第30話 地下司令部の戦闘①
第2師団及び増派機甲師団の戦車隊、砲兵隊と歩兵部隊による必死の迎撃戦により、王国軍は多大な犠牲を払いながらも、帝国軍上陸部隊を一時撤退に追い込んだ。海岸線には両軍の戦死者と戦闘車両・人型機械の残骸が無数に散らばっている。ただ、戦闘行為そのものは散発的になったため、王国軍はこの間に負傷者や死者の回収を行っている。しかし、この静寂は一時的なものでしかないと兵達は理解していた。帝国軍は態勢を整えた後、再度攻勢に出てくるはずである。この、再攻勢に向けた陣地の再整備と弾薬の補給も同時に進められていた。
一方、帝国軍側は第1次上陸作戦で想定外に機甲兵力と人員を失った事で、総司令官のグスタフ大将は再侵攻への戦力再編に苦慮している状況にあった。
「総司令、速報値ではありますが、第1次侵攻の概要がまとまりました」
「報告しろ」
「はっ。第1次上陸作戦に参加した兵力は歩兵36,900人、機甲兵力は装輪装甲戦車スヴァジルとグルファク350両、ドアマースは200機となります。また、第7艦隊からアルビオン及びフィンヴァラーが計100機が参加しました。これは艦隊随伴の飛行機械母艦に搭載された、ほぼ全機となります」
「これにより、海岸地帯に橋頭保を構築する事は成功しました。しかし、要塞占領は敵の激しい抵抗により失敗。上陸軍は橋頭保まで押し戻されました。さらに、敵航空基地占領に向かった別動隊とも通信が途絶しました。恐らく、全滅したものと推察されます」
「クソッ! 我が軍の損害はどうなった!?」
グスタフは苛立ちを隠そうともせず、参謀長のガイデル少将に向かって声を荒げた。ガイデルは内心ため息をつきつつ報告した。
「歩兵の戦死傷者数は概算ですが、約22,000人に上ります。参加兵力の約60%が1度の攻勢で失われました。装輪装甲車の損失は252両、ドアマースに至っては176機に上ります。これは、一次投入機甲戦力の78%、全機甲戦力の61%となります。このほか、航空兵力は90%、上陸用舟艇は35%もの損害を出しております」
「トリアイナの蛮族どもが…」
「蛮族はともかく、歩兵はまだ50,000人の兵力を有しております。歩兵師団を主力とした第2次上陸作戦は可能ですが、機甲兵力の過半、特にドアマースを大量喪失した状況では、兵に多大な被害が生じる可能性が否定できません。総司令のご判断をお聞かせ願いたいと存じますが…」
「撤退はあり得ん。参謀長、歩兵師団の戦力再編は、いつ終わる?」
「明日の早朝、0700には出撃可能です」
「5時間早めろ。全軍で夜襲をかける」
「待ってください!師団規模で夜襲をかけるなど、聞いたことがありません。無茶です!」
「無茶でもやるんだ。猿共も夜襲は警戒しているだろうが、師団規模とは思ってもいないだろう。だからこそ成功の可能性が高いのだ! 参謀長、これは命令だ!!」
地獄の鬼すら逃げ出すようなグスタフの形相に、ガイデル参謀長は唾を飲み込む。
「ガイデル、例の部隊はどうなっている?」
「ハッ、予定通り1900に作戦行動開始です。既に一部は潜入しているハズです」
「あと5分か。トリアイナの猿共め、正面だけが戦場ではない事を思い知らせてやる。せいぜい慌てふためくがいいわ。ワッハハハ!」
強襲揚陸艦スルーズの作戦室にグスタフ大将の笑い声が響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そうか。アザレアは学校出たばかりの新兵だったんだな」
「うん…。軍学校航空科を出て、半年くらい訓練を受けたら、いきなり最前線に送られて…。初陣がトリアイナだなんて…最悪…。トリアイナの飛行機械、凄く速くて怖かった。訳が分からない内に、機体がバラバラになって、気が付いたら地面に落ちてた…」
「まあなんだ。生きてただけで良かったじゃないか。捕虜にはなっちまったが、戦争が終われば捕虜交換で国に帰れると思うよ」
「だといいけど…。おかあさんや弟、妹たちに会いたい…」
圭介はアザレアを連れてサマラス要塞の最下層から約1.3km程離れた要塞の地下司令部に通じる地下通路を歩いていた。多くの兵が行き来する通路で、見慣れぬ(そして体の線がくっきり浮き出ている)パイロットスーツを着た帝国兵が歩いているのはさすがに目立つ。このため、鋭い視線を向ける者や圭介に声を掛けてくる者が多く、アザレアが完全に委縮していることから、敢えて雑談を振って緊張を和らげていたのだった。
