて関節技が得意で…………痛い痛い!


「おっとごめんよ。じゃあこれならどうかな。グラウンド式コブラツイスト、両肩をつけばカウントだって取れるんだよ」


「痛……くはないけど、ダメ、放してっ」


 バッグの中身はすべてレナが準備したもの。だけど何となく予想がつくから、カイザーに知られるわけにはいかない。


「おお、こいつはすげぇぜ!!」


 価値のある貴重品ではないのは確かだ。しかしカイザーは、まるで金銀財宝を掘り当てたかのような眩しい笑顔になっている。


「シャツにスカートに…………ぶふぉっ、パンツにブラまでありやがる!!」


「ぼくも興味があるから是非とも相伴させてほしい」


「ジュディス、お前はいつからいたんだよ!」


「テイスティングからよろしいだろうか」


「待ってよ。まずは嗅ぐ、そして身につけてからにしないかい!?」


「ふざけんな。ミーシャとジュディスの匂いを嗅ぐことになるじゃねぇか!」


 パンツとブラジャーの調理方法について熱く醜い議論を交わし始めた。まるで宝を目の前にして取り分を巡り争う盗賊のようである。

 誰か、誰か助けて欲しい。


「あー無理無理、年頃の男子なんてそんなもんっしょ。つーかブラでか過ぎでウケる」


 ジュディアは仲裁に入るどころか、火の粉がかからない絶妙な距離から寸劇を楽しもうとしている。

 双子の弟がこの有り様なのに、どうして平気なの?


「わたしの下着だったら全員本気で潰すけれど、これバラされたらラドもやばくね?」


 晒しモノになった時点で既に手遅れ。

 猛獣の檻に生肉を持ち込んだ時点で管理に落ち度があったわけだし、隠し通しても違和感に気付かれたらボクが楽しんだことにされてしまう。


「カイザーだけ独り占めなんて卑怯な!」


「わかったわかった。ミーシャとジュディスにはパンツでもくれてやる、嗅いどけ」


「ぼくはスカートが欲しい」


 これは悪魔のミサ、地獄のサバト。狂気に満ちた奈落の宴会を止められる都合のいい魔法なんて存在しない。

 叶うならば力が欲しい。願わくば救世主がいい。


「おーおーおー。オメーら朝っぱらからサカりやがって、おーおーおー、ゴキゲンなことぁ、やってやがんじゃねーかオイ!!」



「メイ先生!?」



 先生なら、メイ先生なら止めてくれる。助けてくれる。

 だって、先生なんだから!


「オメーらなに甘ったりーことやってんだ。全部よこしやがれ!!」


 カイザーからブラジャーを。

 ミーシャからパンツを。

 ジュディスからスカートを。

 奪い取った戦利品をこれ見よがしに天に掲げるメイ先生が、本当に救世主に思えてきた。


「まずはブラジャーだ。その上からパンツをかぶれ。スカートは肩まで上げとけ!」


「……………………は?」


 パンツとブラジャーを躊躇うことなく頭に装着。スカートをポンチョのごとく身にまとった姿に全員が絶句した。

 今この時、三種の神器がひとつになったのだ。


「こ…………これは……あ、あ……あーはっは!! 新手の、新手のクリーチャーだぜ!!」


「パンツとブラを組み合わせるまったく新しい発想、新世界の勇者じゃないか!」


「むしろ異端審問会、まさにダークビショップのごとき出で立ち。心より恐れ入るよ」


「身を持って教えを示すメイちゃん先生マジ有能」



──終わった。



 穢されてしまったからにはクリス先生に合わす顔がない。

 うん、ちょっと待てよ…………これは穢されたと言えるのか?


「いや違う。そうか、メイ先生は女性だからセーフってことなんだ。身体を張ってボクを助けてくれたんだ!!」


 自ら汚れ役を買って出ることで穢れを払う。

 メイ先生とクリス先生がいくら犬猿の仲だとしても、純潔を弄ばれるわけにはいかないと思ってくれたんだ。それがまた、男子たちを救う手立てにもなる。

 まさに教師の鑑。


「どうだオメーら。猫耳だニャン、なんつってな!!」


「痛ぇ、痛ぇよ! メイセンが痛いすぎて俺様の腹がよじれて痛ぇぜ、ぎゃはははは!!」


「ブラジャーの上からパンツを被ることで強固に……なるほど、理にかなっている」


「ぼくはスカートの中に潜りたい」


「極意は先ブラ後パンだ、覚えとけ!!」


 おかしくない?

 メイ先生自身、ノリノリで楽しんでない?


「はっ!?」


 ホームルームが始まろうとするこの時間、この瞬間。儚くも教室のドアが開く。



「……………………メイちゃん?」



 驚いているわけではない。

 哀れみや悲しみでもなく、かといって侮蔑や拒絶でもない。

 ましてや怒りとは対極の、まるで慈悲深い女神のような澱みない純粋な瞳。


「なっ、何だレナ、文句あっか!」


「メイちゃんはまだわからないだろうけど、それは被るものじゃないんだよ?」


「わかってんに決まってんだろ!」


「それに、メイちゃんには早い気がするし」


「オメーやっぱりアタシをバカにしてんだろ!!」



「バカは……、あんた、でしょ…………?」



 三種の神器はクリス先生の手に戻ったけど、穢されたといえば穢されたワケで。

 生温さが引いてもなお、煮えたぎる怒りが冷めるまでボクたちはクリス先生にしこたま怒られた。

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