「第25話」
そうだ。
結論から言えば、私の友人は人間ではなかった。
「……じゃあ、何ですか?」
「君も聞いたことがあるだろう。ドラゴンだ」
今度はレイゲルの口がぽかんと開いた。今日の少年は、やけに表情が豊かだった。
「ドラゴン?本当ですか?あの、伝説の中にしか出てこないという、あのドラゴンですか?」
「ああ」
いつの間にか、青い瞳がきらきらと輝き始めていた。どうやら、今では存在しないものの話を聞いたせいで、不思議に思ったようだった。
「うわぁ、本当に聖女様が生きていた頃って、ドラゴンがいたんですね。もしかして、精霊とかドワーフとか、そういうのもいたんですか?」
「いたとも」
今ではもう存在しない、過去の種族たちが――。
レイゲルの興奮は止まらなかった。だが、どこか質問の内容が一つひとつ少しずつズレていた。
「ドラゴンって、本当にお城みたいに大きなトカゲなんですか?」
「その言い方、ドラゴンが一番嫌う言葉だ」
「精霊って、すごく小さくて、爪くらいしかないって聞きました」
「それは精霊を見たこともない人の作り話にすぎない」
「エルフって、大陸で一番美しい種族だったって本に書いてありましたけど、みんな細くて華奢だったって言うんです。それも本当ですか?」
「美しいのは確かだ。ただ、君が一度でも弓を引いたことがあれば、『華奢』なんて言葉は出てこなかっただろう」
一つひとつ言い返すたびに、レイゲルのきらきらした目が少しずつ沈んでいった。
「ええ……本って、ぜんぜん当てにならないんですね」
「長い年月が経ったからな。あれこれ誇張されるのも無理はないだろう」
結局、本を書いたのは人間だ。幾世代もの時を経て、人の手から手へと渡るうちに、作者の想像が少しずつ加わって、ああいう形になる。私の立場からすれば、ただただ笑うしかないのだが。
「師匠も、そうなんですか?」
ふいにレイゲルが問いかけてきた。指先がぴくりと動いた。話が巡って、また私のことに戻ってきた。もしかして、さっきからこの話をするために伏線を張っていたのか……?
「どう見ても、そうみたいですけど」
「本当に、そう思うのか?」
「では、違うんですか?」
レイゲルはまっすぐな瞳で私を見上げた。私の姿を映した澄んだ青の瞳を、じっと見つめた。
――ああ、この子は私の味方になりたいんだな。表面では文句ばかり言っているくせに、中身は優しい子だった。
……久しぶりだな、こんな気持ちは。
胸の奥からじんわりと暖かさが湧いてくる。本来ならば警戒して遠ざけるべきだが、この瞬間だけは拒みたくなかった。だから――
口元に浮かんだ微笑みを、そのままにした。そっと手を伸ばし、レイゲルの頭に乗せ、優しく撫でた。
「……どこに行っても、そういうことは口にするな」
私の気持ちはさておき、それは世間では袋叩きに遭いかねない発言だった。下手をすれば、魔女の手先などと騒がれて火刑に処される可能性だってある。
……それはダメだろう。
魔女に関わるとろくなことがない――
そんな言葉が出るのも、無理はなかった。まさに『不吉』の象徴なのだから。
「師匠は……!」
何かを叫び出しそうだったレイゲルが、ぐっと口を閉じた。私を見つめていた顔を伏せ、視線を逸らした。私もまた、何も言わず、ただ少年の頭を静かに撫でた。
***
それからというもの、日々の暮らしに少しだけ変化が生まれた。
大したことではなかった。ただ、レイゲルの授業の内容が、以前よりも少しだけ幅広くなったのだ。
「ここでこうやって半回転して……そう、それです」
「ほう。踊りもだいぶ変わったな」
貴族にとって社交ダンスは切っても切れない礼儀だった。今すぐではなくても、いつか役立つ日が来るはず。滑らかな動きが必要だったため、小屋の外に出て、庭で一緒に踊ることになった。レイゲルの動きに合わせて、私も体を動かした。相手にするには体格差がありすぎたが、型を覚えるだけなら問題はなかった。
「師匠が知ってるのは、どんな踊りだったんですか?」
「途中で止めずに、ぐるっと一回り回る形だった。こうやってな」
「やっぱり違いますね」
見やすいように、少し距離を取って体の動きを見せた。現在のものとははっきりと違うその所作に、レイゲルは納得したようにうなずいた。
「今は君の踊りに合わせて進めているそうだから、音楽の方もそれに合わせて変わったのかもしれんな」
「とはいえ、譜面に従って演奏している以上、基本は変わっていないかもしれませんよ」
「そうは言っても、作曲家や指揮者という職業が無意味にあるわけじゃないだろう」
比べようとしても、それを演奏してくれる楽団がいない。ただ想像するしかなかった。
「でも、師匠って本当に何でも知ってますよね」
「君ほど頭の回転が早いわけじゃないが、まあ、無駄に生きてきたわけでもないからな」
「そうじゃなくて……」
話を続けようとしたレイゲルが、ふとためらった。どうしたのかと思いながら少年を見つめた。
「師匠、さっきの動き、もう一度見せてくれませんか?」
「私の踊りをか?」
「はい」
一度見れば大抵覚えてしまうこの子が、突然どうしたのかと思ったが、何か意図があるのだろうと思い、黙ってもう一度踊って見せた。久しぶりに踊ると、案外楽しいし。
「……変です」
「何がだ?」
「変なんです」
思わず苦笑いが漏れた。せっかく丁寧に踊ってやったのに、返ってきた言葉がそれとは。
一体どこが変だと言うのか。