「アザレアには弟と妹がいるのか?」
アザレアは、自分は早くに父親を亡くし、母親が女手一つで養ってくれたこと。でも、家は貧乏で生活は苦しかったこと。自分が15歳になったとき、学費がかからない軍学校に進み、軍人になって、そのお給料で家族を助けたかったことなどを話した。
「それなのに、こんな事になるなんて…ぐす」
「でも、捕虜になれば戦場で死ぬことは無いから、少なくても家族を悲しませることはないぜ。そこは良しとしないとな。ところで、弟妹はいくつなんだ?」
「15歳と14歳」
「そうか。俺にも「あおい」って名の妹がいるぞ。14歳だが生意気で口煩くて、いつも俺に小言ばかり言うんだ。っと、話している内に到着したな」
要塞司令部の入口に到着した圭介は、警備を担当する伍長の襟章を付けた兵士に、自分の所属及び氏名、隊長の名前と捕虜を収容しに来たことを告げた。伍長はアザレアをじろっと見ると、壁掛け電話の受話器を取ると、どこかと話をして受話器を置いた。
「中に入って右側の通路を奥に進むと要塞管理官のカールソン中佐の部屋があるからそこに行け。間違っても作戦室に入るなよ」
「わかった」
中に入ると、作戦室の入口から第2師団長ダニエル・クリストファー中将と増派機甲旅団長アーネスト・デイビス准将が作戦テーブルを囲んで大勢の参謀達と顔を突き合わせて作戦指導を行っている様子がチラッと見えた。
(俺には縁の無い世界だな。まあ、俺のような一般兵は与えられた命令を遂行するだけだ。そういえば、17小隊はどうなったのかな。分隊のヤツら無事だといいけど…)
「どうしたの? 急にむっつり黙っちゃって」
「悪い。考え事してしまった。さあ、行こう」
「うん。でも、何だか怖いな…」
「大丈夫だよ。少し調書を取られて処遇を決められるだけさ」
指定された狭い通路を進んで行くが、いくつも分岐があって、どっちに進めば良いのか迷いそうになる。それでも、すれ違う兵に聞きながら歩いていたら、どうした事かアザレアが顔を赤くして俯いている。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「うん…あの…。なんか、みんなわたしの体をじろじろ見て…。やっぱり、このパイロットスーツなのかな。恥ずかしいよ…。王国の飛行兵もこんなスーツなの?」
「確か、つなぎ型のフライトスーツだったぞ。そんなに体にフィットはしてなかったな(アザレアって胸も大きいし、お尻も形良くて目のやり場に困るよ。男連中がじろじろ見る気持ちも分かるな)」
「あんまり胸をみつめないで。恥ずかしい」
「い、いや、そんなつもりは…。ごめん」
敵の捕虜になった自分が、敵に対してこんなに気やすく話しても良いものだろうかとアザレアは思ったが、圭介の気づかいに心を許し始めている自分がいることも感じていた。そっと圭介の顔を見上げると、何故か困惑した表情をしている。
「どうしたの?」
「ごめん。迷った。ハハハ…」
「…………。(じ~~っ)」
「うっ…。大丈夫だよ、大丈夫。もうすぐだよ、たぶん…」
「ホントかなぁ」
「あっ、ドアがある。ここかな?」
アザレアの可愛いジト目を背に受けながら、すぐ脇に見つけたドアを開けると細長い通路の先に階段があった。上った先のドアを開けて進むと、幅1.3m程の軽量鉄骨で出来た細い長い橋の上に出た。疑問に思いながら進むと急に視界が開けた。驚いて下を覗くと、中央に作図台と指揮机、側面には大きな地図盤のほか、通信設備やレーダー管制が並び、大勢の要員が作業をしている。間違いなく入るなと言われた要塞司令部の作戦室だ。指揮机にはクリストファー中将やデイビス准将の姿も見える。
「まずい。ここは作戦室の施設点検用の管理通路かも知れない。見つかったら叱責どころじゃ済まないぞ。特にアザレアはスパイと思われて射殺されるかも知れない。見つからないうちに早く出よう。アザレア、さっきの出入り口に戻って」
「う、うん…あっ、あれ見て」
アザレアが指差した方向に目を向けると顔にスカーフを巻いて黒装束を着込んだ者達が雪崩れ込んできた。呆気に取られている司令部要員は魔導ライフルの赤い光弾に撃ち抜かれてバタバタと倒れる。さらに、通路の奥から爆発音が響いて土砂が崩れ落ちる轟音が聞こえてきた。
