第2話 ミルクたっぷりのカフェオレをどうぞどうぞ(2-2)
第2話 ミルクたっぷりのカフェオレをどうぞどうぞ(2-2)
二人分のコーヒーを用意し、麻音は祓い屋たちの前にそっと置く。
ミルクピッチャーは二人の中間に置いた。
「お待たせいたしました」
心なしか麻音の指先が震えているような気分がした。その時だ。
「麻音ちゃん! カフェオレじゃなくてブラックコーヒーをお願いしたのよぉ」
何を言われているのか、と思い視線をテーブルに移す。
営業の男の前にはブラックコーヒーを置いている。
テーブル上には、備え付けのシュガーポットと、先ほど置いたミルクピッチャーもあるから間違いはないはずだ。
そして黒ずくめの痩躯の男の方には……
ミルクがたっぷり入ったカフェオレを置いていた。
「え……なんで……」
意識しないまま間違えたと知り、麻音は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
オーダーの聞き間違いだなんてそんな初歩的なミスを今更やってしまうなんて。
よりによってこんな場面で。
カウンター内で無意識にミルクを足していた。
コーヒーとミルクが二対八だ。そう入れた。
麻音自身がそのような配合で確かに作った。
「申し訳ありません! すぐに入れなおします!!」
慌てて痩躯の男の前からコーヒーカップを持ち上げようと手を伸ばした。
「いいです」
「え? 戒道さんはブラック派ですよね? いいんすか?」
営業の男性が目を丸くしている。
「いいです」
男は再度同じ言葉を口にした。
コーヒーカップに伸ばした麻音の手を、男本人が握っていた。
ひんやりとする角ばった手だ。
黒いフィンガーレスグローブから少し見える指先はかさついている。
「大丈夫です。カフェオレのままで」
視線をカップに落としたまま抑揚のない静かな声音で、
「大丈夫です。いただきます」
二度同じ言葉を繰り返し、男は麻音から手を離すと、カップを口にした。
「……美味しいです。ありがとうございます」
相変わらず視線をカップに落としたままの男をじっと麻音は見ていた。
オーダーを間違った恥ずかしさ、フォローされた有難さと、何とも言えない気持ちが胸中を支配する。
もう一度だけ、「申し訳ございませんでした、ありがとうございます」と口にし、麻音はカウンターへと引っ込んだ。
そっと彼らの様子を窺うと、男はゆっくりとカップを傾けている。
営業の青年は困惑した表情をしていたが、戒道と呼ばれた青年に促されると古森に向き合い説明を始めた。
その説明によると、彼らが今回行った祓いは概ね成功といって差支えはないとのことだった。
それを聞いて古森の声音がまた一段と高くなる。
「このビルに関しては大丈夫です!
そこは弊社が保証いたします。
とはいえご不安でしょう?
な、の、で、念のため防護の術を施した札をお渡ししておきます。
そうですね。
どこでもいいんですけど、入り口前の壁にでも貼っておいてください。効果抜群っす!」
営業マンは既に営業モードに戻ったようで、爽やかな笑顔とともに古森に札を渡し、依頼料の話をしているようだ。
怪異について説明する営業マンとは逆に戒道と呼ばれた黒ずくめの男は、コーヒーカップを両手で抱え焦げ茶色の水面をじっと見つめ続けている。
カウンターから彼の様子を盗み見ていた麻音は不安な表情をしていた。
やはりカフェオレは苦手だったのではないだろうか。
やはりやはり、今からでも交換を申し出て、謝罪しようか。だけど、でも……
こくり。飲んだ。
戒道の喉が、ゆっくりとミルクたっぷりのカフェオレを流す。
味わうかのように時間をかけて少しずつ飲んでいるのを、じっと麻音は見ていた。
彼はどんな目でカップの中を見ているのだろう。
その目線は伏せられていて窺い知ることができない。
―――見たいな。あの目をもう一度見たい。前髪切ればいいのになぁ。
「肝試しをした彼らですけれど」
意識がその言葉に引かれ、麻音の目線が戒道から外れ営業マンへと移る。
「弊社がお受けしたのは、あくまでこのビルの祓いでしたので、彼ら個人の身までは祓ってないんですよ。
そもそもよそのお宅に勝手に土足で入っておいて恨みを買わないわけがないですよね?」
「まあ、それはそうですけれど」
古森は善人の塊のような人間である。
彼女からしたら麻音にしても四階の居酒屋の彼らにしても、同じ未来ある若者なのだ。
そこが彼女のいいところで、麻音が彼女を非常に好ましいと思っている部分だった。
「ええ、ええ! 分かっております!
私どももそんな悪魔のような人間ではないですよ!」
軽薄な笑いをしつつ営業マンは、あくまで、と言葉を続ける。
「あくまで、今回の費用でお受けした仕事はこのビルの祓いということです。
で、す、か、ら、彼らが困っているようでしたら、遠慮なく弊社へご連絡ください!
その際はもちろんお力になります!」
ちゃっかりしている男だ。
だが、営業マンらしいといえばその通りだ。
「相手が悪いとしか言いようがないです」
戒道だ。
「そこまでの相手でなければ、このビルを祓った時点で諦めたでしょう。
相手からも力量の差がすぐに分かるからです。
ですが今回は相手の性質が悪いとしか言いようがない。
何をされたのかは存じませんが個別な祓いが必要になるかと思います。
むろん全員ではないでしょうが」
男の静かな言葉に古森の眉はより一層深く下がっていく。
顔見知りの青年たちの顔を思い浮かべでもしたのだろうか。
「……わかりました。相談を受けた際はそちらを紹介させていただきます」
「はい! その際は善処させていただきます!」
沈痛な面持ちの古森とは対極に営業マンは爽やかすぎる笑顔で応えた。
古森にとってはかつてない事態だったのだが、彼からすると日常的なことなのだろう。
生きている世界の違いを感じつつ、どこか現実味のない男たちを麻音はじっと見つめていた。




