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エピローグ とある文献より
とある文献より抜粋
那須与一宗隆
弓の名手。源頼朝に仕える。彼の開発した新式の石弓『くろすぼう』は、後の元寇の際大いに役立ったという。浄土宗の法然に深く帰依したが、生涯出家はしなかったという。長生きで有名で、98歳まで生きたと伝えられる。
曾我十郎祐成
刀剣の名手。源頼朝の近侍として仕え、富士の巻狩りの際に頼朝の命を狙った刺客を一撃で討ち武名を上げ御家人となり、父の旧領を継ぐことを許され、河津氏に名を戻した。
敵としていた工藤祐経とは和解し、ともに頼朝政権を支えたと伝えられる。
曾我五郎時致
曽我十郎祐成の弟。熊谷次郎直実に仕えた。『熊谷家日記』とされる。また、実は女性であり、那須与一宗隆に嫁いだという言い伝えもある。
熊谷次郎直実
武蔵国の御家人。源平の戦いで功を上げる。源平和議後は、嫡子小次郎直家とともに、農地改革に取り組み、熊谷郷を一大農産地に変えたという。
また、音曲を好み、彼の住む熊谷郷では、しばしば笛の美しい音が流れ、人々の耳を癒したとも伝えられる。
青葉の笛 完