「魔導ライフルだ!? あいつら帝国兵か!」
通路から身を乗り出した圭介が驚愕した声で叫んだ。アザレアも唖然として見入っている。入り込んだ帝国兵のうち、体に何かを巻き付けた何人かが、大声で「皇帝陛下万歳」と叫んだ直後、王国の司令部要員だけでなく、味方の帝国兵も巻き込んで爆炎と共に砕け散った。
「あいつら、自爆しやがった!」
「ええっ!? あっ、キャアアアーーッ!」
「アザレアッ! このっ…」
この自爆攻撃の威力は凄まじく、作戦室内の備品を破壊するとともに、破片を巻き込んだ爆風が圭介達の乗っている管理通路にも襲い掛かって激しく揺さぶり、圭介とアザレアは振り落とされそうになって悲鳴を上げた。さらに、振動によって壁との接合ボルトが破壊されたため、通路の片側が落下して、床に当たってけたたましい金属音を上げた。
急角度の滑り台となった通路を滑り落ちるアザレアに向かって咄嗟に手を伸ばして彼女の腕を、反対の手で手摺を掴んで落下するのを防ぐ。急激に体が引き延ばされた痛みに耐えながら、なんとかアザレアを引き上げた。
「アザレア、俺が引き上げるから、手摺に足をかけてよじ登れ。そして、俺にしがみ付くんだ。がんばれ、手を離すんじゃないぞ」
「わ、わかった…」
アザレアが圭介にしがみ付いた。美少女が抱き着いたことで少しドキッとするが、表情に出さずに、手摺に摑まりながら、ゆっくりと少しずつ体を滑らせて降り始めた。もう少しで圭介の視界に黒い戦闘服の帝国兵が作戦室に入り込んでくるのが入った。何とか生き残った司令部要員が自衛用の拳銃などで反撃を始めた。さらに、圭介の姿に気付いた帝国兵が魔導ライフルを発射してきた。真っ赤な光弾が圭介やアザレアを掠めて飛び、手摺に当ると高熱で鉄管を引き千切る。
「くそっ! 大丈夫か、アザレア」
「大丈夫。ごめん、迷惑かけてるね」
「気にするな。あいつら、見えてるはずなのに、帝国兵のアザレアにも銃を向けやがって。っと、もう少し…よしっ!」
何とか被弾せず床面に着地した圭介は、目の前の柱の陰にアザレアを押し込んで隠れるように言い、肩に掛けていた自動小銃を手にして安全装置を外してそっと覗き見ると、10m先に爆風で飛ばされた指揮台が横倒しになって、衝立のようになっており、指揮台の陰に何人か倒れていて呻き声を上げている。
(よし、行くならあそこだ)
ごくりと唾を飲み込み、ひとつ深呼吸をした圭介は自動小銃を胸に押し付ける様に抱えると一気に床を蹴って前転すると、体を低くして指揮台の陰に滑り込んだ。圭介の姿に気付いた数名の帝国兵が魔導ライフルを放ちながら接近してきたが、指揮台を盾にして半身を出し、帝国兵目掛けて自動小銃を連射した。帝国兵は7.62mm弾を浴びて血飛沫を上げながら吹き飛んだ。
一瞬、敵の攻撃が止んだ。その間に倒れている負傷者の元に駆け寄って驚きながら声を掛けた。
「クリストファー中将!? 大丈夫ですか、しっかりしてください!」
「…ぐ…っ。き、君は…?」
「青海圭介伍長です、中将。今助けます」
「ほ…他の者…は。准将は無事か…」
「わかりません。くそっ、敵が…」
圭介の周囲に魔導ライフルの光弾が飛んできた。指揮台に着弾してマナの光が弾け、命中箇所を削り取る。圭介はクリストファーをそのまま寝かせると、指揮台を遮蔽物として反撃する。帝国兵が1人、2人と撃ち倒されるが、撃ち込まれる光弾の量は増えている。圭介は弾帯から手榴弾を外すとピンを抜いて投げた。十数m先で爆発と共に帝国兵の悲鳴が上がった。その間に指揮台に隠れて自動小銃の弾倉を交換して周囲の様子を伺う。
(視界に入る敵は10人程か。恐らくもっといるだろう。くそ、どこから侵入してきたんだ。味方の姿は…、見えないな。殺られてしまったのか? だが、なぜ撤退しない? 司令部施設の破壊が目的じゃなのか…。まさか、あいつら!?)
圭介は床に横たわるクリストファーを見た。帝国は司令官の身柄確保または殺害して、守備部隊を崩壊させる算段なのかも知れない。
(それが目的なら奴らが撤退しない理由も分かる。であれば、絶対にここを死守しなければ。もう、周りには味方はいない。だが、絶対に司令官の身は渡さないぞ!)
