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メモリー  作者: 空野流星
3/3

真実

夢を見ていた。


それは甘い甘い、幸せの日々。

手を離してしまえば消えてしまいそうなほど、儚くも幸福な日々。



夢を見ていた。


それは悲しい悲しい、苦痛の日々。

一人残された苦痛に耐えるだけの、心かき乱される日々。



去って行く女と去って逝く男。

2組の男女の運命が螺旋を描き交錯する。


そう、俺はただ忘れていたのだ……



――忘れてはいけない、この事実を。



「行って、しまわれるのですね。」


女性が男性を引き止めている。

女性の姿は見間違うことのない、東である。


男は首を横に振り、答える。


「これは命令なのだ、だから私は行けねばならない。」


女は分かっていた、今ここで彼を行かせれば二度と会うことはないことを。

男も分かっていた、これが彼女との最後の会話だと。


「――様」


女は最後に男の名を呼んだ……






私は空っぽだった。

彼を失い、抜け殻のように彷徨っていた。


全てはそう、あの女狐のせいだ……



”鳥羽上皇様が変死なされたという噂じゃ”


”これもあの狐の呪じゃ”


町行く人々は皆口々にあの女狐の事を話していた。



「あの女狐があの人を……」


空っぽの私の器を埋めたのは、怒りと復讐心であった。




彼は、妖狐・玉藻前の討伐に駆り出され、戦死した。

最終的に、玉藻は討伐されたが、多大な被害が出たそうだ。


しかし、私は玉藻が死んだとは思えなかった。

やつは妖怪なのだ、人間の定義が当てはまるわけがない。

退魔士である私は、尚更妖怪の相手をしてきているのだ。

この感が外れるわけが無い……


そう自分に言い聞かせて、私は現地へと向かった。






忌々しい岩が目の前にそびえ立っている

殺生石と呼ばれ、近づく者の命を奪う危険なものだ。


「冥土の土産にこんなものを置いていくなんて、困った狐ね。」


あわよくば私が壊してやりたかった。

しかし、実物を見て無理だと痛感した。


これはあまりにも強力な物であった。

きっと人間では、破壊する事叶わぬ物であろう。


ガサッ……


草を分けて誰かが近づいてくる。

私はとっさに、近くの茂みに隠れた


「~♪」


一人の少女が暢気に鼻歌を歌いながら岩へと近づいてくる。

金色の髪と耳、ふんわりとした2尾の尻尾を揺らしている。

子供ではあるが、間違いなく妖狐だった。


こんな所に暢気なものね……



子狐は手に持った花を殺生石へと捧げ、目を瞑り手を合わせている。


「お母様、私も姉様も今日も無事でいられました。

どうかこれからも見守っていてください。」


その言葉を聞いて、私は茂みから飛び出していた。






「が……ぁ……」


ミシミシッ……


私は夢中で首を絞めていた。


今目の前にある命を消そうと力を込める。



「死にたくなければ止めておけ。」


「!?」


背後から殺気を感じ、手を離して即座に距離をとる。


そこにいたのは先ほどの狐と同じ背丈ほどの少女。

容姿も似ている。


しかし、9本の尾を揺らし、桁違いの妖力を放っていた。


「げほっ…」


咳き込む妖狐を心配そうに撫で、奥に逃げるように促した。

離れたのを確認すると、私の方に向き直した。


「退魔士の小娘が何用じゃ。」


「あら、ガキの狐がたいそうな言葉を使うのね。」


ただの強がりではあるが、そうしないと平静ではいられなかった。


――タラリ


汗が頬を伝う。


「妾の妹に手を出すとは……覚悟は出来ておろうな?」


「あんたもあの女狐の娘のわけね、悪いけど狩らせてもらうわ。」


9尾の狐など初めて対峙したが、子供だという事が私に多少の心の余裕を与えた。


「無知とは罪なり……愚かよのぅ。

妾は娘であり、玉藻でもあるのじゃ。」


「え……?」


私にはどういう事か理解できなかった。


「何、お主らが輪廻転生するのと同じじゃ。

ただ一代でそれを行うだけじゃ」


とりあえず化け物だというのは再認識できた。

そして……


「つまり、私の仇だというわけね。」


握る手に力が入る。

求めていた仇が目の前にいるのだ。

勝てる、勝てない以前に喜ぶべきことだ。



「仇とな……」


玉藻はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「くるな!」


恐怖等ないはず!

仇を前にして何故動けない!


