夜から夜明けまで 第二十二話
その剣は、とても奇妙であった。
刀身は鋼の色ではなく、土色をしている。
ただ刃の部分だけが、真冬の星が放つ輝きを宿していた。
刀身は単に土色をしているだけではなく、木目のような模様が入っている。
それはひとが描いたものではなく、自然に入ったものだ。
ブラッドローズは、その剣の説明をシルバームーンから聞いたことがある。
キタイよりずっと東にいくと、空に届くかと思えるほどに高く聳えるアシュバータ山地にたどりつく。
そのアシュバータの山麓にある国、インドラは空気が薄くなるほどの高地にある。
そこはとても高いところにあるせいか、空から降ってくる星の欠片が燃え尽きずに氷土へ落ちることがあった。
その星の欠片から抽出される金属を、隕鉄と呼ぶ。
その隕鉄を混ぜて鋳造される鋼を、アシュバータ鋼という。
アシュバータ鋼で造られた剣は、鎖帷子を紙のように切り裂くほど鋭い。
しかし、容易に折れぬほどの粘りもあった。
中原では滅多に見られるものではないが、アシュバータ鋼で造られた剣は東方では鉄を斬る剣として知られている。
アシュバータ鋼の剣を剥き出しにしたシルバームーンは、イリューヒンたちと無造作に対峙した。
イリューヒンは不敵に笑みを浮かべると手にした鉈のような剣を掲げ、雄叫びをあげる。
それを合図にしたのか、イリューヒンの後ろにいる三人の兵が走り出す。
そして、ほぼ同時に雷管銃が銃声を轟かした。
後方に控えていた二人の騎兵が、発砲したためだ。
シルバームーンの前で、火花が散る。
シルバームーンは右手のガントレットで、銃弾をはじいた。
銃弾を目で見てはじくのは無理であるから、その弾道を予測したわけである。
避けることもできたであろうが、後ろにいるアナスタシアたちが被弾しないようはじいたのだ。
そのため、シルバームーンの動きは止まっている。
その間に、三人の兵はシルバームーンを剣の間合いにとらえていた。
三人の兵は叫びながら、歪曲した鉈のような剣をふりかざしてシルバームーンへ襲いかかる。
三方向から同時に剣が、シルバームーンの身体へと迫った。
すっとシルバームーンの身体が沈むと、右足が後ろへ投げ出される。
その地面に転がった右足は、義足だ。
左手と同じようにシルバームーンの右足は膝から下が断ち切られており、そこにアシュバータ鋼の剣が付けられている。
切っ先が丸く、分厚い頑丈そうな剣であった。
剣というよりも、薄い斧というべきものかもしれない。
シルバームーンは地面に伏せるように身を沈め、舞踏家の動きで身体を弧を描くように回転させる。
右足につけられたアシュバータ鋼の剣は三人の兵の踏み込んだ足を切断し、血を大地へ撒き散らした。
苦痛の呻き声を挙げながら、兵たちは大地に転がる。
斬り飛ばされた足が無造作に投げ出され、傷口から勢いよく血が吹き出ていた。
シルバームーンは、踊り手が一連の舞踏を演じるように無駄の無い動作ですっと立ち上がり、イリューヒンのほうへと向かう。
片足が剣だとは全く思わせない、自然な動作であった。
対するイリューヒンは、笑っている。
狼が吠えるような、笑いであった。
シルバームーンが戦っている間に、後ろに控えていた十騎の騎兵たちが動きをおこしている。
騎兵たちは、馬を駆って野営地を襲おうとしていた。
アナスタシアは、弓に弦を張ろうとしているが間に合っていない。
騎兵たちの侵略を、止めるものは無かった。
シルバームーンは踵を返して、騎兵たちを追おうとする。
そのシルバームーンに、イリューヒンは剣を振るって襲いかかった。
シルバームーンはガントレットを付けた右手で、イリューヒンの剣を受け止める。
並みの剣であればへし折れたであろうが、鉈と戦斧の中間のように頑丈な剣は火花を散らしガントレットにぶつかった。
その瞬間、シルバームーンは右足を蹴りあげるように振り上げ、足に付けた剣でイリューヒンの頭に斬りかかる。
上半身を反らしてイリューヒンはアシュバータ鋼の剣を躱したが、剣は額をかすり血が繁吹く。
顔の半分を真紅に染めたイリューヒンは、後ろに飛んで間合いをとった。
それでも、笑っている。
嘲るような笑いを見せながら、イリューヒンは言った。
「おれたちは、殺さずにしのげるような甘い相手か?」
シルバームーンは、覚悟したように目を細める。
その瞬間、漆黒の煙がシルバームーンの身体を覆うように、黒い殺気が立ち昇った。