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無限転生 -転生勇者の魔王譚-  作者: ホモンロ
第二章 鳥籠の姫君
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第十八話 『来訪者-02』

 疼く。

 それは痛覚ではない。心地の良い快感。

 レイヴンに命じられ、嫌々ながら予期せぬ来訪者への出迎えに向かうファントマ。

 ファントマは片腹の痛みを抑え込むように、先の戦いで負った傷跡を抱える。

 忘れもしない。一人の騎士に付けられた傷跡だ。今は塞がった傷も、生々しく跡が残っていた。

 ファントマは何故か嫌に疼く傷跡を抑え込んでいた。


 それは予感だ。

 白を基調としたアイゼンフォート城の内装、その広大な廊下をファントマは侵入者の気配を辿りながら一抹の予感を抱えている。

 今、この段階で知る由もない彼の者の正体。されど、ファントマ自身にも言い表すことの出来ない一つの確信があった。

 その根拠としては、傷跡が疼くことが即ち彼の存在を彷彿とさせているからだろう。


 忘れもしない。

 忘れることも出来ない。

 肩口に残るこの傷跡を付けた騎士の姿。

 幾多もの兵士たちが圧倒的暴力を前に凄惨に散って逝く中、たった一人で立ち向かった彼の騎士はファントマに消えない傷跡と快楽を残して行った。こんな形で再び巡り合えようとは、レイヴンからの指示に渋い顔を見せた数分前のファントマではもはやない。

 よもや生きていたかと、姿も確認していない先からファントマは獰猛な笑みを零していた。


 はっきりと覚えている。

 名前も、容姿も、声や臭いでさえも。

 獣のように鋭利な感覚が、ただ強く彼の存在を求めている。その鋭利な感覚が彼の存在をこのアイゼンフォート城の何処かから気配を嗅ぎ付けてくるのだ。

 一匹の鼠は、思いの外素直に姿を現した。


「随分と寂しい恰好に成っちまったもんだな」


「……ほう。貴様か。そうか、貴様も居たか」


「何だよ、俺のこと忘れてたか? こちとらあの日あの瞬間から一時も忘れてねえんだよ。この傷が、何時だってお前を覚えている。なぁ――ハワード・ストラトス」


「相変わらず、野蛮な奴だ」


 今再び対峙する両者。

 彼らは身構えるわけでもなく、ただ顔を見合わせ佇んでいる。長く広い廊下に対になってファントマとハワードはあの戦場の瞬間を再現していた。一つ違うのは、侵入者という立場が逆転していることか。

 否、彼らの間に奮え上がるほどの殺気は存在していない。


 彼の侵入者がハワードであることを、不思議と落ち着いて居られる自分に内心で驚いているのはファントマだ。

 今直ぐにでも互いに中途半端になったあの日の決着を付けたい衝動はある。

 されど、念頭にあるレイヴンの言葉と、何よりも目の前のハワードに戦いの意思が見られないとなるとファントマにとって戦う意義が無いのだ。

 その気にもならない相手をいたぶりつけるだけということほど詰まらないものはない。

 裏を返せば、そこに利害の一致を見られている。


「単刀直入に言おう。魔王の下へ案内しろ。……いや、この城のことなら貴様らより私の方が勝手を知っている。魔王の下まで通してもらう」


 ハワードの目には、最初からファントマの姿はなかった。

 その目に映るのはただ魔王の絶大なる存在感のみ。

 既にこの場から感じる魔王の持つ圧迫感に息を詰まらせながら、それでも昂然と胸を張るハワードにファントマの自尊心が黙っていない。

 目の前に対峙していながらその先を見据えられた態度は気に入られる所存ではないだろう。


「おいおい、俺は無視かよ。つれねえじゃあねえか。せっかく久しぶりに顔合わせてんだからもうちょっとお喋りに付き合ってくれても良いもんだぜ」


「……それで素直に通してくれるとも思えんがな」


「おっと、見くびってくれるなよ? こちとらウチの大将から直々にくれぐれも殺さず案内しろとまで言われてんだ。仮にここで俺が牙を剥いたって、それじゃあ結局また中途半端な決着にしかならねえぜ。そんなもん、俺の望むところじゃあねえんだよ。それくらいの弁えはついてら」


「ならばそれは、私が貴様を追っ払ってから通ることが可能性としてはあるということだな」


「まあ待て、焦るなよ。命令が無けりゃいくらでも受けて立つところだが、生憎と、何物にも勝るお言葉ってえもんを頂いちまってるんでな。……ハワード・ストラトス。ここはお前の確かな強さに免じてやろう」


