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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
序章 戦艦大和 異世界に現る
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第13話 帝国の影

 トリアイナ王国から東に8千キロに浮かぶ大陸ロランド。その全域がヴァナヘイム帝国の領土である。大陸の東海岸中央に人口300万を誇る帝都「アースガルズ」が広がり、その郊外、小高い丘の上に帝国皇帝の居城「ユグドラシール」が威容を見せ、市民の畏怖を集めている。


 ユグドラシールの最奥、皇帝執務室に二人の人物が訪れていた。一人は帝国第一皇子で軍務尚書のアリオン皇子、第二皇子で帝国軍総司令官のリヒャルド皇子だ。リヒャルドは父である皇帝ヘルモーズ二世にトリアイナ王国攻略の進捗状況について説明していた。


「総司令部に入った連絡によると、我が遠征軍は4月20日をもってトリアイナ王国マルティア島を占領。前進基地建設に着手し、補給と休養を行っているとのことです」

「敵の抵抗は…?」


「マルティア島に王国軍及び居住民の姿無く、無血占領だったとのこと。どうやら、我が艦隊相手に戦っても殲滅されるだけと理解し、事前に撤退していたかと思われます」

「懸命な判断だな」


 アリオンがさもありなんといった風に頷く。帝国では数少ない良識派のアリオンは無駄な血を流さずに済めばその方が良いと考えている。しかし、皇帝及び一部の貴族、政界、軍部のほか、多くの国民の考えは異なる。帝国に従属しない者は生きる価値無しとして苛烈に扱うのも厭わない。現に従属した地の人々は帝国からの重税に喘ぎ、過酷な労働や農奴として徴用され、若い女は奴隷として辛い目に遭わされている。


(力と暴力による恐怖で押さえ付けても、人心の憎しみを買うだけだ。それも未来永劫にだ。初代皇帝オーズルの理念こそ必要だと思うのだが、父上には父上のお考えがある。我らはそれを支え、覇業を成就させるだけだ。だが…)


「何かあるのか、アリオン」

「……いえ、何もありません父上」

「………。リヒャルド、トリアイナ占領はいつ頃になる?」


「はい。西海岸のスヴァルト海軍基地で最後の補給船団と兵員輸送船が準備中です。これらがマルティア島に到着するのが5月下旬、その後兵力を整えるのに数日は必要ですので、トリアイナ攻略は6月上旬頃になるかと…」

「その間、ガティス率いる機動艦隊は適時出撃し、トリアイナ本国の海軍基地を潰します。彼らの所有する魔導砲艦など、我が機動艦隊の敵ではありません」

「……だが油断はするな」


「わかっております。そのためにドローム母艦も随伴させています。また、上陸作戦に動員した兵員は約70万。トリアイナ本国の地上兵力は僅か10万です。艦隊の支援を受けた上陸部隊に手もなく揉み潰されるだけでしょう。さらに、上陸部隊を率いるのは歴戦の雄ガンメル大将です。トリアイナの命運は尽きたも同然です」


「………。ガティスに性急に事を動かすなと伝えておけ」

「ハッ!」


「………。父上、よろしいでしょうか」

「…なんだ、アリオン」

「果たしてそう上手く物事が進むでしょうか。ロランド大陸内の蛮族や小国と違ってトリアイナは大きな国です。島国だけに独立独歩の精神も高い。彼らも死に物狂いで抵抗するでしょう。簡単には終わらないような気がします」


「兄上の考えもわかるが、トリアイナの占領作戦には帝国のほとんどの戦力を集中させている。懸念しすぎだと思うが」

「お前は楽観的過ぎる。モルゲンの報告によるとマルティア島に度々未知の飛行機械が現れて偵察行動を行っているという。俺はこれが気になるのだ」


「未知の飛行機械か。確かに報告は受けているが…」

「ああ。それはドロームとは全く異なる形状で、魔導砲の射程より高い高度を飛び、ドロームでは全く追いつけないほど速度性能も高く、未だ撃墜することは出来ていないというではないか」

「ドロームより早い飛行機械があるとは、にわかには信じられんのだが」

「モルゲンが嘘の情報を送ってくるとも思えん。それに、トリアイナの魔道技術は我が国より30年は遅れている。我々より高性能の魔導機械を造れるはずがない。だからこそ不気味なのだ」

「一体何者だろう。マルティア諸島はトリアイナ本国からも1千キロは離れている。この世界に1千キロも飛べる飛行機械があるとは信じられないが…」


 アリオン皇子とリヒャルド皇子は何か不気味な影を感じ、うすら寒くなるのであったが、皇帝ヘルモーズ二世は表情を変えずに二人の息子に命令した。


「何があろうとトリアイナを我が領土にするのだ。彼の国とパルティア大陸の大国イザヴェルを落とせば世界制覇に障害となる国はない。我が野望に大きく前進するのだ。アリオン、リヒャルド。万難を排して作戦を成功させよ。失敗したら…その時はお前達の命で贖ってもらう」


