表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限転生 -転生勇者の魔王譚-  作者: ホモンロ
第三章 玉座の少年
27/50

第二十六話 『玉座の少年-01』

 禍々しい瘴気が噴出す、だだっ広く、暗い空間。

 玉座には座面に背丈の合わない少年が淋しげに膝を抱えている。

 仰々しさに余る身が更に小さくなって、隔絶感をより協調していた。


 年の頃は十歳前後という程か。

 ブロンド色の傷んだ髪が瞳を隠し、表情に暗い影を落とし込んでいる。

 布切れを羽織った隙間から垣間見える四肢はやせ細っているようで不健康ではない、されど少年から生気を読み取るというのも少々難しい状態だった。

 生や死という概念の中に無い、時間や時空を切り取られ存在しているような、そんな少年である。


「――……私の声が分かりますか、少年よ」


 少年の耳に気品のある声が落とされた。どこか物憂げで、悲哀に溢れた声色だった。

 少年は前髪に隠れた顔を僅かに動かし反応する。

 髪の僅かな隙間から見たそこには甲冑の騎士の姿があった。

 騎士は少年の反応を肯定とし続ける。


「それでは、こちらに着替えるのです」


 玉座の足元へと雑に投げられたのは粗悪な衣服である。そこらの村で一介の村人たちが来ているような、中でも決して質の良いとは言えない代物だ。それは目の前の甲冑と比べれば値打ちに歴然の差があることが少年の目にも分かった。

