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夜から夜明けまで 第三十八話

ミハイルは、冥界の薄闇につつまれたキエフの砦の中を、速歩で移動している。

シックスフィンガーたちを送り出した後、いきなりミハイルは自身の上官であるデリダ総督に呼び出された。

おそらく何かの気まぐれをを、おこしたのに違いない。

ミハイルとしては起こったことの顛末を報告するつもりであったから、丁度良いと言える。

これから砦の全兵力で、シックスフィンガーたちを皆殺しにするつもりであるからデリダ総督と話をつけておく必要があった、

おそらく酔っぱらってハイになっているであろう自分の上官が待つ執務室へ、ミハイルはノックすることもなく入り込む。

薄暗い執務室で、ミシェル・デリダがミハイルを出迎える。

驚いたことに、ミハイルの上官は酔ってはいない。

もちろんその上気して薔薇色に染まった頬を見れば、酒を飲んでいることは間違いないのだが酔ってはいないようだ。

おんなのこころを蕩けさすであろう、大きく美しい瞳はまっすぐミハイルを見つめているがどこか焦燥が感じられる。

神経質そうに額に垂れる巻き毛を、触っていた。

ミハイルが口を開く前に、いきなりミシェル・デリダのほうから口火を切る。

「おまえは、あれを見たのか」

その目は、何かに取り憑かれた色を宿している。

ミハイルは、困惑した。

「一体何の話だ」

「見てないわけないよな、あれだよ」

デリダは、窓の外のアルフェット海を指差す。

そこには、銀色の塔が聳えている。

さっきまでは、そんなものは無かったはずだ。

ミハイルの困惑は、さらに深まる。

「ああ、さっきのあれか。あれが一体どうした」

「一体どうした?」

デリダは、とても苛立たしげな声をあげる。

「おまえあれが空から降りてくるところを、見なかったのか?」

ミハイルは、首を振る。

こんな上官を、はじめて見たとミハイルは思う。

戦場で生きるか死ぬかの瀬戸際を潜り抜けているときであっても、冷笑的で気障なポーズを崩さないおとこであったはずなのだが。

今のデリダは、おんなと酒に溺れるいつもの姿からは想像もつかない別人のようだ。

デリダは、狂おしい目で語り続ける。

「あれが、何であるか。おれの知る限りでは、あれが何かは、ひとつの可能性しかない」

「一体何だってんだ」

「星船だよ」

ミシェル・デリダは、ミハイルに顔をよせる。

どんなおんなでも夢中にさせるような色男であったが、今は妄想に取り憑かれた狂人にしか見えない。

「星船以外に、あんなものは考えられない」

ミハイルは、苦笑する。

星船は、創世の神話に登場するものだ。

神は、星船に乗って大地に降り立ったという。

なんであれそれは、お伽噺の世界のものだ。

現実に存在するなにものかと、結び付けて考えられるものではない。

あまりに、馬鹿げていた。

「おい、ミシェル。今は、それどころじゃあないんだ」

ミハイルは、その瞬間冷水を浴びせかけられたかのように思う。

ミシェル・デリダは、蒼ざめた炎となった殺気に包まれているようだ。

けれど、その殺気はすぐ消えた。

そして、ゆっくりとミハイルの言葉を繰り返す。

「それどころじゃあ、ない」

「そうだ」

ミシェル・デリダは、いつもの冷笑的な態度をとりもどしている。

皮肉に口元へ笑みを浮かべ、問いを放つ。

「一体何があったというんだ」


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