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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
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第12話 魔導戦艦ヨルムンガンド

 ヴァナヘイム帝国機動艦隊36隻はトリアイナ王国を撃滅し占領するためテーチス海を西に向かって進撃していた。目指すはトリアイナ領マルティア諸島最大の島マルティア。ここを橋頭保としてトリアイナ本島を攻めるのだ。そのため、機動艦隊から10海里離れた位置に陸軍兵50万人と武器弾薬・食料、各種資材等を満載した輸送船団200隻が10隻の魔導砲艦に守られて本隊を追従している。


 機動艦隊旗艦、戦艦ヨルムンガンドの艦橋では攻略指揮官のガティス帝国第三皇子が悪態をついていた。


「チッ、輸送船団を引き連れてるお陰で歩みの鈍い亀みたいに速度が上りゃしねぇ。イライラしやがる。これじゃ、いつになったらマルティア島に行きつくか分かったもんじゃねぇ。おい、モルゲン!」


 ガティス王子は年齢23歳。帝国軍事大学を卒業しているが成績は平凡。瘦身で癖のある赤毛をしており、顔つきはいかにも神経質そうである。しかも、帝国の権威をかさにきて威張り散らして無理難題を押し付けてくるため、ヨルムンガンドの乗組員は全員彼を嫌っている。


「ひっ…ひゃい! かっ艦長、目的地まではあとどのくらいだ…です?」

「現在の速力であと32時間です」


 モルゲンと呼ばれた皇宮護衛官の制服を着た小男がおっかなびっくり、それでも精一杯威厳を保った言い方で艦長コーゼル准将に問いかけた。コーゼルは極めて事務的に答える。


「到着は明後日か…。かったりぃ。おい艦長、ヨルムンガンドだけでも先行させてマルティア島の王国基地を魔導砲でブッ飛ばせ。どうせ、あの島には哨戒艦数隻しかいねぇ。この艦1隻でもおつりがくるぜ!」

「……できませんな」

「なに? なんだと?」

「できないと言ったのです」


「テメェ…オレ様の命令が聞けないってのか!?」

「おっ、皇子様落ち着いて…」

「ウルセェ! テメェは引っ込んでろ!!」


 ガティスを鎮めようとしたモルゲンは、逆に蹴とばされて床に転がされてしまった。冷静沈着なコーゼル艦長もさすがに眉を顰めるが、落ち着いて言葉を返した。


「我が艦及び機動艦隊が海軍総司令部から受けた命令は、「機動艦隊全艦を持ってマルティア島を制圧・占領した後、前進基地を築いてトリアイナ王国首都を攻略せよ」です。我が艦1隻で行ったところで制圧は可能でしょうが、思わぬ反撃を受ける可能性があります。ここは、当初命令通り全艦を持って攻撃するべきと考えます」


「だーかーらぁ、それがまどろっこしいって言ってんだろ。もういい。おい、そこのお前、艦の速力を上げて前進させろ! おい、聞こえねぇのか!?」

「お止め下さい。あなたは艦隊の指揮官で、この艦の指揮官ではありません。艦の指揮権は艦長たる私にあります」

「…チッ、面白くねェ…」


 コーゼル艦長の鋭い視線に射すくめられ、ガティスは何も言えなくなった。不満を一層あらわにした顔で艦橋内の指揮官席に座り、席の肘掛けに右肘を置いて手に顎を乗せ、無言で外を眺め始める。


「大丈夫ですか?」

「いてて…だ、大丈夫です…」


 ガティスの警護官であるアーシャ中尉がモルゲンを起こした。その様子を眺めながらコーゼル艦長は小さくため息をついた。


「…………。(第一皇子のアリオン様、第二皇子のリヒャルド様は人望に厚く、公明正大で非常に優秀なお方だ。しかし、ガティス様のあり様は人の上に立つ者の行為ではない。優秀な兄に対する劣等感からきているのか。確か、トリアイナ攻略は当初リヒャルド様に任せると聞いていたが、急遽ガティス様に変更になった。皇帝の直接の指示らしいが…。まあ、トリアイナには大した戦力はない。放っておいても勝つ戦で実績と自信を付けさせる…ということか。その思惑は分からんでもないが、当事者たる我々にとっては迷惑な話だ)」


 コーゼル艦長は艦橋の窓からヨルムンガンドの前甲板を眺めた。この艦はヴァナヘイム帝国が技術の粋を集めて作り上げた魔導戦艦ヨルムンガンド級のネームシップである。2番艦ドゥーヴァ、3番艦ヘヴリング、4番艦ミドガルズとともにトリアイナ王国占領作戦に出撃していた。


 ヨルムンガンド級魔導戦艦は全長237m、全幅32mの大型艦で、最大速力24.2ノット(時速約45km)。艦橋は艦体中央からやや後部の位置に設置され、艦橋から前には口径40センチ単装魔導砲塔を8門装備し、4基ずつ並列配置としている。また、副砲として15センチ単装魔導砲が片舷に6基ずつの計12門装備する、かなりの重武装艦だ。艦橋から後部は搭載ドロームの発着甲板で、ドローム4機を搭載。発着甲板下の機関室には空中浮揚及び推進システムが配置されている。