「どれ、見せてもらおうかのぅ。」


玉藻は私の頭に触れると目を閉じた。


私はただ、なすがままになっていた。


「なるほど、そういう事か。」


玉藻は納得したようにうなずいた。


「お前に二つの選択肢をやろう。

ここで私に殺されるか、私の提案を受け入れるか、好きなほうを選べ。」


突然、選択肢を与えられ、困惑してしまう。

この女狐は間違いなく私の記憶を読み取った。

その結果が今の言動なのだろう。


「提案というけど、内容がわからないままじゃ返事できないわ。」


「まぁ選択肢と言っておるがお主に答えは一つしかないがな。」


それはつまり私が提案を呑むという事だろうか。


「会いたいだろう? その男に。」


――ドクッ!


その一言に心臓が高鳴る。


「何、簡単な話じゃ。

その男と添い遂げるまでお前を生かしてやるからその後その体をよこせという提案じゃ。」


「そんな事ができるのかしら?」


「できるさ。妾の力があればその男が次の転生を迎えるまでお前を生かす事など容易い。」


なるほど、確かに断れるわけがない。

この女狐はすべてお見通しなのだ。

もしかしたら私がここに来る事すら……


「分かったわ、その提案を受ける。」






たった一人のための映画館。

一人の観客のためにその映像は流れ続ける。


やがて変化のない映像が一転し、東と一人の男が映し出される。


「申し訳ないが、君の願いを聞き入れる事はできない。」


「どうして!」


東は悲痛な叫びをあげる。


男は東に背を向け、歩き出す。


「私には妻も子もいるのでな。

それに、君の言う事を信じる事はできない。」


「……」


”まだ、終われない”


それは純粋な願い。


”私はただ……”


それは無垢な希望。


”あなたと一緒になりたいだけ……!”


それは……確かな狂気。



――ザクッ!


東は、いつの間にか手に握っていた短刀でその男を背後から刺した。


「が、はぁ……」


男は大量の血をドクドクと流しながら、倒れこんで蠢いた。

その姿を東はずっと見つめていた。


「そうよ、思い通りにならないならまた繰り返せばいいのよ。」


彼女は、この時壊れてしまったのかもしれない。


「あはっ、あはははははは!」


惨劇だけが繰り返されていく。

拒否されるたびに男を殺し、再び転生を待つという繰り返し。


その姿はまさに……



そう、そういう事だったのだ。


東と俺が初めて会う場面で映像は消えた。


「お前自身が、お面の女だったんだな。」


東は俯いて答えない。


そのお面は、壊れてしまった自分を隠すための仮面。

最早彼女は正気ではないのだ。


「俺も、殺すのか?」


「……もう、疲れた。」


今にも掻き消えそうな声でそうつぶやいた。


「結局、私の行動は無駄だったのよ。

転生したからといってその人が一緒になってくれるとは限らない。

魂の本質が一緒であれ、それはもうあの人ではないのよ。」


「千春」


初めて、俺は彼女の名を呼んだ。


彼女は俯いていた顔を上げた。

その顔は涙に濡れ、すがるような眼差しで俺を見つめてくる。


――でも、俺にできる選択は


「千春」


こうやって彼女を否定する事だけであって……


「……」


せめて、俺ができる優しさは……


「……」


彼女を解放してやる事であった。


「愛してる」


「――うそつき」


俺は、いつの間にか手に握られていた刀を……


――ズバッ!


千春に振り下ろした。


「これで、満足か?」


俺は背後にいる人物に回答を促す。

そこに立っているのは、玉藻と映像では呼ばれていた狐。

姿は少女にしか見えないが、9本の尾と耳がある。


「それはお前の選択じゃろう?

その問いは愚問だ。」


カラン


手にもっていた刀を放り捨てる。

その刀身は血糊で汚れている。

俺が選んだ選択の証だ。


「お前はこの結末を分かっていた。

だから彼女にもあんな誘いをした。

――そうだろう?」


俺は玉藻を睨み付ける。

しかし玉藻は嘲笑うかのような笑顔を見せる。


「それは違うな……

お前にも過去を見せてやろう。」


そう言って俺に近づいてくる。

俺は動けずに立ち尽くしているだけだった。


「これで、真実が分かる。」


そう言って俺の額に手をあてた。

視界が歪み、まどろみの中で映像の再生が始まった。


さっきまでの客観的視点とは違う。

そう、これは俺の記憶なのだ……


どこかの野営地だろうか?