数人の帝国兵が魔導ライフルを乱射しながら突っ込んで来た。圭介は彼らの足元に手榴弾を投げ込む。爆発で3、4人吹き飛んだが、帝国兵2人が巻き上がった煙を割り、味方の死体を踏み越えて飛び込んできた。その帝国兵に向かって自動小銃が火を噴き、小銃弾を多数浴びた帝国兵は糸の切れた繰り人形のように床に斃れる。
以外な抵抗を受けて残った帝国兵は突撃を止め、瓦礫を遮蔽物にして撃ち返してきた。小銃弾を打ち尽くした圭介は指揮台に身を隠して弾帯から予備弾倉を取り出して装填する。これを撃ち尽くしたら次が最後の弾倉だ。徐々に追い詰められている事に内心焦りを隠せない圭介は、司令官のクリストファーが心配になって振り向いて驚いた。
「ア、アザレア!? なにしてるんだ!」
アザレアが救急バッグを側に置いてクリストファーの治療を行っていたのだ。
「怪我の治療をしてる」
「隠れてろって言ったはずだぞ!」
「わたしだって帝国軍人のはしくれ。怪我をしている人を前にして何もしないなんてできないよ! それに…、それに何度もあなたに助けてもらった借りもあるもん!」
「だからって…。クソッ、やつら来やがった! わかった。アザレア、司令官は任せたぞ!」
「うん、わかった!」
横倒しになった指揮台の縁に自動小銃を固定して、接近する帝国兵を迎え撃ち始めた。射撃する度にコンコンと薬莢が落ちる。その音を聞きながら、アザレアはクリストファーの傷を負った部分の服を鋏で切り、傷に消毒液を振りかけてガーゼで覆って包帯を巻く。
自動小銃の射撃音を耳にしながらアザレアは自分の行動に内心驚きを禁じ得なかった。柱の陰に押し込まれてフリーになった際、アザレアには逃げるという選択肢もあった。しかし、目の前で味方を、そして自分を守るため1人戦う圭介を置いて逃げることが出来なかった。
(彼は…、圭介は命がけで自分を助けてくれた。ううん、今も助けてくれている。それに比べて帝国軍は敗者には容赦ない。敵に捕まる位なら死ねと教えられる。今襲ってきている兵達もわたしを見ても躊躇なく撃ってきた。でも、圭介は…王国の人たちは違う。彼らは捕虜にも優しい。わたしは、このまま隠れてていいの? わたしが助けてもらったように、あの人たちを助けてあげられないの? ううん、できるはずだよ、アザレア。わたしだって何かできるもん。何か…)
アザレアの心は決まった。周囲を見回すと奥に備品がいくつも置いてある事に気付いた。近づいて何かないかと探していると、赤十字マークの付いた救急バッグがあるのを見つけた。アザレアはバッグのベルトを掴むと、躊躇なく飛び出したのだった。
「う…うぐっ。うむっ…」
「あっ、無理に動いちゃダメです」
「く…っ。君が助けてくれたのか…。む、その軍服は…。君は帝国兵か? では、私は捕虜になったのか?」
「違います、将軍。お味方は、まだ帝国と戦ってます」
「なに?」
クリストファーの耳に自動小銃の射撃音が聞こえた。首を回して音の方を見ると1人の兵士が横倒しになった指揮机を盾にして、作戦室の入口方向に向けて射撃を行っており、時折、向こう側から悲鳴が聞こえてくる。
「青海伍長…? 一人で戦ってるのか? くっ…体が動かん」
「あっ、無理しないで。あの…左足が折れて、右足も裂傷を負ってます。他にも傷がいっぱいです」
「君が治療を?」
「は、はい…」
「そうか、ありがとう。君の名前、所属は? 何故こにいる?」
「わ、私はアザレア・フリーレン一等飛行兵です。えと、て、帝国第7艦隊所属飛行機械母艦スキュルド航空隊所属でした。ここにいる理由ですけど…」
アザレアは王国軍戦闘機に撃墜されてから現在に至るまでをかいつまんで説明した。クリストファーは頷いてアザレアに言った。
「大体は了解した。君が何故、敵である私に対してこのような行為をしてくれたのかは、後で聞くとしよう。今は味方として信じることにする」
「ありがとうございます、将軍」
「う…む、すまん。それと将軍は止めてくれ。私はクリストファー。陸軍中将だ」
「す、すみません…」
「謝る事ではない。それにしても…」
クリストファーは全身に痛みを覚えながら、体を起こそうとした。慌ててアザレアがクリストファーを支えた時、アザレアの頭部背後で「カチリ」と音がした。ドキッとしてゆっくりと後ろを向くと全身に傷を負った士官らしい男が拳銃を向けていた。前進から血の気が引いたアザレアに向かって男が口を開いた。
「司令官を放せ。薄汚い帝国兵!」




