3-1 神様と神官のお仕事。ジョンは計算が得意
午後の鐘がなると、
シームリャの案内で
ドッとひとが謁見の間にやってくる。
他の職員たちもひとの整頓に追われたり、
話の記録を取るために本や鉛筆、
地図の準備をしたりしていた。
神様はと言うとふかふかの椅子に座り、
職員たちの様子を見ているだけだ。
まるで少しでも体力を温存しているようだ。
ジョンがなにか手伝おうかと声を上げるが、
「お仕事の様子を離れたところから見るのもお勉強です」
とシームリャに言われてしまい、
黙ってみているしかできなかった。
「札の記号でお呼びしますので
呼ばれた方から前に出てきてください。
最初はА(アー)の札の方」
そんな涼しい声で話をしていたシームリャが
声を張り上げていた。
それだけひとが多く大変な仕事のようだ。
ジョンはそう感じ自然と体を固くする。
そこから相談と回答の応酬が始まる。
「神様、三番通りの道が狭くて馬車が入りづらいです」
「そこは工事できないメェ。
だから四番通りを広げて回れるようにしよう」
「神様、新しく大工を募集したいんですけど
新人が入ってきません」
「求人の案内が下手くそすぎる。
ちゃんと給与と待遇と仕事内容を書くメェ」
「神様、新しくレストランを作ろうと思うんですが、
いい場所ありますか?」
「七番通りの奥が今工事中で、
終わったら馬車とひとの通りやすい道になるメェ。
って手続きはここじゃないから書類を出すなメェ!」
「神様、最近旦那が浮気してるかもしれなくて」
「それはメーもちょっと分からない……。
広場に噂好きのおばさんがおるから、
そっちに聞いてみたらなにか分かるかもだメェ」
「神様、お金ください」
「働け! 仕事探しはあっち!」
「神様、最近遠くの方から
狼の鳴き声が聞こえてくることが多くて不安です」
「それはメーも不安だ……。対策を考えてみるメェ」
次々にやってくる来客を千切っては投げ、
千切っては投げと話を聞いて助言をしたり、
解決策を答えたりしていった。
その中には神様に相談するほどのことなのかも
怪しい問題もあったが、
それもばっさりと切り捨てるようにあしらっていく。
問答が一段落し神様が大きなため息をついたところで、
「神サマってなんでも屋デシタか?」
ジョンは素朴な疑問を口にした。
「違うメェ!
街が良くなるようにって思って
相談に乗ってるだけだメェ!」
神様はバタバタと手足をさせて否定した。
とは言うもののジョンは納得できず、
首を傾けて疑問の顔を見せる。
「一見するとなんでも人生相談に見えますね。
ですけど、街のひとがどんな些細なことでも
相談できるというのはいいことなんですよ」
シームリャの優しげな言葉に
メグミは自慢げに腕を組んでコクコクとうなずいた。
ジョンはさらに理由が分からず、
首を反対側に傾ける。
「相談しづらいものがひとの上に立つと、
問題が起こってから対応することになる。
でもこうして『大した問題』にならないうちに
解決できれば楽なもんだメェ」
「なるほど、
それでボクに小さなことでも
気づいたことがあれば言ってほしい、
と言ったんデスね」
「うむ。だから
本当に気がついたことあればなんでも言うんだメェ!」
「それでも、
変な相談を持ってこられるのは迷惑デハ……?」
「まあ、浮気調査とか恋愛相談とかは、
そういうご利益のある神様に
お願いしたほうがいいのは確かメェ。
メーはそういうのは詳しくもないし」
間が悪そうに目を泳がせながら神様は言った。
そういうことは疎いし、
自分も相談したいくらいだと思っているような顔だ。
「恋愛の神サマなんていらっしゃるんデスカ?」
「いるメェ。
本当の運命の相手とつなげるために、
今の恋人と別れさせたりすることもあるって恐れられてるメェ」
「へぇ……。
それはちょっと怖いかもデスね」
「神によっては
強力すぎるご利益をもっているものもいるから、
ジョンも気をつけるメェよ」
「神サマのご利益も強すぎるのデショウか?」
「メーのご利益は
『運』と『黄金律』の上昇。
お金の周りやすさやひとづきあいを良くするだけだメェ」
「これは持っている神様が少ない貴重なご利益なんですよ」
「ふふん」
シームリャの紹介に神様は鼻を鳴らして自慢した。
「では次はヴィタリーくんの仕事を
見学しましょうか。
ヴィタリーくんも悪戦苦闘していると思いますし、
様子を見ておきましょう」
「悪戦苦闘?
