オフ会で『妹』に会う話
『ようこそいらっしゃいました!!ただいまより、第一回『デジタル・ファミリー』オフ会を開催いたします!!』
お姉さんのきれいでやわらかな声が、拡声器を通して響き渡る。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
その声と共に盛り上がる熱気。
俺たちは、『デジタル・ファミリー』のオフ会会場に入場していた。
大変な人数である。
そして大変な喧噪。
これほどの大人数が、それぞれVRで『家族ごっこ』をしているのかと思うと、なんだか不思議な感覚になる。
会場はいくつかのブースにまず分けられており、それぞれ『人間』『魔族』『亜人』『動物』と看板が掲げられている。
『デジタル・ファミリー』が人間の家族だけを対象にしたゲームではなく、様々な種族になれることを念頭に置いたゲームであることによる区分けだ。
初心者である俺たちはあくまで人間のプレイヤーだが、亜人や魔族を選択したユーザーは、それぞれの種族にふさわしいイベント、家族生活が用意されているというわけ。
おかげで『魔族』や『亜人』ブースはコスプレをした人々であふれている。
魔王、悪魔、サキュバス、ゴブリン、ホビット、スライム。
犬、猫、カマキリ、ネズミ、ハムスター、ゾウ、ライオン。
どんな種族になるかによって、ゲーム性がどんどん異なってくるのも『デジタル・ファミリー』の魅力だ。
各ブースにはコミックマーケットのようにゲームをテーマにした同人誌なんかも売られている。
出店まででていて、まるでお祭りだ。
俺は入り口で渡されたマニュアルを目にする。
各ブースはそれぞれVRギアを設置しており、エキシビションとして、このオフ会限定の特別なイベントが用意されているようだった。
公式グッズを売っている出店の奥には、『運命の出会いコーナ』がもうけられている。
各人が持っているゲーム内IDを元に、それらをスタッフが照合して、『家族』としてプレイしているプレイヤー同士を引き合わせるというイベントだ。
ケイはさっそくいきりたって
「じゃあ、俺は妹に会いに行くから!! 」
そういってそのブースに元気よく歩いて行こうとする。
俺は呆れて
「おいおい、さっそくかよ」
「だって、これがこのオフ会のメインだろ? 」
「まあ……」
事実、『運命の出会いコーナー』の傍らには併設のカフェが用意されている。
現実世界で仲良くなったプレイヤー同士を慮ってのことだろう。
ケイは不審そうに眉をひそめて
「逆に、お前はいかないのか? お前だって、『妹』には会いたいだろう? 」
俺は慌てて
「いや、それは、ええと……」
ルナの方にちらりと視線をやる。
ルナは「こっち見んな!!」という怒りの視線を返してくる。
俺はケイの方に振り返って
「あのー、あれだ。あんなかわいらしい『妹』は、あくまで理想のままでいて欲しいんだ。現実のプレイヤーを見て、がっかりしたくはないし」
「ルナちゃんもそれでいいのか? 」
建前として、俺たち兄妹は別々に『デジタル・ファミリー』を遊んでいることになっている。
だからケイも親切で聞いてきたのだろうがルナは鼻を鳴らして
「あんたにルナちゃんなんて言われたくないんだけど」
さすが我が妹。
友人の兄貴だろうと容赦がない。
「……ええと、じゃあルナさんは、いいのか? 」
「いいわよ。理想の兄貴を見てるのに、現実のへぼいプレイヤーの姿なんて見たくないしね」
なんだか言葉にトゲがあるぞ。
俺はルナを見やるが、ルナは「なんか文句ある? 」と視線で返す。
俺は嘆息した。
ケイも肩をすくめて
「じゃあ、俺だけでもいってくるか」
そういってるんるんでそのコーナーに向かっていくケイだった。
俺はメイに声をかけて
「俺たちはともかく、お前はあのコーナーに行かなくていいのか? 」
「あたしはもうゲーム内で何時に待ち合わせって決めてますから」
メイはふふん、と胸を張って
「なにせ、暴走『族』ですから、あたし」
「……ああ、そう」
本当に暴走行為をするような輩でないことを望む。
さて、と俺は改めて会場を見渡して
「じゃあ、どうする、ルナ? そこら辺ぶらぶら見て回るか? 」
「あたしは別にどうでも」
ルナは関心なさそうに
「というか、あんたと一諸に行動するつもりもないし」
「……さいですか」
じゃあ何の為に一諸に来たんだよ。
まあ、確かに関心は人それぞれか。
「じゃあ、今から二時間後に、集合でいいか?」
俺が言うと
「あたしはオッケーです!! 」
「……それでいいわよ」
というわけで。
LINEでその旨ケイにも連絡を入れ、俺たちはバラバラで会場内を見て回ることになった。
とりあえずなけなしの小遣いから金をひねりだして、出店で軽い食べ物を買う。
それを食べながら、『人間』ブースを歩いて回った。
『人間』で『デジタル・ファミリー』を遊ぶ場合、それぞれが好き勝手なアバターを作るので、コスプレなどしようにも出来なさそうである。
だが実際には、人気のロールモデルとなるアバターの容姿はあるので、それに便宜上名前がつけられ、人気キャラクターと化していた。
俺の場合は現実をベースに多少かっこよく弄ったものなので、その人気キャラクターには程遠い容姿ではあるのだが。
20ほどある人気キャラ達に扮した人々がポーズを取ったり、何かの宣伝をしたりしている。
同人誌もおおむねそのキャラ達を主題に扱ったもので、ほのぼのした日常系のものもあれば、
言葉で言い表すのもはばかれるほど、どぎついものもある。
そんなものたちを見てぶらぶらして回った。
奥の方では、『人間』ブース専用のVRコーナーがもうけられており、オフ会専用のイベントが開催されているということで、長蛇の列が出来ていた。
エキシビションとして公開されており、どうやら『家族』で冒険に出かけるという趣旨のイベントの用である。
もはや現実世界からかけ離れているが、見る限り、なかなかに面白そうだ。
その観戦をしばらくして、同人誌で気になったものを買ったりして、とにかく2時間、自分なりに楽しんですごした。
さあ、そろそろ集合場所に行こうかと足を向けた時だった。
「……見つけましたわ」
その声は、どこからともなく聞こえてきた。
するとガシッとつかまれる腰。
だ、抱きしめられた?
俺は慌ててその主を見る。
俺の腰の辺りに一人の少女が顔をうずめていた。
黒のひらひらしたドレスのようなものを身にまとっている。
俺は慌てて
「えっ、えっ、誰? 」
「……やっとお会いできましたわ」
その少女はうっすらと笑って
「お兄様!! 私です!! あなたのかわいい『妹』ですわ!! 」
衝撃的な言葉を告げたのだった。