「ハッ! 必ずや父上の御期待に添えて見せます!」

「よかろう。期待しているぞ…。もう下がってよい」

「ハッ!」


 皇帝執務室から退出する息子二人の背中を冷たい視線で見送った後、ヘルモーズ二世は窓辺から帝都の遥か先に広がる海を見つめるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「兄上!」

「フレイヤか」


 皇帝への謁見を終え、皇宮内の廊下を歩いていたアリオン皇子とリヒャルド皇子に背後から声がかけられた。声の主は妹であるフレイヤ皇女だった。


「フレイヤか。じゃありません! それよりも軍務省で聞きましたが、トリアイナ攻略に向かった遠征隊上空に見慣れぬ飛行機械が現れたとか。しかも、高度性能も速度性能もドロームを上回り、未だ撃墜できていないという話ではないですか」

「耳ざといな。どこから情報が漏れたんだ?」


「兄上の副官であるディース中佐から教えていただきました」

「ディースか。相変わらず口の軽い奴だ」


「で、どうするのです?」

「どうするとは?」

「その飛行機械の事です。どう対処するのですか!」

「対処と言ってもな。正体不明であり、魔導砲もドロームでも迎撃できないのではな。手の打ちようが無い」

「兄上は生ぬるい! その飛行機械がトリアイナ攻略の障害となったらどうするのです!」

「落ち着け、フレイヤ」

「リヒャルド。私は落ち着いてる!」


 鼻息荒く兄二人を睨みつけるフレイヤだったが、何かを思いついたらしく、パチンと指を鳴らして不敵な笑みを浮かべた。


「私が出ます」

「なに!?」

「私が出るといったのです。ドローム以上の高性能新型飛行兵器「フィンヴァラー」。私の率いるヴァルキューレ中隊は、帝国唯一のフィンヴァラー装備の部隊です。フィンヴァラーなら未知の飛行機械も敵ではありません!」


「しかし、アレは帝国の秘密兵器だぞ。父上が何と言うか」

「ああもうじれったい! 私が父上に話します!」


 フレイヤはバタバタと皇帝執務室に向かって駆け出して行った。その背中を見送りながらリヒャルドは呆れたように言った。


「なにイライラしてるんだ、あいつ。アノ日か?」

「リヒャルド、マルティア島に送る補給艦隊に平甲板の大型輸送艦を1隻追加してくれ」

「それはいいが、何でだ?」

「ああ。間違いなくフィンヴァラー中隊を送ることになるだろうからな」


 フィンヴァラー。帝国が秘密裏に開発した高性能「人型」飛行機械。全高14.7m、全備重量6.5トン。乗組員は胸の部分にあるコクピットに乗り込み、頭部の魔力眼から送られる映像を見て操縦する。背中にある4枚の翼からマナを放出して飛行し、最大時速540km、機動性もドロームより高い。武装は50mm魔導ライフル砲(手持ち式)、脚部に40mmロケット弾12発(片側6発)、肩部に8発(片側4発)の計20発を装備する。欠点は飛行時間が約1時間と短いことだが、これは搭載する精製魔鉱石の大きさに左右されるので仕方ない部分でもある。


「まあ、帝国以外の国に対し、フィンヴァラーを使う機会なんてないからな。相手になりそうな敵が現れてフレイヤも張り切っているのだろう。フレイヤに任せようぜ。兄貴の懸念も思い過ごしで終わるさ」

「だといいがな…」


 軍務省に向かう道すがら、アリオン皇子の胸の中に言いようの無い不安が生まれるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 トリアイナ王国北方、トゥーレ島に大和以下第二艦隊全艦が移動して1か月が経過した。最大の都市イヴァレーアの市役所庁舎の大会議室を借り受けた第二艦隊司令部は、ここを臨時の作戦司令部として来る戦闘への準備を進めていた。司令部にはアルゲンティ大将を始めとするトリアイナ王国海軍やベアトリーチェ、ディアナも参加して各方面への調整に協力していた。また、別の会議室にはトリアイナ工業技術院を始め、国内の大学や機械産業企業の研究員が詰めて、大和を始めとする艦船及び空母搭載航空機について視察するとともに、技術習得のための研究を始めていた。


