雨の日は傘をさして
❊本作品はフィクションです。実在する人物、地名、団体、フリースクール等とは一切関係ありません。また、特定の活動・施設・思想を擁護、あるいは批判する意図はございません。あらかじめご了承ください。
❊本作品はカクヨムでも掲載しております。
うざったいメール着信音。
うるさい雨音。
人の気配のない平日の真っ昼間の家でそんな音を遮断するかのごとく、白井涼花は布団をかぶっていた。スマホをマナーモードにすることも面倒くさく、音楽を流して雨音を遮断することも面倒くさく。
白井涼花は中学2年生。もう、2週間学校に行っていない。
昔から学校は好きな方じゃなかった。
ただ、好きじゃないからと言ってやめられる場所ではないことは分かっていた。クラスの中でも友だちが多い方で、概ね人気者で通っている涼花が毎日重い気持ちで学校に通っているとは誰も思わないだろう。
義務教育だから、涼花は学校に行っていたに過ぎない。けっして好きで行っていたわけではないのだ。
涼花は布団から手を出し、スマホを取ってみる。級友からの心配LINE、友だちからの悩み聞くよLINE。
(ありがとう、でも気にしないで)
気にされることが、「学校きてね!」って軽々しく言われることが、涼花は今なによりも嫌だった。両親からの心配な視線も、妹からの私は行っているのにという視線も全部全部嫌だった。
突然、スマホが軽快な音楽を立ててバイブレーションする。堀香苗と表示された電話を放置していると切れ、ピコンとメールが届く。
『私今、涼花ちゃん家の近くの公園にいるから待ってるからね。ちなみに傘はさしてないよー』
メールを確認すると涼花はのっそりと窓を見る。小雨程度だが5分も滞在すればすっかり濡れてしまうだろう。
(嘘なはず)
堀香苗は小説友だちだった。共通の友人の森由美が小学生の頃に開催した月に一度の小説感想会で何度か話し、連絡先を交換している。中学生になり由美が部活で忙しくなり、小説感想会が自然消滅した今もごくたまに連絡を取ることがある。
ただし、そのごくたまの連絡が学校に行っていない今来たことに涼花は警戒する。
だが、その一方で香苗が傘をさしていない事が気にかかった。風邪でもひかれたら寝覚めが悪い。
「嘘だろうけど」
涼花は布団から頭を出した状態のままひとりごちる。かちかちとなる壁がけ時計の秒針が涼花を急かす。もう一通ピコンっとなったメールが決定打だった。傘をささずに香苗が忌々しくもピースサインを立てて自撮りしている写真が表示されている。
涼花は布団で5分ほどうずくまった後、隣に置いてあったブラシを取ると髪を梳かす。珍しく部屋着ではあるが外に出ても大丈夫だろうと判断し、スマホと鍵、傘を2つだけ持ち家を飛び出した。
パシャパシャと音を立てて雨の中を進む。久しぶりの外は空気が清々しく、2分ほど歩くと紫陽花が咲いている公園へとたどり着く。草が生い茂った場所を抜けると大きな広場へと開けた。最低限の遊具が置かれた公園はいつもは賑わっているはずだが平日ということもあり、物静かだった。
そんな広場で傘も差さずにブランコに乗っている変人が一人。変人は後ろから近づく涼花の足音に気付くと後ろを振り返る。
「おーやっと来たね!涼花ちゃん久しぶりー、呼び出しちゃってごめーん」
伸ばしグセのある口調に懐かしさを覚えながら、涼花は手に持っている何の変哲もないビニール傘を差し出す。
「傘はい、」
涼花が差している傘は幾何学模様のステンドグラスを模した傘だ。梅雨前に買ったばかりだが家に閉じこもっていて使ったのは初めてだった。この傘を買ったときはウキウキとしていたはずだ。涼花は少々暗い気持ちになりながらもビニール傘を香苗に押し付ける。
香苗は中々受け取ろうとしない。すると、口角を上げニンマリと笑った。
「傘は差してないよ、けどね、ウインドブレーカーは着ているんだよねーごめん」
香苗はウインドブレーカーをつまみ上げる。くすんだピンクをしたウインドブレーカーは可愛らしく雨具とは思えない。
(こいつ、してやられた)
拳を握っていると、香苗はどこからか取り出したハンカチでブランコを拭い座るよう促した。数分ブランコを漕いでいると「ねえ、」と小さく呼ばれる。
「学校行ってないんだってー?」
平然と言われた一言に体が急激に冷めていくのを感じる。
香苗と涼花の間に共通の友人は何人かいる。彼女らに聞いたという可能性は否めなかった。なのに涼花はここに来てしまった。嫌なことを言われると分かっていて。
隣のブランコから香苗は降りると涼花のブランコの前でしゃがんで視線を合わせる。その瞳を真っ直ぐ見据えながら涼花は歯をぐっと食いしばる。「学校行きなよ」というのか「話聞くよ」というのか。
「ならさ、原宿行かない?」
キラキラとした瞳で香苗はそう言い放った。
❊❊❊❊
香苗が雨の中ブランコを漕ぐ数時間前。
コツコツ、と少しヒールのあるサンダルで少女―堀香苗は階段を登っていた。
キラキラと輝くイヤリングとお気に入りのセットアップを着こなした香苗は鼻歌混じりに重いドアを開く。重いドアの先にある廊下を少し歩いていくとすりガラスの扉があり、手慣れた様子でその横のインターホンを押した。
すりガラスの横の看板には【テント フリースクール】とデカデカと原色で印字されている。
(ビルの中なのに看板を置く意味ってなんなんだ?原色も趣味が悪いなー)
香苗はテントに来るたびに心でそうぼやく。すぐにドアが開かれ、眼鏡とマスクをした貴婦人が現れた。
「あら、香苗ちゃんいらっしゃいっ」
軽快な挨拶を繰り広げたのはテントのスタッフ都だ。アロマパッチが貼られたマスクとメガネを掛けていた。心理士資格と英語教員免許持ちというチート能力をもった都はパートではあるものの発言力を持っている。
「都さん、おはようー」
「もう、おはようじゃないけどね」
都は壁がけ時計を指差す。時刻は正午を回っていた。
「まだ、おはようです!」
香苗はノーブランドの黒いリュックを下ろすとごろりとソファに寄りかかる。ここのフリースクールはテントという名前なものの開放感ある一室だ。駅徒歩3分と非常にアクセスが良い。壁は一面ガラス張りになっていて外からは見えないが部屋からは下が見渡せる。
たまに、通っている子が駅前からでてきた人を見て「人がゴミのようだ」と言いスタッフに怒られている。
学校に通っていない・たまに行っているけどほぼ学校に行っていない、いわゆる【不登校生】そんな子がここに通っていた。いつ来ても大丈夫、何時に来ても大丈夫、小中学生誰でも来て大丈夫。それが【フリースクール テント】だ。
「正しくはGood afternoonだね」
ここぞとばかりに英語の勉強を差し込んでくる都。香苗はしかめっ面で返す。
ブーブーとポケットに突っ込んだスマホがバイブレーションする。取り出して件名を確認すれば、珍しく疎遠になった友人――由美からだった。
「かーなーえーちゃん?スマホ禁止!」
「ちょっとこれだけ」
お願い!と上目遣いでお願いすると都は控えめに頷く。香苗はメールを確認すると目を見開いた。
「涼花ちゃんが学校に行ってない?おっ!仲間発見」
かくして香苗は雨の中ブランコに乗ることになった。
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