 ヴァナヘイム帝国の艦艇の大きな特徴が魔導機関を用いた空中浮揚及び推進システムで、トリアイナを始めとする他の諸国の艦艇・船舶が魔鉱石のマナをエネルギー源にした魔力モーターでスクリューを回して推進するのに対し、空中浮揚システムはマナそのものを艦底から放出して艦を2~3mほど浮き上がらせ、艦尾にある推進ノズルからマナを放出して前進する。このため、水の抵抗を受けることなく効率的に推進することができるのだ。

 なお、左右及び後退に際しては、艦に装備したスラスターで行う仕様になっていて、ヴァナヘイム以外の国々の艦艇とは隔絶した技術力の賜物である(ただし、これらシステムの建造には高額な経費と複雑な構造が必要になるため、戦闘艦艇にのみ採用されており、補助艦艇や一般の船舶は安価な魔導モーターによるスクリュー推進である)。


 コーゼル艦長は艦橋から周囲に目を移した。視界には同行する戦闘艦が整然と航行する様子が見て取れる。


 ヨルムンガンド級と艦列を組むのは、36センチ単装魔導砲6基を主兵装とする、アスク級巡航戦艦のアスク、エムブラ。20センチ連装魔導砲5基10門、8センチ単装魔導砲6基を装備した最新鋭巡航艦ヴェクネター級8隻、15センチ連装魔導砲2基4門、8センチ単装魔導砲4基装備の軽装巡航艦アクーラ級2隻、8センチ単装魔導砲7基7門を持つ重武装突撃艦16隻。さらに、飛行機械を最大36機搭載できるドローム母艦のアルヴァク、アルスヴィズ、グリスニ、ヒルディスの4隻が続いている。ヴァナヘイム帝国軍のほぼ全艦艇を集結させた大艦隊である。


 指揮官席に座って自身が率いる大艦隊を眺めながら、ガティスもまた自身の考えに耽っていた。


(スゲェじゃねぇか、この艦隊はよぉ。世界最強の艦隊をこのオレ様が率いる。ゾクゾクするぜ。ヨルムンガンド級の前じゃトリアイナだろうがイザヴェル(パルティア大陸最大の国家)だろうが敵じゃねえ。木っ端微塵に粉砕して世界征服の足掛かりとしてやる。そして、オレ様を見下す兄貴達に認めさせてやる。オレ様が有能だってことを思い知らせてやるぜ)


(しかし、皇帝オヤジには感謝しかねえ。兄貴達でなく、このオレ様を司令官にしてくれるなんてよ。オレ様は兄貴達の足元で藻掻き、死ぬまで使われ続けるつもりなんざねぇ。トリアイナ攻略を切っ掛けに一気に駆け上ってやるぜ。その時のヤツラはどんな顔をするか、楽しみだぜ)


(それに、降伏勧告の際に散々帝国の事を悪し様に言いやがった女…。ベアトリーチェとかいう名だったか。くくっ…。クソ生意気なヤツの、屈辱と絶望に沈んだ顔を見るのも楽しみだぜ。その後はそうだな…オレ様の性奴隷にでもするか。くくっ…)


「アーッハハハハ!」

「!?」


 急に高笑いを始めたガティスにモルゲンとアーシャは驚き、コーゼル艦長は不審な視線を送る。そこに、見張員からの緊急連絡が艦橋に入った。


「コーゼル艦長。見張りから連絡です。艦隊上空に見慣れぬ飛行機械!」

「飛行機械? どこの国のだ。トリアイナには飛行機械は無いはずだ。それに、最も近いマルティア諸島から800km以上離れているんだぞ!」

「し、しかし…飛行機械が艦隊上空を旋回していると…」

「私が確認する」


 コーゼル艦長は操舵艦橋から出て、艦橋最上部の見張員が詰める露天艦橋に向かった。その慌てた様子に何事かと、ガティスもモルゲンとアーシャを引き連れて後を追った。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「むう…。あれか…?」

「ハッ! つい先ほど艦隊上空に現れました」

「見たことも無い形だな。我が国のドロームと似ても似つかない。細い胴体に赤い丸が描かれた翼らしきものが左右に張り出しているな。最後尾にも小さな翼…。一体なんだ?」


 双眼鏡を覗いて上空を観察していたコーゼル艦長は、見たことも無い形状の飛行機械に困惑していた。ただ、どうやら攻撃してくる意志は無さそうで艦隊上空を旋回しながら観察しているように見えた。


