ヤロカ火 6
ヤロカ火は全身の突起を伸ばし立て、針の玉のような姿になった。
「蒼雀っ」
「はいな」
聡が振り返らずに強く言うと、蒼雀は再び風の姿に変化して聡、ヤロカ火、柿の木の陰の宏一を旋風で囲い、頭上も風のドームで覆った。
ヤロカ火は全突起の先端に炎を灯した。
「や、焼き刺してやろかァアアッ!!!」
ヤロカ火は回転して自らを大火球と化して聡に飛びかかる。
「散、散・・・」
聡が構え、唱えると光る五枚刃の剣の刃は浮き上がって光る五つの短剣状の刃に分かれた。
「散っ!!」
聡が手元に残った柄を振るうと、それに合わせて光る五つの短剣状の刃は旋回しながら操られ、迫るヤロカ火の大火球を次々と斬り付けていった。
「ゲッ、ゴッ、ブゥッ?!!」
斬り付けられたヤロカ火は大半の突起と胴をズタズタに切られ、風のドームの天井に吹き飛ばされ、ヤロカ火に反応して集約した旋風にさらに裂かれて人の形を完全に失い、でたらめに集合した傷付いた淡水生物の塊となって落下した。
「やったのかっ?」
「まだだよ」
柿の木の陰から身を乗り出した宏一に片手を上げて制し、聡は分離させた五枚刃の剣を再び一つにした。
「・・・む、無駄なことさ。『俺達』は一匹だけの化け物じゃない。ヤロカ火は焼け付く死の濁流さ、止まらない。『俺』を殺しても『俺達』は滅びない。『俺』何ていないんだ。先々代から聞いてるだろう? この数十年で『俺達』は、に、人間に化けるのが上手くなった。次の数十年でお前達だって越えられる。こういうのは『学習』って言うんだろう? クフヘヘヘッ!」
淡水水棲生物の死骸の塊のようになったヤロカ火は全身を聡の剣の『気』に毒されバチバチと爆ぜさせながら嘲笑った。
「一つ聞いていいか?」
「ああッ?」
不意に聡に問われ、滅びつつあるヤロカ火は全身の死骸の目を煩げに光らせた。
「お前はそれなりに古い化け物で『学習』する機会はいくらでもあったはずだ。なぜ、喰う以上に殺すのを止めない? 真淵以外の連中でも退魔師の類いに狙われるのは無駄な危険だろう?」
ヤロカ火は全ての目でわずかの間、聡を見て、それから己の塊全体を歪な人の顔にしてこの上なく愉しげな笑顔を作った。
「『無駄』、何てとっくに知ってるさぁ。それを知ってから余計に愉しいんだぁ。無駄に、無意味に、殺して殺して殺して殺して焼いてぇ、時々ちょっと食べて。い、生きる悦び感じるじゃああんッ?! プシブシャヒャハハハッ、ペピプププッ!!!」
「山元、あんまり話さなくていいんじゃないか?」
柿の木の陰から言ってみる宏一。
「・・・だな」
聡は応えると同時に加速して間合いを詰め、聡にまるで構わず笑い続けるヤロカ火を光る五枚刃の剣で叩き斬った。ザザザッ!!! 一呼吸遅れて切り口以外の部分にも五本の爪痕のような斬撃が走る。
「い、痛ぇええッ!! 懐かしいなぁ、でも、無駄だぜぇ? この次、お前の孫の代でぇ」
「『次』何て無いさ」
「ふぇ? あっ」
ヤロカ火は聡の言葉に疑問を感じた顔のまま、光りに包まれ爆ぜ滅びていった。
「今度こそやったろっ?」
「蒼雀っ!」
聡が宏一には応えずに呼び掛けると、蒼雀は風のドームを解除し、収斂して中型犬サイズの雀の姿に戻り聡の傍に降り立った。
「仕上げに掛かるぞ?」
「はぁ、雀使いが荒いわぁ」
「後であきたこまちを三俵供えてやるよ」
「何でいっつもあきたこまちなん? 好きなん?」
「米の銘柄何てよく知らないしっ! いいからっ、待たせると煩いから、早くっ!」
「せっかちやわぁ。ま、ええわ。ほなっ、行こかっ!」
蒼雀は一瞬、風の姿に戻ると風を膨張させ、風の中に蒼い羽根の乱舞が起こり、羽根は鳥の形を作り、風は集まり、人が数人は乗れる大きさの蒼い雀に似た怪鳥の姿に変化した。
「乗りっ!」
「よしっ」
聡は大怪鳥化した蒼雀の背に翔び乗った。
「俺は?!」
思わず柿の木の陰から出てくる宏一。
「ややこしいからそこにいておいてくれっ、後で説明するから!」
「ホント頼むよっ! マジでっ!」