 さらに、王国の全面協力のもと、アルバーテ油田産の重質油を直接各艦に補給できる体制を整えたほか、サガル油田から採取される軽質油についてはトリアイナ大学工業技術院の精製プラントを拡張してガソリン、軽油等を増産し始めたことから、艦隊の燃料問題は解決するに至った。このほか、精製プラント近郊に整地しただけの簡易滑走路を建設すると、ここに彩雲を進出させ、毎日マルティア諸島方面の偵察を行っていた。


「マルティア島を占領した帝国は着々と基地化を進めています。一昨日の偵察結果によると、新たに輸送艦100隻以上からなる大規模船団が入港しました。恐らく、補給及び上陸部隊の増員と思われます」


 山本先任参謀が、机上の写真を示しながら説明を行っていた。写真には広い泊地が一杯になるほどの船が写されている。


「兵員輸送船は総勢300隻以上になりました。1隻に2~3千人は載せられると思われます。総兵力は約60万~90万人にもなると推察されます」

「凄まじい兵力だな。まるでアメリカ軍の沖縄上陸部隊だ。それに、帝国艦隊。戦艦だけで6隻か…。こちらは大和1隻。負けるとは思わないが苦戦は免れんな」


 森下参謀長が難しい顔で呟くと、宮崎大佐(天城艦長)と川畑大佐(葛城艦長)がニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。


「であれば、空母航空隊による攻撃で漸減する必要がありますな」

「その通りでありますが、天城と葛城の彗星と天山は合わせて42機しかありません。優先順位を決めてかかる必要があります」

「優先順位か。先任参謀の考えを聞かせてもらおう」


 伊藤長官の言葉に山本先任参謀は頷き、自分の考えを述べた。


「敵艦隊にも空母がいます。制空権を確保し、水偵による弾着観測射撃を行うためにも、セオリーに従って第一次攻撃で空母を叩く必要があります。その後、余力があれば第二次攻撃隊を編成し、戦艦を狙います。ただ…」

「何か懸念があるのかね」

「はい。敵の戦闘艦艇は魔導力によって水面から浮いた状態で航行するとのこと。このため、航空魚雷での攻撃はできません。彗星の急降下爆撃と天山の水平爆撃に頼るしかありません。急降下爆撃はともかく、水平爆撃は編隊を組んでの公算爆撃のため命中率が低いのが欠点です」


「現在、葛城の天山隊は水平爆撃の猛訓練を日々行っております。一度の爆撃で1~3発は命中させられる練度まで向上しております」


 葛城の飛行長である都築中佐が報告した。続けて川畑艦長が引き継ぐ。


「幸い、呉からの出撃に際して航空魚雷だけでなく、800kg徹甲爆弾も搭載しております。これなら、1発でも命中すれば敵空母を撃沈させられます」

「川畑大佐の言う通りだ。都築中佐、恐らく出撃まで日がない。引き続き練度向上に励んでくれ」

「ハッ!」


 その後も作戦行動及び補給に関しての打合せを行った後、伊藤長官は森下参謀長らと一緒に補修の材料となる木材、金属板加工工場の視察に出掛けた。第二水雷戦隊の古村司令や参謀達も訓練のため矢矧に戻って行き、天城と葛城の鈴木飛行長と都築飛行長も艦に戻ろうとしたとき、山本先任参謀が二人を呼び止めた。


「鈴木中佐、都築中佐。君らは少し残ってくれないか」

「はあ、構いませんが…」


 二人を近くに呼び寄せた山本先任参謀は1枚の写真を机の上に置いた。その写真は1隻の大型輸送艦を写した写真だった。


「山本参謀、この写真は?」

「ただの輸送艦のように見えますが…」

「わからんか?」


 山本先任参謀はさらに1枚の写真を二人に見せた。今度は同じ輸送艦の甲板を大写しにしたもので、拡大によって画像がかなり荒いがよく見ると甲板に何か置かれている。鈴木中佐と都築中佐は虫眼鏡で拡大してよく見ると、人形が置かれているように見える。


「なんですか、これ。人形?」

「それにしては大きいですね。艦橋やマストと比較すると、大きさは10m以上…いや、15mはありそうです。よく見ると背中に翼らしいものが見えますね。これが何か…」

「わからない。ただ、敢えてこのタイミングで運んできた意味も不明だ。それに、余りにも異質な感じがする。これは私の勘だが何らかの兵器ではないだろうか」

「ははは、まさか。山本大佐は未来小説の読み過ぎでは?」

「都築中佐、ここは異世界だ。何があってもおかしくない。現に、彼らの戦艦の推進方法は我々の知識の範疇外だ」

「………。そう言われると確かに不気味ですな。人形をわざわざ時間と手間をかけて運ぶ理由がわからない。何かあると見たほうがよいかも知れません」

「そうだ。偵察によって、これが何か突き止める必要がある。搭乗員には十分に気を付けて偵察を行うよう指示してもらいたい」

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