夜から夜明けまで 第四十話
ミハイルは、憮然とした顔になった。
デリダは、酷薄な笑みを唇に浮かべる。
「機動甲冑は一体あれば、この砦の全兵力に匹敵する力がある。単純に考えれば、魔道師ひとりで50万の騎兵に匹敵する戦力というわけだ」
ミハイルは、少し鼻で笑う。
「確かにアルケミアの魔道師は、凄いのかもしれん。しかし、やつらは単にそう名乗っただけだぞ。おれだって、アルケミアの連中が黒い肌をしていることは知ってる。やつらの肌は、白かった」
ミシェル・デリダは、少しもの思いに耽る瞳になった。
そして、口を開く。
「アルケミアは、グーヌ神の信徒たちと繋がっている。グーヌの信徒は中原にはいて捨てるほどいるが、その連中はアルケミアの魔道師と偽称するやつをほうっておきはすまい。アルケミアの魔道師と名乗る以上は、相応の力はあるはずだ」
ミハイルは、デリダを睨み付ける。
「ミシェル、おまえの言うことが正しかったとして、なぜやつらはおれたちを皆殺しにしなかった? そのほうが、よっぽど簡単でスムーズに事が運ぶだろうに」
デリダは、葡萄の房のように垂れ下がる前髪を触りながら考えている。
「アルケミアの魔道師とわざわざ名乗りおまえを殺さなかったのであれば、それはおそらくメッセージだ」
ミハイルは、眉間にシワをよせる。
「いったい誰にむけた、なんのメッセージだ?」
「判らないな」
ミシェル・デリダは、自分の世界に入り込んでいるようだ。
その言葉は、半ばひとりごとに聞こえる。
ミハイルは、肩を竦めた。
「で、ミシェル。おまえは、おれの出撃をとめて何がしたいんだ」
きらりと、ミシェル・デリダの黒い瞳が強い光を放つ。
それは真夜中の太陽となり、黒い光でミハイルを貫く。
「まずは、威力偵察だな。あの星船に対して」
ミハイルは、苦笑する。
「あのアルフェット海に聳える、銀の塔を調べろというのか」
「いや」
デリダは、首をふる。
「おまえじゃない。おれ自身が陣頭指揮をとる」
ミハイルは、目を剥いた。
長い付き合いの中で、ミシェル・デリダが自分から進んで指揮をとるというのは、はじめて聞いた気がする。
「デリダ家というのはな、ミハイル」
デリダは、このおとこにしては珍しく説教臭い口調で語る。
「クワーヌ共和国へ持ち出され失われた、太古の秘術を多少なりとは知っている。だからこそ、オーラをそして事実上王国の支配を千年にわたり続けることができた。そして、あの星船は」
デリダは、再び憑かれた目をして、ミハイルを見る。
「間違いなく、失われた太古の秘術と同種の原理に繋がるものだ」