第四十五話 『玉座の少年Ⅱ-01』
フレンの修行は順調である、と言えよう。
教えれば教える程に才能は伸びていき、また、熱砂に水を与えるように吸収していく。
末恐ろしき才能の片鱗に、甲冑の騎士は見開いた目を休める間もなかった。
「――アルバッ! 今の動きどうだった!?」
自分で手応えを感じて興奮気味に振り向く。
少年らしい無邪気な振る舞いに、ことアルバは慈悲を込めた言葉で賛辞を与えた。
「素晴らしい。最早、剣技においてはその道の大人にも引けを取ることはないでしょう」
忌憚のない意見だ。
フレンの剣捌きは紛れもなく大人顔負けの実力を持っている。
だがそれは、剣の振る舞いのみにおける技量である。
布切れの服の下、同じ体躯の子供と比べてもやや華奢な細腕。
無論、この短い期間で簡単に筋肉や脂肪ががつくわけでもなく。
時の禁忌に辻褄を合わせただけの身体は、何か、生き物の成長期というものとかみ合っていないような鈍さを感じる。
そんな身体ではいざ剣で立ち合った時に筋量の差で押し切られることは目に見えているだろう。
流麗な剣技とその実際の実力との齟齬が、年頃の肉体に対して精神が未熟なフレン自身を表しているようだ。
「そっか……うん。良かった」
綻んだ口元が少年らしい幼さを垣間見せる。
己の未熟さを知らぬ故の慢心――と言うには酷な話で、比べる相手も居ないフレンにはアルバの言葉が全てだ。
そのアルバから受け取る賛辞は素直に響く。
アルバは独りでにその関係性への危機感を覚えていた。
フレンから寄せられる信頼は、決して健全とは呼び難い。
この玉座の空間から外の景色すら知らぬフレンが、たった一人知る他者の存在。
アルバという存在は、隔絶した世界に生きるフレンにとって唯一触れられる生きる縁だ。
水を与えてやらねば枯れてしまうか弱き花のように、独りで生きていく術すら知らない少年にとってたった一人の頼れる存在。
言うなれば依存とも言えるこの関係は、フレンが独り立ちするための足を引っ張っていることだろう。
誰かへ持ち掛ける事も出来ない葛藤にアルバは息衝くしかなかった。
「アルバ。久しぶりに……どう?」
フレンは剣の切っ先をアルバに向けながら問う。
褒められた手前に気の大きくなった子供らしい一面とも言うべきか、己を測る物指しすらアルバに頼るしかない不自由が自惚れを生んでいる。
無論、アルバは単に侮られているわけでは無いことも知りながら、口元を緩ませそれに応じた。
「いいでしょう。何時でも……来なさい」
甲高い音を鳴らしながらゆっくりと抜刀した剣の切っ先がフレンをねめつける。
鋭利な刀身が簡単に素首を刈り取る恐怖と、それでいて優しく抱擁するような和らぎ。
侮っているとすれば、それはアルバの方だろう。
フレンの実力は買う。修行に列なった成長も買う。
だがそれだけに、彼の全てを知っているという情報はアルバを余裕たらしめさせた。
剣が物語る圧倒的自尊心にフレンは生唾を飲み下す。
何時でも――と口にした師の言葉をそのまま従うことに、それが甘えているということの自覚はフレンには無かった。
「まだまだ――ですよ!」
奇襲に近い不意打ちに反応し刀身を合わせる。
反応が遅れていれば重症は避けられなかったことだろう。
やはり、良質な技には目を見張る物がある。
だが、競り合った鍔を押し返せば弾け飛ぶほど軽いのだ。
「グッ……クゥ……!」
剣を持つ者として、技においてもまだ成長途中のかの天才に引けを取らぬ自負のあるアルバは容赦なく力を見せつける。
苦悶の表情はフレン。
吹き飛んだ身体で剣を支えにブレーキを掛けた剣跡の距離が己の身体一つをゆうに超えている。
まざまざとひけらかされた筋量の差は、ある種、心を折るに足りていた。
「立ちなさい。この程度で音を上げては、貴方へ修行をつける私への侮辱に等しいですよ」
「……もちろん。まだまだ――だよ!」
師の言葉をなぞりながら立ち上がり向かっては弾かれ、その度に同じ言葉を吐く。
生憎と正常な測りを持ち合わせないフレンにも分かる。
まだ本気の半分すら出していないアルバの実力。
心を折っていて良いような段階ですらない。
今はただ借りた胸にありのままの全力を捧げるだけだ。
「――今だッ!」
何度も、何度でも立ち上がる間に歪んでいく空気の揺らぎ。
一瞬。
ただの一瞬に過ぎぬ間の、隙。
熟練の技でこそないかも知れないが、それでも、フレンの嗅覚をくすぐる一瞬の隙。
諦め悪く立ち上がった結果に生じたあまりにも僅かな隙。
その違和感に差し出すように放った突きは、構えた時点で手応えを感じるほどだ。
確実に捉えたはずの切っ先は、アルバの顔を僅かに逸れて虚空を裂いていた。
「ハァハァ……す、凄いね……さすがアルバだ! ハァッ……今のが躱せるの!? どうやって!?」
荒れた呼吸を整えるよりも先に、興奮で余計に肺の空気を吐き出しながらフレンは聞いた。
致命傷とはいかないまでも、確実に一矢報いたと思ったはずの一太刀があっさりと虚空を裂くことになった理由は耳にしておいて損はないだろう。
フレンの呼吸に併せて上下する刃物が顔の真横にあるとは思えないほど冷静に、アルバは眉毛一つ動かさずフレンを見つめている。
「あっ、あっ、えっと……ごめんっ!」
荒れた呼吸が落ち着き始めた頃、そこでようやくフレンは剣を構えたままの無礼を取り下げた。
「えーと、アルバ……?」
何も発さず見つめる視線。
尋常ではない事態を感じざるを得ない。
流石にこうなっては手合わせも中止とばかりにフレンは剣を鞘に納刀するが、アルバは剥き出しの刀身を手に収めたままただ見つめ続けるだけだ。
どこか居心地も悪く一歩、二歩と後退する足取りに付いてくるアルバの視線。
「……どうしたの?」
堪らず、聞く。
「――フレン、旅の支度を」
「えっ?」
質問の正しい答えとは決して言えない回答。
素っ頓狂な声も無理はないだろう。
「……と、言っても貴方に用意する物も有りませんね。なので、その心構えだけ準備しておいて下さい」
意味が分からない。
意味が分からないままに、アルバは踵を返した。
何か気に障ることでもしたのか、とフレンは己の言動を鑑みても心当たりはなかった。
そもそも、これ程までに意思が噛み合うことなくないがしろにされる経験は初めてのことだった。
旅というからには恐らく、いや、間違いなくこの空間から外界へと出るのだろう。
修行の過程で習った外界の知識が、気まぐれのように急激に迫ってきた事実に緊張を覚える。
フレンという名前の他に右も左も分からない自分が、外の世界でどのように生きていくのか。
心構えだけ準備しようにもそれすら手に付かない。
フレンは暫し玉座の上で物思いに耽った。




