最終話
私は、もう少し文献を調べたいという蛭尾教授と別れ、大学の図書館を出た。
ベンチに腰掛け、そのまま空を見上げた。
青空に白い雲が浮かんでいる。
信太朗夫婦も、今頃、同じような空を二人で見上げているのだろうか。
蛭尾教授の説では、歴史の修正力とやらで、自分に弟がいたという記憶もやがて薄れていくのだという。
さみしい、と思う気持ちと同時に、ホッとしている自分がいる。
大学受験を控えた大事な時に、両親が事故死してしまってから今まで、10歳年下の弟、信太朗の面倒を見るのは私の役目だった。
そのしがらみが、今日無くなった。
……しがらみ?
私は、弟の存在を、しがらみだと、邪魔な存在だと思っていたのだろうか?
いや、そんなことはない。
私は今まで、弟を保護しなくてはということを言い訳にし、自分の行動に都合よく制限をし、生きてきたのだ。
信太朗のために勉強して、信太朗のために研究に没頭して……。自分の女性としての喜びにふたをしたい言い訳にしてきたのではないか。
信太朗は、彼女と出会うことで、私の呪縛を解き人生の意義を見つけた。
敦盛は、信太朗と出会うことで、平家一門のしがらみからはずれ、女性といて生きていく勇気を得た。
あの時代の、本来不遇に終わった武士たちもそうだ。
私も、彼らのように、一度しかない人生を、しがらみ無しに生きてみようか。
ずっと保留していた、あの人のプロポーズに対して、本気で向きあってみようか。
「夢幻の如くなり……か。」
私は、信太朗や敦盛のことを覚えているうちに、彼らの事をいつか物語として書き残そうと思った。
題名は、そう「青葉の笛」なんてどうだろうか。
そんなことを考えていると、研究所の所員が私を呼びに来た。
「熊谷先生、研究室にお戻りください。」
私は、ゆっくりと微笑んで、立ち上がった。
そして、次の休みには、埼玉に戻って、名物熊谷笹団子とやらを食べに行こうと思った。




