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「第27話」

 適応訓練のため、毒に中毒させられたレイゲル。

 呼吸がうまくできないのか、荒く息を吐き出していた。舌にまで回った痺れのせいか、言葉もはっきりとは発せず、噛みしめるように吐き出している。


 ――それでも、目は生きているな。


 うんざりしたように、じっと私を見つめる視線。体はきつくとも、まだ余裕がある証拠だった。


「少なくとも、自分が何を食べてこうなっているのかは知っておくべきだろう」


 意識はしっかりしているようなので、そのまま授業を続けた。


「君も口にしたから分かるだろうが、ほんのりとした甘味が特徴だ。砂糖とよく似ているどころか、それ以上に上品で深みのある甘さが滲み出る。料理と混ざれば独特の香りが立ち上り、その香りが食欲をそそるから、大抵は警戒心なく美味しく食べてしまう可能性が高い」


 もちろん、私にはまるで通じなかった。そのおかげで、ハーリルがもたらす甘味を、何の問題もなく楽しむことができた。


「かつては王族暗殺に多く使われた毒だ。以前、王宮がハーリルを根絶やしにしようと、大掛かりな捜索を行ったことがある。それ以来、ハーリルで死んだという話は耳にしない」


 もしかしたら、ハーリルで命を落とした者はいたかもしれないが、それが何の毒か分からず、名も知らぬ毒で死んだと思われている可能性もあった。それを差し引いても、最近「ハーリル」という名前を耳にした覚えはなかった。


「しかし、闇市のようなところでは密かに流通している可能性がある。運が悪ければ……いつか君の食卓に上ることもあるかもしれないな」


 だが、その毒はおそらく通じないだろう。ハーリルに限らず、どんな毒も効かない――レイゲルの辞書から『中毒死』という言葉を消してやるつもりだった。

 私の力なら、それは十分可能だった。




 ***




 こうして毒の訓練を終えたあとも、レイゲルの鍛錬は続いた。

 あれこれと教え込んできたが、レイゲルが最も熱を入れるのは別のことだった。

 ――剣術だ。レイゲルを指導していた師匠は、すでにこの世にはいない。だが、それまで培った記憶を道標に、少年は一日も欠かさず稽古を続けていた。


 木の枝を削って剣を作り、それを振るうだけでも、その熱意は並大抵ではないだろう。


 本心では、亡き男の剣を握りたいとみえた。残念ながら、まだ体格も筋力も足りず、その剣を扱うことはできなかったが。


 いつのことだったかしら。


 ある日、レイゲルは森で大きめの木の棒を拾ってきたかと思うと、熱心に削り始めた。数日後には、立派な木剣が少年の手に握られていた。それを振るって、日々鍛錬を重ねていた。


 確かに才能はあるな。


 年齢を考えれば、いくら早く剣を手にしたとしても、経験はまだ浅いはずだ。それなのに、構えにも、振り下ろす動作にも一切の乱れがなかった。足は地をしっかり踏み締め、腕には適度な力が乗っている。基礎が驚くほどしっかりしている証だ。


 できないことを探す方が難しいくらいだからな。


 同年代で、これほどの熟練度を見せられる者がどれほどいるだろう。レイゲルの才能は群を抜いていた。


 何事も基礎は大事だが……


 人が基礎を固めるのは、その基礎の上に自らの技術を崩れなく積み上げるためだ。基礎そのものを目的にしているわけではない。


 それが分かっているからこそ、このまま放っておくのも惜しいし。


 確かに、レイゲルの剣の基礎は揺るぎなかった。だが、それだけだった。この子が自作の木剣で訓練している様子をずっと見てきたからこそ分かる。次の動きを、一度も見たことがないことを。


 他の型を披露しているのを見たことはないな。


 一ヶ月以上一緒に暮らしている。それでも、今まで見たことがなかった。ただの反復練習で片付けられる話ではない。


 同じ動きを何度も繰り返せることは、確かに誠実さの証でもあるんだが。


 だからこそ、なおさら哀しかった。もっと学べて、もっと先へ進めるし、その才能も十分にある子が、いまだに同じ場所に留まっているという事実が。しかも、この子にとっては、ただこうやって流れていく時間さえも非常に貴重なはずだ。


 できるのにやらないのと、できないからやらないのとは違うから。


 そう思い、見守るだけだった私が、決意したその時だった。


「何をそんなに見てるんです?」


 木陰で稽古していたレイゲルが、動きを止めて私に声を掛けてきた。私は手のひらを上下に振り、こちらへ来いと合図を送った。


「こっちへ来て見なさい」

「何ですか?」


 訝しげな顔をしながらも、レイゲルは近寄ってきた。私は少年の手にある木剣を指差した。


「少し貸してみよ」

「……何するつもりですか?」


 何か引っ掛かることでもあるのか、レイゲルは細めた目で私を見た。それでも、素直に剣を渡してくれた。


「なかなか重みがあるな」

「本物の剣はこれよりもっと重いです」


 確かに見た目よりは重かったが、そこは重要ではなかった。私はレイゲルと五歩ほど距離を取り、構えた。


「一度だけ見せる。よく見て、覚えておけ」

「師匠、剣も扱えるんですか?」


 ――いや、まったく。その方面には全く才能がないと分かっていたから、習おうともしなかった。とはいえ、これまで生きてきて何も見なかったわけではない。目で見て覚え、頭に入れておいたものを、今ここで見せようと思っただけだ。口で説明するより、多少不格好でも目で見せた方が伝わる部分は多い。


 ええと、こうやっていたっけ。


 記憶を辿りながら、ゆっくりと動き始めた。使わぬ技術をしまい込んでいた古い記憶を引っ張り出すのは、そう簡単ではなかった。


 いずれ日を改めて、まとめて書き残しておこう。


 レイゲルが覚えられるように。でも、私の専門分野ではないから、いくら細かく書いても理解するのは難しいかもしれない。


 まあ、この子なら何とかするだろう。


 不思議と、そう思えた。


「大体こんなもんだ」


 一つの剣術を、最初から最後まで通して見せ終えた。青い瞳が私をじっと見つめた。その奥では、驚きと戸惑いが渦巻いていた。

 ……その混ざり物の目つきは、何だ。

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