表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エル・マルヘンの不法滞在者  作者: ArtCafePOLYPUS
PR
10/10

青空 ■エピローグ■

朝から、空が高い。

突き抜けるような青で、雲ひとつない。

この小汚い小屋とも、今日でおさらばだ。

日が昇ると同時に、熱が地面から立ち上がってくる。乾いた風が路地を抜けて、土埃を巻き上げる。

低い建物が、肩を寄せ合うように密集している。日干しレンガの壁は、長年の日差しで色が抜けて、白っぽい黄土色になっている。屋根には金属の波板が張られていて、日中になると熱でパキパキと音を立てる。路地は入り組んでいて、慣れない人間はすぐに迷う。

土埃だけになった室内を見渡す。ギルドの立ち上げからずっとここにいた。乾季には熱気がこもって息をするのも億劫で、雨季はスコールが波板の屋根を叩いて、会話もままならなかった。

荷物を次々と、手伝いに来た地元の連中に手渡していく。こいつらとも、もう長い付き合いだ。

「これも頼む」

最後の箱を持ち上げた時、何かが転がり落ちた。

かがんで拾い上げる。布切れに包まれている。見たことのない柄の布だ。

何だ?こんなもの入れた覚えはない。

布を開くと安っぽい金属の輪が出てきた。

「……なんだこれ」

きったねー。

手の平大のそれには、黒い石が雑に焼き付けられていた。石の表面を、布で軽く擦る。石は、鈍く光り…

見たことがあるような気がする。この石——

「ムンドゥワ(腕輪)?」

横から、地元の男が覗き込んできた。

「ああ、これは、プルセ……」

言いかけて、止まった。

そうだ。これは——


これを盗ったのが、すべての始まりだった。


あの頃、俺はまだガキだった。いつも通り、市場でバカでウスノロな連中から金目の物盗って…そしたら、すんごい形相の鬼のような女に追い詰められて、小屋に逃げ込んで。あの人がいつも通り俺をかばって、あンのババアから助けてくれた。

——ソレダ。

無口で、感情があるんだかないんだかよくわからない人だった。でも、俺を手元に置いて、面倒を見てくれた。何も言わずに、当たり前のように。そんな日常が、あのババアが居座るようになって、騒がしくなった。


なのに——

あの人は狂い、自分を焼いて消えてしまった。

あの小屋での。あの最後の夜を思い出すと、今でも胸の奥に鈍い痛みが残る。

あれは、あの人があんなことになったのはババア…クルスのせいだ。今でもそう思ってるし、今でも憎い。


ババアと再会したあの日。

俺は、あの人の仇を討つつもりだった。ナイフを持ってアイツに突撃したんだ。だけど、まだガキの俺の攻撃なんて、あのババアにとっちゃ、お戯れの一つに過ぎなかった。

アイツに触れることも出来ずに、見つかって、けったくそに嘲笑われた。

その後は、子供たちが集められた小奇麗な集団の中に放り込まれて、集団生活とキョーイクとやらを押し付けられたっけ。

清潔で、食事も出て——だけど、監視されてた。エル・マルヘンで自由に生きてきた俺に、あの場所は合わなかった。息が詰まって、何度も脱走を試みた。何回かは、脱走に成功したンだけど、でもその度に、あのババアが現れて、へたくそだの、要領が悪いだのさんざん虚仮にされて、引きずり戻された。


限界だった。


もう何度目かわからない脱走の後で、捕まえに来たあのババアの顔を見た瞬間、何かが弾けた。まるで世界の崩壊みたいだった。手も足も体もすべて。使えるものすべてを使って、叫んで投げて転がって殴って…暴れまくった。

それでも、飄々と表情を変えない、あのババアが憎くて、本当に悔しくて、叫んだんだ。

なんで俺を閉じ込めるんだ。なんで勝手に決めるんだ。あの人がいなくなったのはあんたのせいだ。あんたが消えたから、あの人は壊れたんだ。なのになんで、あんたはそんな顔で立ってるんだ。


俺を止める連中を振りほどいて、全身の力を込めて、飛びかかった。

ババアは——クルスは、俺の体重を受け止めきれず、よろめいて倒れた。

思ったより、あっけなかった。自分よりずっと大きいと思っていたあいつが、簡単に地面に崩れ落ちた。一瞬、頭の中が白くなった。でも俺を突き動かす衝動は、止まらない。倒れたあいつの上に乗り上げて、その首に両手をかけた。

絞り出すように、叫んだ。


「俺たちは——あんたにとって、いったい何だったんだっ」


周りの連中に、引きはがされる間も、ずっとあいつを睨んでた。たぶん、俺はそこで初めて、あいつの顔をまともに見たのかもしれない。いくつもの表情が、波のように通り過ぎていった。怒りでも、哀れみでもない、なんとも言えない表情で俺を見上げてきた。

しばらくの沈黙……それは、とても長く感じた。

「ラファエル・ハリエト・ソレダ」

喉を押さえながら、静かな声でアイツは俺の名前を呼んだ。

「どうしたいのかは、自分で選べ」アイツはゆっくりと身を起こしながら、続けた。

「何も持たずに、ここから飛び出して野垂れ死ぬのもいい。何かをむしり取って、自分の足場にするンでも、好きなようにしろ」

選択は自由だ。と。


——何をしたいのか。


頭なんか使うのは嫌いだった。

けど、使わなきゃまた誰かの都合で好き勝手されるだけだ。そして思い出した。

あの人の……ソレダの姿を。

そうだ。俺は俺の稼ぎ方を選んでやる。

目的が決まれば、煩わしい日課やらキョーイクやらも、俺のための消化タスクへ変容する。吸収して吸収して、時々、脱走して。


俺は自分の人生を歩き始める。


始める場所は、空が見えるところが良かった。エル・マルヘンの、あの曇天の下じゃなくて。どこまでも高い空の下が良かった。そして、自分の目が使える場所。

この土地は、鉱石が採れる。俺の目は、ここでは重宝される。何が価値があって、何がないか、俺にはわかる。社会の危険度は増したし、文化も違う土地だったけど、それがあれば溶け込めた。


ある程度、知り合いやつてを増やして、それから、ギルドを開いた。とはいっても、ちっせー机と俺一人だけの、せせこましいギルドだけど。

ただ、ギルド初日、机の上に煤だらけの分光器が置いてあった。

ソレダのだ、とすぐわかった。誰が置いたのか、知らない。聞かなかった。


しばらくすると、またあいつが現れた。

捨て台詞吐いて、俺を捨てたくせに、と思った。でも何だかんだ、仕事を持ってきてくれる。ならば使ってやるか、と思うことにした。

あれから少しずつ大きくなって、ようやく看板を掲げられるくらいになった。だから今日、引っ越す。


プルセラを、もう一度握る。


ソレダも、クルスも、俺に恩を着せることはしない。二人を思い出すと、半人前のような気分にさせられる。まったく、最悪な親どもだ。

今は、厄介な調査依頼で、あいつ――あンのクソババアは半年近く帰ってきていない。

まっ、無事に帰ってきてくれればいいさ。

まだ返してもらってないものが、山ほどある。

見上げた空は、蒼く透き通っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