 ファントマから宥めるというのも珍しい事象ではあるが、それだけにレイヴンの言葉が縛る拘束力というものの効果をファントマ自身が実感する。

 それほどまでに彼の魔王の力に心酔し、焦がれる自分が居るというのか。

 だからこそ自分に傷を負わせたこの男を前に有り余るほどの余裕がある。


 生死の自由を選ぶ権利すらない。

 朽ちるのはハワードでもなければ、この身でもないのだ。

 レイヴンの言葉を前に、生きることも死ぬことも許されていない。

 ただレイヴンの言葉に従うというだけの義務がそこにある。


「お前は強えよ。紛れもなくな。お前は俺が生きてきた中で対峙した二人の強者の内の一人だ。……長い間、ずっと長い間お前みてえな奴と戦う日を待ってたぜ。まさか、待ってた時間が嘘みてえにこんな短い間に二人の強者に出会えるなんて思ってもみなかった」


 ファントマはハワードの強さを憚ることも無く賞賛する。その目には一点の曇りもなく、肩口の疼きを抑えながら真っ向からの賛辞を贈った。

 やはりそれも余裕からくる浮ついた調子の表れだろうか。強者に出会った、ならば戦うことこそ至上命題とするファントマの信条をも凌駕する浮ついた心は、口にする必要もないことまで口走らせている。

 否、ハワードの強さに賛辞することで己の強さを再認識しているのだろう。

 そしてハワードに比肩した存在の名を挙げることで、それをより明確なものとしているのだ。


「もう一人は、勇者の仲間だった人間だ。屈強な戦士だった。名は確か……、ドルカスと言ったか。あいつもまたお前に劣らぬ強さを持っていた。だが、負けた。俺がこの手で、殺してやったんだよ」


 かつて帝国一と言われた者に対して、勇者の仲間という肩書は譲らぬ力を持っていることだろう。

 愉しそうに話すファントマとは真逆にハワードは眉を顰めている。

 一度対峙した相手の力量くらい、ハワードほどの者なら推し量ることも容易い。

 今目の前にいるこの狼の姿をした男が、自分と拮抗した力の持ち主であることなど端から知っていたものだ。

 勇者の仲間までも屠った、その力を持ってして魔王の言葉に絶対の服従を誓わざるを得ない理不尽さに息を呑むことしか出来なかった。

 その不安を射るように、ファントマの懐疑な視線は的確に核心を衝いてくる。


「……そこで、お前如き人間が、魔族の手に墜ちたこの城にたった一人で何の用がある?」


 たった一人、それも薄汚れた格好に落ちぶれたただの人間だ。

 ファントマとて認めていたはずのハワードの実力を、しかし、たった一人と揶揄されてしまう非力さを痛感する。

 たった一人でアイゼンフォート城を取り戻すことなど、無論、不可能だ。

 よもや魔王の力を目の当たりにした者ともあれば、今この城に乗り込んでいること自体が如何に蛮勇で無謀な行為か自覚できていないはずがなかった。

 そんなことも知らないハワードではない。


 人々が彼の勇者の存在を打算のない勇気を持った者と称するなら、今のハワードはどれほど打算的な画策を持ってこの場に立っているのだろう。

 自分がどれだけ勇者とは違い、そして英雄的ではないかを、ハワード自身が一番良く知っている。


「魔王に会う。話はそれからだ」


 この期に及んで強情を張るハワード。

 魔王の力を知っているはずのハワードが、それで尚も臆さず対面しようとする行為が傲慢でないはずがない。

 何よりも、この強者を前に強情を張り続けることが最も分かりやすい傲慢だろう。


「……まあ、いいぜ。着いてきな」


 ハワードにとって拠点だったはずのアイゼンフォート城。

 そこに生きた気配はなく、代わりに骨の兵士たちが徘徊する無機質な音だけがハワードの耳に届いている。

 ファントマは諦めたように踵を返し、その無防備な背中をハワードに晒して歩き始めた。



 ◆



 かつて、皇帝が座していたはずの玉座には魔王が片肘をついていた。

 栄光の騎士たちが固めていた脇には三人の副官を侍らせ、更に骨の兵士が玉座までの路を作っていた。

 白を基調としたアイゼンフォート城の内装、しかし、この空間だけは異様な暗さを孕んでいる。


「何だ、嫌々向かったものだと思っていたが、やけに機嫌が良さそうじゃあないか」


「ん……、そうかい? まあ、そりゃあそうかもな」


 どうやら、ファントマ本人は嫌にニタついた頬の緩みに気づいていないらしい。

 狼の姿をしているだけに野性的で且つ獰猛に見えてしまうその笑みは、レイヴンとその周囲にも若干の気味悪さを覚えさせている。


「何よ気持ち悪い。どうせ大した理由でもないんでしょうけれど、勿体ぶらずに話しなさいよ」


「うるせえ。これが機嫌良くもならずにいられるかよ。この俺に傷を付けた男が、よもや生きててここまで乗り込んできてんだ。こんな場じゃなけりゃ今直ぐにでも戦いたいところだぜ」