「納得しないと記憶イジり難いしな・・・」
「何? 何か言った?」
「何でもない。じゃ、なっ!」
蒼雀は翼をはためかせた。突風が起こり、宏一はすっ転ばされた。
「だぁああっ?!」
構わず高速で一直線に上空を目指す聡を乗せた蒼雀。上空には月を隠して霞の棚引く雲が浮かんでいた。その雲を突き抜ける蒼雀。月に照らされた雲の海原に出た。
雲の中央には虎程の大きさのある『猫』が座っていた。四本の尾を東西南北に長々と伸ばし、揺らめかせていた。蒼雀は聡を乗せたまま雲の上を平然と歩き、奇妙な『猫』の近くまで来た。
「ムー太郎っ! 取り敢えず本体は仕止めた。仕上げを頼む」
「この姿の時はムー太郎呼ばわりしないでって言ってるでしょお? 大体『太郎』って何よ? あたしは雌だよ?!」
不満げなムー太郎。
「子供の頃の工藤に言ってくれよ」
「子供は嫌いよ。聡、あたしのことは一霊大荒獣東真淵浦主様と呼びなっ」
「真名が長過ぎ。略して『ムー太郎』でいいだろ?」
「略せてないよっ!」
「駄菓子みたいになってはるしね」
「それキャベツ太郎っ! 蒼雀、黙ってなっ」
「はいな」
「わかった。じゃあ、キャベツ浦主様」
「キャベツ浦って何だよっ! 大きい畑かよっ。いいよ、もうっ。ムー太郎でいいわっ!」
ムー太郎はうんざりと顔を背けた。
「よしっ、ムー太郎っ! 頼んだっ」
聡は五枚刃の剣を両手で掲げるように構えた。
「はいはい」
ムー太郎は逆巻く霞の姿に変化すると五枚刃の剣を霞で取り囲むようにした。
「目立つのはあんたと結衣が片したようだけど、残りのこの街と、関東一円、東海に散らばってる分体どもの位置は全て把握済みだよ」
霞からムー太郎の声だけが響く。
「東海まで? 徹底してるな」
「東海だけじゃないわ、日本全国検索してやったわ」
「全国って、いやに今回本気だな、ムー太郎」
「あんた達狩り手は爺さんの代からしかやりやってないけど、あたしは戦国の頃からアイツに絡まれてんの! もういい加減無理だわ。キモいわっ」
「真淵様は一回嫌ったらえげつないとこありはるからなぁ」
「蒼雀、黙ってなっ」
「はいな」
「いいや、とにかく纏めてスパッといこう。プラナリアみたいにどんどん再生されたら面倒だ」
聡は剣に気を込めた。逆巻くムー太郎の霞が剣に集まり始める。
「かしこみなさいよぉー?」
「努力はするっ!」
剣は半ば霞を吸収すると五枚刃の一枚一枚が大型化し、より『爪』を思わせる形状に変化した。剣を支える聡の体に力が入り、面の下で呼吸も荒くなった。
「坊っちゃんフラついてるえ? いける?」
「余裕、だと信じたいっ!」
霊気が高まり、はち切れそうな大型化した剣を支え蒼雀に応える聡。
「纏めて捉えてるよ~。アンタは考えなくていい、奇尾丸でぶった斬りなよっ」
ムー太郎の声がそう響くと、聡は面の下で呼吸を整えた。
「散散散・・・」
呟き、より確かに構えると面を付けた顔を上げ、聡は霞を纏い大型化した奇尾丸を振り下ろした。
「散っ!!!」
雲上の蒼雀の背で奇尾丸は空を斬り、霞と発光する気の軌跡を残すばかりだったが、同時に霞ヶ丘全域と関東一円、東海地域に潜んでいたヤロカ火の全ての分体は真っ二つされ、気の光りと霞の中に溶け消え滅びていった。
奇尾丸から霞が吹き出し、逆巻いて離れると剣は元の姿に戻り、聡は蒼雀の背にへたり込んだ。
「まずまずだねぇ~、聡っ!」
霞のムー太郎は近くの雲の上に集まり虎のごとき四尾の猫の姿に戻った。
「坊っちゃん、お疲れ。あきたこまち忘れんといてな?」
「・・・わかってるさ、米な。ああっ、野間と八木を回収して、野間の記憶修正して、街の人達の記憶も修正して、怪我人と壊れた建物のフォローして、それから」
「残りの始末は結衣に任せたらぁ? あの子、ちょっと雑だけどね」
ムー太郎はもうこの件に飽きたように大欠伸をして毛繕いを始めた。
「お前は気楽でいいよな」
聡は蒼雀の背に乗ったまま面を取り、ため息をついた。