そこで俺は何かを待っていた。


しばらくすると、部下らしき男が女を連れてやってきた。


「……」


女は両手を縛られながら俺を睨み付けてきた。

美しい黒髪や服は、逃亡生活で薄汚れていた。


「ようこそ、玉藻御前。

まぁもてなすものは何もないがな。」



「仲間の無事は保障してくれるのでしょうね?」


尚も玉藻の視線が弱まる事はない。

こいつがどんなに強力な妖怪だろうと、仲間を人質にとられた今は何もできないだろう。


「もちろんだ。 そういう約束でお前には来てもらったわけだからな。」



”俺は嘘をついていた”



俺への命令、それは玉藻前を鳥羽上皇の元へお連れする事。

しかしそれは表向きの任務だ。

本当は……


「分かりました、大人しく従いましょう……」


でも、その前に少し余興を楽しむのも悪くはないと思った。


ドサッ!


首元に短刀をあてがったまま玉藻を押し倒した。


「っ!」


「その前に、御前には少し自分の立場を分かって頂こうか。」


俺は衣服に手をかけ、引き裂いていく。

豊満な体が露になっていく。


「こんな事をして……!」


「誰かが俺を罰すると?

笑わせるな、そんな事は起きないさ。

民衆の誰もがお前が消えることを望んでいる。」


「……」


「それを有効活用しよっていうんだ、ありがたく思え。」


思いっきり首筋を噛んでやった。


「いやっ!」


「本当の事を教えてやる、お前は……ここで死ぬんだ。」


「!?」


強さを称えた瞳が一瞬揺らぐ。


「そういう命令なんだよ、お前は用済みだとさ。」


「そんなあの人が……」


いいぞ。 その絶望に染まっていく姿。


「だから俺達がその前に有効活用してやるよ。」


周りの俺の部下たちもいやらしい笑みを浮かべながら取り囲んでいく。


「あぁ……」


そして、卑猥な儀式が始まった。

その豊満な身体も、綺麗な黒髪も、心さえも犯しつくしていく。


俺はその行為に優越感を感じていた。

こういう気の強い女性を犯すという行為は何にも変えられない快感である。

そう、あの女もそうだ。

遊びのつもりだったが、相手は本気にしていたようだがな……

まぁ、もう二度と会う事もないだろう。



そこには白濁の海に沈む玉藻の姿があった。

目は虚ろで、意識もはっきりしていないだろう。


そして俺は


――この化け狐を殺してやった


四肢を切り落とし、尾を引きちぎり、心臓を握りつぶし、首を切り落としてやった。

この尾は奴への手土産にしてやろう、そう決めた。


作戦は第二段階に移行する。





事後処理を部下に任せ、俺は先に帰還した。

そう、次の目的を達成するためにだ。


「報告は以上でございます」


さも悔しそうに聞こえるように俺は報告を終えた。

目の前にいるのは、俺の表向きの命令を下した鳥羽上皇である。


「そうか……」


報告を聞いた鳥羽上皇は涙を浮かべていた。


「これを……」


そう言って、俺はあの尾を渡してやった。


「こんな姿になってしまって……」


「では、私は失礼します」


あとは外で待機している部下たちが……


「まて」


っ! なんだというのだ。

タイミングの悪さに一瞬どきりとした。


「お前が、やったのか」


その言葉の意味を理解するまで少々の時間を要した。


「どうして、そうお思いで?」


鳥羽上皇の問いに答えながら、俺は扉の向こうの部下に指示を送った。


「玉藻の尾が全て教えてくれたよ……」


”5”


「それではまるで、あなたも妖怪のようですね」


”4”


「なぜだ! なぜこのような事を!」


”3”


「決まっているでしょ……?」


”2”


「何?」


”1”


「化け物には死を、そして化け物と馴れ合ってるお前にもな」


ガタン!

扉が開け放たれ多くの部下たちが突入してくる。


「これは……」


くくっ、バレた所で結果は変わらない。


「これが俺の受けた本当の命令でね、お前にも死んでもらう」


「そうか、そういう事か……」


部下達がしっかりと弓の狙いをつける。


「何、お前の影武者も用意してある。

世の中への影響も皆無だ」


そしてその矢が……


「……やる」


――降り注いだ。


「が…はぁ……」


「ふふふ……」


「殺して……やる」


全身を矢で突き刺された鳥羽上皇が呪いのように呻く。


「できるなら……な!」


ザクッ!