 そんなものでも布切れ一枚を羽織っているだけよりはマシだと少年は粗悪な衣服を拾い上げる。

 しかし、待てども少年に着替え始める素振りは無い。


「……少し、じっとしていなさい」


 どうにも、服の着替え方を知らないらしい。

 常識外れと言うか、幼児さえ一人で出来るようなことを、よもや少年とも呼ぶべき年の頃の子に服の着替え方を諭すなどとは思いもしなかった。

 それでも騎士は呆れるでもなく文句を垂らさず少年をあやす。


 されるがままに着せ替えられた少年へ次に施すべきはその長く伸びた髪の毛だろう。

 言いつけ通りじっとしている少年を立たせたまま、騎士は腰に下げた剣を引き抜いた。

 目の前で剣を抜かれたというのに怯えもしない違和感はさておくとして、剣で少年の髪を結う。

 散髪において腕に覚えがあるわけでもなかったが、さっぱりと切り揃えたことでようやく少年の表情を伺い見ることが出来る。


 弓なりに形の良い眉と凛凛とした潤った瞳。

 目鼻立ちが整ったあどけなさのある端正な顔立ちは、見る者によっては誰の血を引いたものか明らかだろう。


 その顔付から読み取れる感情の多くを占めるものは、不安だ。

 そして少年がこの状況を理解する手立てのないことに怯えているのも、騎士は把握していた。


「あ、あの……、僕は一体……?」


 少年は秘めていた疑問をか細い声で言語にする。

 しかし言葉足らずな問いは少年自身、更に深い疑問へと陥らせるだけだ。

 改めて自分の置かれた状況を見て分からないことが多すぎる。その上、選択するべき言葉を知らない。

 喋るという行為にすら自信を持てないのだ。

 胸につかえる気持ち悪さを表現するには、少年の知識では足りなかった。


「今は分からないことが多いでしょう。貴方については、追々話します。しばらく休むと良い」


 それだけ言って騎士は踵を返した。

 冷たくあしらったようにも見えるが、確かに倦怠感のようなものが少年の頭の中を奔流している。

 休む時間と考える時間を与えられたのならそれに越したことは無い。自分なりの整理をつけるのにも好都合だろう。

 難しいことは考えず、やはり少年は言いなりに騎士を見送る。


 颯爽と風格ある甲冑の背中を眺めながら、漠然と、悪い人ではないのだろうなと思う。

 善悪を決めれるほどの審美眼を持たぬ少年の本能的な直感だ。

 直感ついでにその背中へ聞いておかなければならないことを思い至り、少年は言葉を絞り出した。

 騎士がそのままどこか遠く離れた場所に行ってしまうような気がして、呼び止める声に力が入った。


「あのっ! あなたの、名前は……?」


 だからこそ、振り返ってくれた騎士の顔を見て、少年は強く安堵を覚えるのだ。


「名前ですか。そう、ですね……。それでは、『アルバ』とでも名乗っておきますか」


 何か、取って付けたような名を自称する。

 いかにも今考えたような印象だが、少年は安堵感にまやかされそこに追及することは無い。

 もとより、最初からそれを嘘と見抜くことも少年には出来なかった。

 自称アルバと名乗る騎士が背を向け、独りでに自虐的な笑みを浮かべていたことにはよもや気づけるはずもないだろう。

 アルバは、そのままだだっ広く暗い空間の闇へと消えていく。


 取り残された少年は再び玉座へと腰を掛けた。

 また背丈の合わない座面に淋しげに膝を抱える。

 静寂の中で気色の悪いほど纏わり付いて来る孤独感。

 強い孤独感が、先ほど答えの返ってこなかった疑問を思い出させる。


「僕は……僕は……、誰だ……?」


 考えようとするだけ頭が痛くなって、自分の不透明な部分に怖くなっていく。

 分かっていることなんて自分の性別くらいのものだ。それすら身体の感覚で把握しただけのことだった。

 考えて、分からなくなるほど、孤独感はより強くなっていく。


 独り。

 このだだっ広い、暗い空間に、独り。

 分からないことしかない。そんな不安定な精神状態で、ただ一人取り残された不安は計り知れない。

 何かを考えてみても恐怖や孤独感に苛まれるだけだ。

 だから少年は膝を抱えて目を閉じることしか出来なかった。

 自分の名前すら知らない少年はそのまましばし考え、何も答えを出せないまま微睡みに委ねる。

 思慮に擦り減っていた心地よい疲労感が、少年を包み込んだ。



 ◆



 目を覚ました。気づけば眠っていたらしい。

 眠っていたという自覚のない少年の覚醒した視界に飛び込んできたものは、湯気の立つ木製の食器だ。

 否、正確には食器を持ったアルバの姿なのだが、もはや少年の意識は強烈な空腹感に引っ張られている。


「まさか……、昨晩からその体勢で眠っていたのですか?」


 アルバの驚嘆に少年は腹を鳴らして返事をする。そして一挙手一投足の行動そのものがどうやら答えらしい。

 膝を抱えていた腕を解き、床に足の底を着いた。履物を与えていない裸足には地の感触は冷えるだろう。身が余った玉座から乗り出す形になりながら、餌を待つ飼い犬のように鼻息を荒くしている。