ヴィタリーサンも大変な仕事をしてるんデスカ?」
「神様は得意な仕事に就くことを勧めますが、
ときには苦手でもやらないといけないことがあるんですよ」
思わせぶりなことをシームリャは言ったが、
ジョンはその理由が分からず首をかしげる。
#
たくさんの机が並ぶ部屋で
ヴィタリーは頭を抱えながら鉛筆を握っていた。
苦虫を無理やり噛まされているような顔で紙の束と戦っており、
神様とはまた違う大変な仕事をしているように見える。
「計算デスか?」
近づくと紙の束にはたくさんの数字が書かれていた。
神殿の仕事で使ったお金などを計算しているのだろう。
「ああ、苦手なんだがなぁ」
「苦手だからこそ覚えてください。神様のためにも」
シームリャが厳しくも優しい言葉をヴィタリーにかけた。
「見てもいいデスカ?
あ、でもいいのカナ」
「はい、そんな秘密にするようなことはありませんから」
ジョンが確認を取るとシームリャは
近くにあった椅子を貸してくれた。
それに座り終わったであろう書類に目を通し始める。
「ヴィタリーサン、計算違ってマスよ」
「は?」「あらあら」
「ほら、最後の材料費が足されてマセん」
ヴィタリーがジョンに指摘されて
書類を受け取った。キッと目を細めて見直す。
「本当ですね」
シームリャが
かちゃりとメガネを掛け直すような仕草をしてつぶやいた。
「ジョンお前、計算できるのか?」
ヴィタリーが信じられないような
丸い目でジョンを見つめた。
ジョンはズイズイと顔を寄せてくるヴィタリーに、
首を引きながら、
「はい、と言っても
仕事の役に立ったことはないデスけど」
「いやいや……、計算ができるって、
場所によっては貴重な技術だぞ?
この街は学校があってそこで教わるような技術を持ってて、
やくたたず扱いなんて信じられん。
今までどういう仕事させられてたんだ?」
「荷物を運んだり、
料理を運んだり……だったかなぁ」
大変だったときのことを思い出しながら答えた。
役に立たないとして数日でクビになってしまったことも思い出して、
眉をひそませる。
「適材適所ができてなかったのでしょうか」
「てき……なんです?
古代イポーニア語です?」
また知らない言葉が出てきて、
ヴィタリーは顔をしかめた。
「そのひとにはそのひとの適した場所や仕事がある
ってことでしょうカ?」
「そうです。
難しい言葉なのによくご存知ですね」
シームリャが嬉しそうな声を上げた。
ジョンはその言葉が照れくさく顔を落として、
書類で隠した。
「その考えで行くと
俺は神官という立場があってない気がするんだが」
「いいえ、ヴィタリーくんしか神様のお側にいられるひとはいません。
ですから、がんばって仕事ができるようにしましょう」
「うへぇ……」
ヴィタリーは顔をしかめながら、
指摘された箇所を見直し始めた。
「これが大変でもやらないといけないことデスか?」
「はい、
どんなに得意なことを仕事にするとしても、
どんなに好きなことをするにしても、
大変なことは必ずやってきます。
それは避けて通れません」
「もし避けたらどうなりマスか?」
「そうしたら自分のしたいことができず、
後悔することになるかもしれませんね。
とは言っても、ときに逃げることも肝心です。
勇気と無謀は違いますから」
「それは古代の絵画で見たことがありマス。
『逃げるは恥かもしれないが人生の役に立つ』とかなんとか」
「そういうことです。
ジョンくんもそういう日が来るかもしれませんので、
覚えておいてくださいね」
「はい」
ジョンはコクコクと
何度もうなずいてシームリャに言われたことを身にしみつけた。
ひとに寄っては戯言、
いい加減なことを言ってるだけなんて思われそうだが、
不思議とジョンはそう思えない。
「なぁ……
どう間違ってるのかわからないんだが、教えてくれ」
ヴィタリーは困った顔をジョンに向けた。
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