「何があった、艦長」

「ガティス司令。不審な飛行機械が艦隊上空を飛んでいると…。あれです」

「飛行機械…だと?」


 露天艦橋に現れたガティスに対し、コーゼル艦長が上空の飛行機械を指し示した。訝しながら空を見上げたガティスも飛行機械の姿を認めた。


「なんだありゃあ。不格好な奴だな。構うこたぁねえ。さっさと撃ち落とせ」

「攻撃するのですか?」

「オレ様の艦隊上空を飛ぶなんざぁ不敬極まりねぇ。落とせ」


 相手の正体も分からないのに撃墜しろとは無謀ではないか。コーゼル艦長がそう考えた時、ガティス付きのモルゲンが異を唱えた。


「おッ…皇子様。相手が分からないのに撃ち落とせとは、余りにも無謀です。もっももも、もし、どこかの国のもので、外交問題にでもなりましたら…」

「ウルセェ!」

「ギャッ!?」


 ガティスはモルゲンを蹴り飛ばした。悲鳴を上げて露天艦橋の壁にぶつかり、蹲るモルゲンにアーシャ中尉と見張兵達は驚いて立ち竦み、コーゼル艦長は冷たい視線をガティスに向けた。


「いいか、この艦隊の司令官はオレ様だ! オレ様の命令は帝国皇帝の命令でもあり絶対だ! オレ様が撃ち落とせと言ったら落とすんだよ。コーゼル、今度はオレ様の命令を聞けるよな」

「……はい(致し方なし…か)」


 不承不承の表情も露わにコーゼル艦長は露天艦橋の後方にある伝声管に向かって命令を下した。


「上空の飛行機械を副砲で攻撃する。準備出来次第射撃開始。艦隊各艦にも攻撃するよう伝えろ」


 伝声管の向こうから復唱が返された。両舷に装備された計12門の15センチ単装魔導砲が仰角を上げ、上空の飛行機械目掛けて魔導弾(爆発力を高めたマナのエネルギー弾。口径が大きいほどエネルギー量が多くなり、破壊力が増す)を放った。ヨルムンガンドが魔導弾を放ったのを合図に、他の戦艦、巡航艦及び突撃艦も搭載している魔導砲を放ち始めた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「きゃぁああっ!」

「対空砲か!?」


 ディアナの乗る彩雲は、艦隊から打ち上げられる魔導弾の攻撃に晒されていた。ほとんどは遠く外れるが、何発かは機体の近くで爆発して彩雲の機体を振動させる。砲弾の爆発ではないため、弾片による破損は無いが直撃すれば間違いなく撃墜される。このままでは危険と判断した菅谷中尉は艦隊から離れることにした。


「上昇する!」


 周辺は魔導弾の爆発が連続しており、左右旋回では万が一にも命中したらまずい。上昇して高度を稼ぎ、魔導砲の射程外に逃れた方が良いと考えた菅谷中尉は、スロットルを開いて発動機の出力を上げ、操縦桿を手前に引いた。機首が上向きになった彩雲は、ぐいぐいと上昇を始める。直後、彩雲の真正面で爆発が起こり、びりびりと機体を振動させた。衝撃を受けて驚いたディアナが悲鳴を上げる。


「大丈夫ですぜ姫様、直撃しない限り彩雲が落ちることはありません」

「そ…そうですね…。すみません、びっくりしちゃって…」


 機体を目視点検して異常が無いことを確認した小山飛行兵曹が、ディアナを安心させるように言った。その間も菅谷中尉は彩雲を上昇させていった。


「高度4千…4千5百…5千…5千5百…」


 菅谷中尉は高度6千mで高度計の読み上げを止め、水平飛行に移った。既に魔導砲の攻撃は止んでおり、ディアナたちの彩雲は射程外に逃れたと判断できた。


「ふああ~、驚いたぁ…。さすがスガヤ様ですね。あの爆発の中、冷静に操縦なさるなんて。凄いの一言です。カッコいいです!」

「無事でよかったです。ですが、これ以上は危険です。天城に帰還しましょう」

「はい!」

「………。(泣き叫ぶと思ったが、ケロッとしてやがる。いいタマだぜ、この姫さん)」


 小山飛行兵曹が感心する中、彩雲は高度を保ったまま、母艦の天城を目指して北に進路を変更した。しかし、菅谷達の無電を受信した角田少尉が指揮する天城搭載の彩雲2号機は索敵進路を変更し、帝国機動艦隊に接触すべく向かっていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「逃げられたか…」

「チッ、だらしねぇ。たった1機撃ち落とせねぇとは…。次にヤツが現れたらドロームで迎え撃て、いいな艦長!」


 足音荒く操舵艦橋に降りて行くガティスの後姿を見ながら、コーゼル艦長は小さくため息をついた。モルゲンを起こし、肩に担いだアーシャ中尉が声を掛けてくる。


「コーゼル様、あれは…」

「…わからない。見た目は華奢だが一気に高度を上げて射程外に逃れたところを見ると、かなりの飛行性能を持っていると見るべきだろう。あれは一体何者なのだ…」


 二人は彩雲が飛び去った方向をいつまでも見つめるのだった。

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