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「第21話」

 レイゲルのために買ってきたものたち。

 買っている最中は、ただの無意識だった。ここまで歩いてくる間も、特に何も考えていなかった。まさかこんなに買っていたなんて。


 どうりで腕がだるい気もするしな。


 痛みなんて感じるはずもないのに、思わず右手で左腕を軽く叩いた。


「何をこんなにたくさん買ってきたんですか?」

「気づいたら、こうなっていただけだ」


 ぽかんと突っ立っていたレイゲルが、いつの間にか隣に立っていた。ちらりと少年を見てから、ポケットに入れていた飴をそっと差し出した。


「……なんですか、それ」

「見ればわかるだろう。前に美味しそうに食べてたから、また買ってきた」

「僕を子どもか何かだと思ってるんですか?」

「子どもだろう。まさか大人だと言いたいのか?」


 素直に受け取ればいいものを。レイゲルは何が気に食わないのか、ぶつぶつ文句を言ってきた。とはいえ、それで何か気に障るというわけでもなかった。あえてそういう言い方をしていることくらい、わかっているのだからだ。唇を尖らせながらも、私の手から飴を取っていったのが、その証拠だった。つまり、実は嫌じゃなかったということだ。


 まったく、口と手が別々に動くんだから。


 レイゲルは飴の包みをがさがさと剥き、まん丸な飴を口にぽんと入れた。たしかレモン味だったけ。


 よく食べるな。


 あの様子を見ていると、なぜか満足感がこみ上げてきた。


「食べ終わったら、ここにある服を順番に着てみろ。サイズが合うか確認しないといけないからな」

「これ、全部ですか?」


 テーブルの上に山積みされた服を何度かひっくり返したレイゲルは、困ったように私を見上げた。その青い瞳には、後ずさりしながら逃げ出したい気持ちがにじんでいた。数が多すぎて驚いたみたいだ。


「全部、同じサイズじゃないですか?」

「まあ、そうだろうな」


 店主がうまくやってくれたはずだからだ。


「じゃあ、適当にどれか一つだけ着てみればいいじゃないですか。全部着なくても――」

「目の保養ってやつを、してみようと思ってな」

「……はい?」


 レイゲルは、聞き間違いではないかといった顔で目をしばたかせた。わざわざもう一度言う気もなかったので、私はただ小さくうなずいてみせた。何度でも言うが、レイゲルは整った顔立ちをしている。久々に将来有望な容姿に出会ったのだ。せっかくだし、しっかり目に焼きつけておきたいだけだった。


 そうそうお目にかかれる容姿でもないしな。


 このくらいの欲は、抱いても罰は当たらないだろう。

 ……ただし、レイゲルは納得していないようで、その瞳に不満を滲ませていた。


「弟子をこんな風に扱ってもいいんですか?」

「私のお金で買った服だ。これくらいの要求はしてもいいと思うが?」

「だとしでも、ここにある全部は……」

「嫌なら、今着てるその服だけで過ごせばいいんだな」

「……」


 それはまた気に入らなかったようだ。レイゲルはぎゅっと口を結び、不満げな視線を私にぶつけてきた。とはいえ、大して効き目のある眼差しでもなかった。


「こんなに全部、いつ着るんですか?」

「どうせ時間はたくさんある」

「その時間って、師匠だけじゃないですか」

「そうしている間に、一着でも試着するのが効率的だと思うが」

 レイゲルは、今度は目ではなく、唇の隙間からこっそりと文句を漏らした。とはいえ声が小さすぎて、何を言っているかまでは聞き取れなかった。まあ、聞く気もなかったが。ぶつぶつ言いながらも、少年はテーブルに並べられた服に手を伸ばした。つまり、私の言うことを受け入れたということだ。


「着せ替え人形じゃないのに……」


 服を着替えながらも、レイゲルはぶつぶつと文句を言い続けていた。


「文句があるなら、自分のその顔に言いな」

「……師匠は、僕がかっこいいと思ってるんですか?」

「じゃあ、君は自分が不細工だとでも思っているのか?」


 別に大したことを言ったわけでもないのに、レイゲルは急に黙り込んだ。


 こんなことで言葉に詰まることもあるのか。


 意外な反応だったが、悪くはなかった。なにせその後は文句ひとつ言わずに、黙々と服を着替えてくれたのだからだ。おかげで、いいものを見せてもらった。


「……師匠は、どれが一番よかったと思います?」


 とうとう最後の一着まで着終えたレイゲルが、ちらちらとこちらの様子を伺いながら尋ねた。自分で聞いておきながら、少し照れているようにも見えた。不思議に思いつつも、私は率直に答えた。


「今着ているのが一番似合っていたな」

「適当に言ったでしょ」

「適当だったら、そもそも全部着てこいなんて言わなかった」

「……本当にこれが一番なんですか?」


 少しがっかりしたような表情をしていたレイゲルの顔が、ぱっと明るくなった。さすが貴族の出身というべきか。他人の評価を気にするところがあるようだ。だとしても、私が言ったことは嘘ではなかった。その証として、軽くうなずいてみせた。


「明るい色合いが、君の金髪によく映えている。どう見ても似合っているな」


 今のレイゲルは、全体的に淡い色味の服を着ていた。青銀色の生地に、淡い黄色の差し色が加えられていて、金色の髪ととても相性がよかった。


「意外ですね」

「何が?」

「だって、師匠はいつも暗い色ばかり着てるじゃないですか。こういうの、あまり好きじゃないかと思っていました」

「そんなわけあるか」


 レイゲルがそう思っていても仕方がなかった。実際、私の服は黒一色だった。今着ているのも、もちろんそうだし。


「師匠も、こういう服が好きなんですか?」「好きだとも」


 ……ただ、今は距離を置いているだけだ。


 もう、ずいぶんと長いこと距離を置いてしまっているけどな。


 ふと、胸の奥が少しだけ苦くなった。


「じゃあ、なんで着ないんですか?」

「私には似合わないから」

「着てみなきゃわからないんじゃないですか?」

「お前よりは、長く生きているからな」


 ずいぶん分かっている。くすっと笑って、レイゲルの言葉を軽くいなした。何にせよ、この長い年月の中で、一度も着たことがなかったわけではなかった。過ぎ去った昔を思い出すのも、今ではただの思い出だった。


「それに、目立つだろう」

「では、僕は?」

「君はすでに顔からして目立つから、どうしようもない」


 服屋で考えていたことを、そのまま口に出してやった。その言葉がまんざらでもなかったのか、レイゲルの唇がぴくぴくと動いた。笑わないように頑張っているのが、丸見えだった。


「と、とにかく、これが一番よかったってことですね?」

「ああ」


 見た目からして陰気な私とは正反対だった。だからこそ、よけいに惹かれたのかもしれない。子どもは明るくあるべきだ。私はレイゲルに近づき、そっとその頭を軽く撫でた。突然のことに、少年は目を見開いて私を見上げた。


「し、師匠?」

「これから先、きっと困難なことが待ち受けているだろう。それでも挫けずに、今のように前を向いて進んで行きなさい」


 どうか、その明るく見える姿のままで、生きていってほしい。そんな願いを込めた手つきだった。

 ……魔女である私が、こんな願いを口にしていいのかはわからないけど。

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