抜き取った刀で心臓を突き刺してやった。

鳥羽上皇はピクリとも動かなくなる。


「お前たち、後始末は任せるぞ。」


部下達はひとつ返事で作業に取り掛かる。


そう、これで俺の目的は達成される……


「た、隊長!」


部下が怯えた声で俺を呼ぶ。

なんだ、と気だるく俺は振り返った。


それはまさに異形だった。


ゴポッ…ゴポッ……


鳥羽上皇の死体が泡立っている。

いや、これは鼓動しているようだ。

それはとてもこの世のものとは思えない光景。



――パン!


弾けた



脳漿が


臓物が


骨が


辺りにぶち撒けられる。


あるものは発狂し、あるものは骨の直撃を受けて死んだ。



「なんだ、これは……?」


何かいる。

それは、まるで異形から”産まれて”きたようにたたずんでいた。

当然衣服は身に着けていない。

人間の観点で言うなら……そう、少女だ。


短髪の紫の髪の色をした少女がそこにいた。


「……」


ゾクッ!


振り向いた少女からものすごい殺気を感じた。

今まで感じたことのない、受けただけで死に至るような殺気だ。


「は……?」


一瞬で分からなかった。


「嘘だろ?」


今ここには、”俺と少女しか”いないのだ。

先ほどまでいた部下達が消失している。


逃げた……?

いや、俺はわかっている。

一瞬の出来事に脳がついてきていないのだ。


床に人の形のような黒いシミが出来ている。


そう、部下達は声も上げられないまま焼き殺された。

跡形も残らずにだ。


「あぁ……」


化け物だ……

玉藻なんて比じゃない! こいつは化け物だ!


「言っただろう?」


少女が語りかけてくる。


「殺してやる、と」


この言葉を最後に、俺の意識は途切れた。


「うぇぇぇぇぇ!」


あまりの悲惨な映像に嘔吐した。

この映像の全てが本当に俺の前世なのだろうか……


「宗仁様……」


「はぁぁ……」


やっと吐き気も収まる。


「ひとつ収穫もあった、だがもうお前は用済みだな。」


「うぐっ!」


玉藻に首を捕まれて持ち上げられる。

その体のどこにそんな力があるのだろうか?


「かつてお前は、妾を有効活用してやると言ったな?

同じだよ、同じことをしたまで。」


「ぁぁ……」



息が……

頭が真っ白に……



「……」



その手に更に力が入る。



――グシャリ!


何かが引き千切られる音。


ゴトン……


何かが落ちた。


「――っはぁ!」


首は……繋がっていた。

幻覚にしてはあまりにリアルな感覚だった。



「そう簡単に殺しはしないさ。」


そう言って落ちていた刀を拾い上げる。


「そう、せめて同じようにしないとな。」


ひゅっ!

勢いよく刀が振り下ろされる。


「っがぁぁぁぁぁ!」


脳がスパークするほどの痛み。


左腕が最初から無かったかのように消失していた。

痛みはあるのに出血せずに、切断面が綺麗に見えていた。



ひゅっ! ひゅっ!



ただの繰り返し動作のように繰り返される作業。


俺の両腕と両足はなくなった。


「あぁぁ……」


「声も出なくなったな。

これは私の恨み、そして宗仁様の無念。」


ぐりっ!


刀を胸に突き刺す。


「お前の魂を消滅させるために、あの女を利用してこの瞬間にたどり着いた!」



ぐじゅぐじゅと中を掻き回される。

最早全ての感覚が麻痺していた。



「今こそ……」


そして今度こそ……



――その刃は首を切り落とした






「久し振りだな……」


退院した俺は、久し振りに校舎に足を踏み入れていた。

この空気が妙に懐かしい。


懐かしさのあまり早く来すぎてしまったようだ。

教室の扉を開けると、誰もいなかった。


「しまったなぁ」


困ったように頭を掻き、自らの席に座った。


「ん?」


ふと見ると、隣の席を見ると花瓶が置いてあった。



”誰かの悪戯か?”



クラスの誰かが死んだ、なんて事があれば入院していたとしても誰かが話すはずだ。

本当に趣味の悪い事をする……


しかし、何故だろうか?

俺は知っている気がした。



そいつは、俺と仲が良くて、いつも馬鹿話で盛り上がって、そんな関係の奴だった気がする。



でもそれは、俺が見た夢だったのかもしれない。


現実には、そんな人物は存在しなくて、名前すらも浮かんではこない。

結果がそこにあるのだ、それは幻だと否定する。


俺はその趣味の悪い悪戯の根源を窓際へと退けた。


ふと、窓の外へと視線が向く。


俺の目に映ったのは……



――校門を出て行く、一匹の狐だった。







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