「はぁ……、ホント単純な奴……」


 聞くだけ無駄だったとばかりに肩を落としたのはサファイアである。

 いつもながらにじゃれ付いたやり取り。今更、この二人の言い合いに取り立てて干渉する者も居ない。それに面食らっているのは、ファントマの後ろに就いている件の男だろう。


「ご苦労ファントマ。大義であった」


「……ったく、人使いの荒い主人だよ」


 絶対の君主が投じた労いに詫び入れるでもなく、ファントマは改めて三人の副官たちと共にその横へと並んだ。言葉とは裏腹に浮ついた声色が彼の性分を表しているようだった。


 傍から見ていて、魔王とその従者としてはあまりにも自由過ぎるというか、一切も統率の取れていない彼らの関係性が狂気的に映る。協調性の欠片も無い徒党にファントマほどの器が大人しく収まっているというのが信じられないのだ。

 されど魔王という存在が絶対的にその中心へと君臨することで、そこに確かな結合力が生まれている。

 それ自体に、畏怖を憶えざるを得なかった。


「――ようこそ、新たなる我が居城へ。歓迎しようとも。このアイゼンフォート城を我が手中に収めて以来、お前が初めての来訪者だ」


 ファントマの背中越しに認知していたその威圧感。

 ファントマが魔王の傍らへと移動したことで、初めて間近に対面する。

 あまりにも重たい圧だ。

 流石に、魔王を前に虚勢や強情を張り通す事は難しかった。


「憶えておられるか魔王殿、この私の顔を……」


「おっと。その前に、名乗るのも遅くなってしまった。魔王などと陳腐な名で呼んでくれるなよ。今の俺は『レイヴン』と、そう名乗っている」


「……それは失礼をした。御無礼を許していただきたい、レイヴン卿」


 一度訝しげな視線を見せかけたが、咳払い一つで努めて穏やかな表情に徹する。

 彼の勇者にあやかった名であることは一瞬で察しがついた。洒落にしてもふざけた名だ。

 何故かそこに、魔王の魔王然とした趣きを感じた。


「構わん。……無論、憶えているとも。あの戦場で俺と対峙し、そして生き残った男。かつて帝国一の武将として君臨した騎士よ、良くぞ参った」


 千度も前の人生の記憶を覚えているというのは語弊があるだろう。

 それは所詮、レイヴンにとってかつての記憶を引き出しただけだ。

 勇者だった時の視点で見た記憶を懐かしみ、今は魔王の視点で見るこの世界の記憶が新鮮に取り込めているだけである。

 ハワード・ストラトスという記憶が、やけに心地よく耳に残っていて、鮮明に思い出せるのだ。


「これは、顔のみならず疚しくも我が俗称まで存じていたとは光栄だ。それでは、改めて私も名乗らせていただこう。我が名はハワード・ストラトス。以後、お見知り置きをば」


 改めて、ハワードは頭を下げる。

 取り繕ったような謙遜を並べ、諸々の感情は心中に押し留めながら言葉を選ぶ。

 さながら実の君主を相手にするように、さりとて立場を奢ることなく言葉を使い分けている。


 それを行っているのは、それが心からの本心ではないということだ。

 ハワードは表情に出すまいと、張り詰める緊張の中で決して悟られぬように心の内をひた隠していた。


「随分と薄汚れた姿になってしまったようだが?」


「これは、こうしてレイヴン卿と対面するため、この数日城下で息を潜めて居た結果。甲冑姿では如何とも外の連中に目立ってしまう故、このような格好だが再三と御許しいただきたい」


 腰に帯びた剣は、今や有って無いような最低限の騎士としての誇りだ。ハワードの容姿を舐めて見れば当然目につく部位だが、レイヴンはそれに対して何も口にしない。その程度の小さな意思は既に見定めているのだろう。

 否、たかが一人の人間が持った逆心など取り立てる必要もないだけである。


「なに、気にするな」


 分かってはいたが、対面しただけで逆らうという意志すら持ち出す気にもなれない圧倒的な彼我の差。

 例えば剣を取ってみたところで、仮にも侵入者との会話を何となしに呟いて見せるその喉元には届きそうにない。

 改まるまでも無く、ハワードはそう理解する。

 この場に立った瞬間から全て見極められていたような、気付けば背筋の感覚が冷たくなっていた。

 ハワードは心境までを読み取らせないことで精一杯だ。


 魔族に抱く、人としての尊厳からくる苦々しい怨嗟。

 しかし、決して届くことはないと理解した無念。

 悟らせてはならぬ二つの感情を抱きながら、ハワードは遥々と還ってきた目的を綴っていく。




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