夜から夜明けまで 第二十一話
やれやれといった顔つきのアナスタシアを見ているうちに、なぜかブラッドローズはさらに不機嫌さを加速させていった。
手や足の先から血の気がひいてゆき、妙に意識が冴え渡ってゆく。
胸の中では炎となった血が、渦巻いている。
それはもう、怒りの域まで達しつつあった。
彼女にだけ何かを隠しているアナスタシアたちにも腹がたったが、遊び半分で虐殺に来たイリューヒンたちにも怒りは向けられている。
もう、誰でもよかった。
引き金さえ弾かれれば、ブラッドローズは死を見境なく撒き散らすところまできている。
それはある意味理不尽ではあるが、彼女にしてみれば自分のいま置かれている状態こそが理不尽だといえた。
ひとまず、怒りをアナスタシアへ向けることにしたブラッドローズは声を発する。
「ねえ」
しかしその声は、イリューヒンの怒りに震える声にかき消された。
「おい、貴様ら」
ようやく落ち着きを取り戻した馬の上で、顔を蒼白にしたイリューヒンが叫び声に近い調子で言う。
「一体何をしたんだ、今のはおまえたちの仕業なんだろう」
アナスタシアは、もう一度溜め息をつく。
騎兵たちは、恐怖を味わったため妙な方向へ感情を向けようとしていた。
彼らの理解を越えた出来事は全てアナスタシアたちのせいにして、彼女らを殺すことで全てを解決するつもりのようだ。
ブラッドローズは、その考え方にまた怒りを燃え上がらせる。
アナスタシアは無駄と判っている口調で、イリューヒンに語りかけた。
「わたくしどもは、しがない隊商にすぎません。あのような大それたことはとても」
「嘘をつけ」
イリューヒンは、冷酷な瞳でアナスタシアを見る。
「おまえたちは、何が起こったか知ってるんだろ。そしてその起きたことに、おれたちを巻き込むつもりだろうが」
真相は判らないが、ブラッドローズも多分そういうことのような気がする。
そういう意味では、あながちこのおとこは馬鹿ではないようだ。
「とんでもございません、ただわたくしどもは」
「ごたくはもういい」
イリューヒンは、獲物を狩りたてる狼の顔になっていた。
「おれたちをこんな下らないことに巻き込んだ代償を、まず払ってもらうぞ」
イリューヒンは、腰に提げていた剣を抜き放つ。
少し歪曲した、片刃の剣である。
切っ先は平らであり、戦斧か鉈を思わせる形になっていた。
斬る、というよりは砕き打ち殺すための武器に見える。
その剣を片手にしたまま、イリューヒンは馬から降りた。
彼の後ろで、三人の兵が同じように剣を手に馬から降りている。
さらにその後方で、兵たちが雷管銃を肩付けし狙いをつけていた。
アナスタシアの弓は弦が切れてままで、ただの棒となっている。
アナスタシアはその弓を構え、少し後ろに下がった。
「落ち着いていただけますか。わたしたちは」
「無駄だ、アナスタシア」
シルバームーンがアナスタシアを制し、一歩前に出る。
浅黒い肌のそのおとこは、黒い瞳に鋼の意思を浮かべていた。
全身が剣となったような緊張感を、纏っている。
「心配するな、アナスタシア」
シルバームーンは、低く落ち着いた声で言った。
「殺しはせんよ、なるべくな」
ふう、とアナスタシアは息をつく。
どうやら、腹を決めたようだ。
ブラッドローズは、その後ろで舌打ちする。
この後に及んで殺さないとかそんなぬるい対応は、ありえなかった。
ブラッドローズも、こころを決める。
彼女の引き金は、既に弾かれていた。
アナスタシアもシルバームーンもブラッドローズに背を向けていたため、彼女が獲物を仕留めようとする黒猫の表情になっていることに気がつかない。
馬から降りた兵たちに対峙したシルバームーンは、左手のガントレット外す。
その下に現れたのは左手ではなく、剣であった。
その剣は腕の半ばで断ち切られているシルバームーンの左手に、取り付けられている。