 その体裁を選ばない振る舞いこそ彼なりの肯定といったところか。

 ものを知らぬ、故の純真さや素直さこそ少年という存在そのもののようである。

 本人が食事に飛びつかんとするほど壮健であるならば敢えて咎めることもないだろう。


「まあそれはいいでしょう。さあ、少し落ち着いて」


 黙って床に食器を置いても勝手に貪り付いていそうな居ずまいだ。

 さながら親と子のようにあやし付けられ、少年は居心地悪そうに身を余らせた玉座に座っている。

 聞き分けの良さにはアルバも舌を巻くものがある。

 あるいは、刷り込みのように無条件な信頼が寄せられているのだろうか。


 アルバはその聞き分けの良さに免じて、木製のスプーンで器からスープを掬い少年の口へ運んだ。

 少年はされるがままに口を開けスープを受ける。飲み下した音が聞こえるほど大袈裟に食らう。それは少年が行儀のよい食べ方を知らないからか。

 服の着方も知らない少年に、過保護に食事を与える。


 この少年期という体躯に見合わぬ生まれたてのような無垢。

 そこに裏付けされた理由があることを知るアルバには、彼を咎めることは出来ない。

 アルバは呆れるでもなく、文句の一つも垂れず淡々と育児をこなす。

 ある種、義務的なほどの無償の施しだった。


 食事を終え満足とばかりに玉座の背もたれに寄り掛かる少年。

 何か気力や活力を取り戻したような、疲労感はすっかりなくなっている。

 しかしどうにも手持無沙汰というか、暇を持て余して背丈の合わぬ玉座に更に身を余らせることしか出来ない。

 アルバの指示がなければ、何をすることも出来なかった。


「アルバ……さん?」


「アルバで構いませんよ」


「じゃあ、アルバ。僕は、何をすればいいの?」


 だから少年は持ち前の無垢で素直に聞く。

 あまりにも漠然とした質問だ。しかしそれ以外に聞き方を知らない。

 およそ記憶と呼べるものの一切も欠如している。

 自分が何者かさえも分からない少年には、このアルバという騎士の他に頼れるものがなかった。


「……少年、貴方にはあらゆることを教え込みます。この世界のこと、この世界での生き方、その全てを貴方に覚えてもらいます」


「この世界の、全て……?」


 ものを知らぬこの少年に教えるにはあまりにも重い課題だ。

 何よりも、アルバの言う世界というものの大きさに少年は気付いていない。

 なぜ自分が教えられるのか。そんなことに思慮が回るほど、少年は自分という存在の置ける状況に馴染めていなかった。


「口で説明するより貴方の知識量なら実践の方が早い。まず貴方には、この世界での生き方を教えましょう」


「……はい」


 アルバの言う通り、少年の知識量は教えを乞えるほどの状態ですらない。実践という形態がどのようなものかも分からないが、少年は言われるがまま戸惑い交じりに頷いた。


「教えると言っても単純な事です。この世界で生きるには、戦う力がなければ生き残れない」


 そう言ってアルバは腰に下げた剣を抜く。

 鞘に刀身の擦れる金属音が響いた。

 訝しげに覗き込む少年の顔が反射するほど磨き上げられた刀身を眺めながら、アルバは呟く。


「……魔族を討ち倒す力の無い人間に、生き永らえることは出来ない」


 此度は少年に言い聞かせた言葉ではなく、アルバ自身に戒めるようなくぐもった声だ。

 覚悟や決意のようなものが含まれた信念の類は、生憎と少年の無垢さには響いていないようだった。

 もとよりそんな虚栄心を少年に養ってやるつもりはない。

 否、そんなもので生きていけるほど甘くないというべきか。


 アルバはそのまま少年に剣を両手で握らせる。細腕に剣のずしりとした重みは耐えきれず、地に跳ねた金属音と共に少年の掌から離れていった。

 あるいは、無垢な本能の部分に鋭利な剣が突き立てられたのか。それが他人を傷付けてしまうものだと、両の手で握ったことで初めて気付いたのだろう。

 鋭利な刀身に初めて突き立てられた恐怖心が、少年から剣を遠ざけている。

 アルバは剣を拾い直し、もう一度少年に握らせた。

 アルバの手の中で包むように、剣を少年の震える掌に収めさせ囁きかける。


「決して……、二度と、剣を手放してはなりません。剣は貴方に恐怖心を与えた。同時に、この世界で貴方自身の身を守るための力になるのです。そして貴方以外の大切な存在を守るための力だ」


「力……? 僕を守るための力、大切な存在を守るための力?」


「そう。だから、どんなに怖くともその手から剣を落としてはならない。大丈夫、貴方には剣を握れる力がある」


 アルバは手の中で少年の手にぐっと力が加わっているのを感じた。

 十歳そこそこの常識を知らぬ少年に諭すには根拠がないが、それでいて不思議と説得力を帯びている。腕力や精神力ではない、それらともまた別の特別な力を感じさせる。

 端的に訳すとすればそれは少年にとって勇気に近い。アルバから受け取る信頼こそ少年にとって唯一信頼できるものだ。アルバの言葉は無条件に勇気へと変わる。

 しかし、それは克服には程遠かった。


「……剣は怖いですか?」


「……うん」


 未だ収まることの無い少年の震え。初めて認める恐怖心が、今一度少年から剣を突き放そうとする。

 されど少年はアルバの言葉の通り両手で剣の柄を強く握りしめ離さなかった。

 アルバはその勇気を確と認め、此度は言葉ではなく手振りで誘導する。

 少年の手を捻り、剣の切っ先を自らに向けだす。


「剣を恐れるのは誰しも当然のことだ。私も怖い。貴方の幼い手でさえ、私のこの首筋をかっ切ってゆく想像も容易い。だからこそ、その切っ先は間違っても自分に向けるものではありません」


 不器用ながら、しかし、的確にアルバの指導は染み入ってくる。無論、少年の太刀筋がアルバの喉元を捉えるほどの軌道を描くことは無いのだろうが、その身を賭した教えがものを知らぬ少年には何よりも理解し易かった。

 続くアルバの言葉に少年は改めて勇気を得る。


「少年よ、剣を振りなさい――」


 それがこの世界で生きていく術であることを、少年は素直に理解した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