第三十五話:
登場人物
セラ(三神凌牙)
本編主人公。前世は現代日本で孤独と理不尽の中を生きた男。いじめ、搾取、裏切りを受け続け、事故をきっかけにこの世界へ来た。ポセイドンに“器”として利用されるため召喚されたが、今はその運命に抗い、自分の意思で生きることを選んだ戦士。不器用で寡黙だが、芯は誰よりも強い。
鳥羽姫
黒翼の国を率いる姫君。知略と政治力に優れ、乱世においても民を守り抜く名君。セラの過去を深くは問わず、ただ今の彼を信じて支える存在。静かな強さを持つ女性。
空牙
鴉天狗族きっての豪傑。豪快で騒がしく、場の空気を変える男。武勇に優れ、仲間思いで義理堅い。セラの数少ない本音を見せられる友でもある。
焔牙
冥王ハデスの血を引く少年。赤髪と黒炎を操る危険な力を持つ。感情が高ぶると暴走の兆しを見せるが、根は素直で人懐っこい。セラを父のように慕っており、今回も「父さん」と呼び続けている。
ダーマネッギ
ネッギ帝国最強格の将軍。双槍の達人で、冷静沈着な現実主義者。厳格だが情に厚く、息子への愛情も深い。連合軍では軍事面の中核を担う。
ダーラキッギ
熱血で真っ直ぐな若き槍騎士。勢い余って失敗も多いが、今回は焔牙の暴走を体当たりで止め、被害を防いだ。父に認められたい気持ちが強い努力家。
アテーナー
戦略と知恵を司る女神。世界の危機に際し、地上へ降臨した。セラの前世と転生の真相を知る存在であり、彼に真実を告げた導き手でもある。
ポセイドン
海を支配する神王。かつてセラの魂を利用し、自らの器としてこの世界へ引き込んだ張本人。すでに命を落としているが、その意志と因縁は今も世界に影を落としている。
クロガミ
未来を語るだけでなく、未来そのものを歪めようとする存在。歴史の裏で暗躍する黒幕。白き王都ルクシアで待ち受ける最大の敵。
白き王都ルクシア
かつて理想国家の中心だった白き都。現在は廃墟となっているが、世界を書き換える“門”が眠るとされる。連合軍の次なる目的地。
ネッギ帝国
圧政と支配で恐れられながらも、物流・治安・軍事で世界を支える巨大国家。矛盾を抱えた現実の象徴。今回、連合軍の大戦力として進軍する。
⸻
人物関係
セラ × 焔牙
血縁はないが、父子に近い絆が芽生えている。
セラ × 鳥羽姫
過去ではなく今を見て支え合う特別な関係。
ダーマネッギ × ダーラキッギ
厳格な父と、認められたい息子。少しずつ通じ合い始めた親子。
セラ × ポセイドン
利用する神と、運命に抗う人間。物語の根幹にある因縁。
連合軍 × クロガミ
世界の未来を賭けた全面対決へ向かう構図。
⸻
この章の位置づけ
世界を救う進軍の章であると同時に、
セラ個人の“始まり”が明かされた章。
英雄誕生の物語ではなく、
捨てられた一人の男が、自分の意思で立ち上がる物語へと変わった重要回。
第三十五章:白都進軍
夜明けと共に、連合軍は動き出した。
黒翼の旗。
ネッギ帝国の赤槍旗。
鄒魔境の紫黒旗。
白翼残党の銀羽旗。
本来、同じ道を進むはずのなかった軍勢が、一本の街道を埋め尽くして進軍する。
目指すは――白き王都ルクシア
滅びた都。
世界を書き換える門が眠る地。
⸻
先頭を歩くのはセラだった。
その横には鳥羽姫、少し後ろに空牙。
さらにその隣では、焔牙が落ち着きなく跳ねている。
焔牙
「なあ父さん!」
「父ではない」
「俺、今日すげえ活躍する気がする!」
「嫌な予感しかしない」
「なんで!?」
鳥羽姫が静かに言った。
「その予感は私も同じだ」
⸻
後方では、鎧の音と共に若者の声が響いていた。
ダーラキッギ
「今回こそ汚名返上! 名誉挽回! 父上に認められる!」
ダーマネッギ は馬上で頭を抱える。
「静かに歩くだけでいい」
「了解しました! 全力で静かに歩きます!」
「意味が分からん」
空牙が笑い転げた。
⸻
進軍から半日。
白き平原へ入った時だった。
焔牙が急に立ち止まる。
「……熱い」
その身体から黒い炎が漏れ始めた。
地面が焦げる。
兵たちがざわつく。
鳥羽姫が剣へ手を伸ばす。
「来たか」
焔牙は頭を抱えた。
「なんか……中で誰かが笑ってる」
セラの顔色が変わる。
「ハデスの血か」
焔牙の瞳が赤黒く染まる。
「燃やせって……言ってる」
黒炎が爆ぜた。
⸻
兵たちが吹き飛ばされる。
空牙が飛び出す。
「坊主ぉ!」
焔牙は咆哮し、巨大な炎柱を放った。
だがその前へ、一人の影が飛び込む。
ダーラキッギだった。
「ここは俺に任せろぉぉ!」
「お前か!」
誰もが思った。
ダーラキッギは槍を地へ突き立てる。
「帝国式制圧陣・螺旋杭!」
大地が回転し、炎柱の勢いが逸れる。
さらに彼は焔牙へ飛びついた。
「落ち着け! 俺も若い頃は暴れた!」
「今も若いだろ!」
焔牙が叫ぶ。
「細かい!」
そのまま二人は転がって丘の下へ落ちていった。
沈黙。
空牙が呟く。
「……名誉挽回、なのか?」
ダーマネッギが遠い目をした。
「一応、被害は止めた」
⸻
その騒ぎの後。
軍は一時停止し、セラは一人、崖の上へ出た。
風が吹く。
白き王都ルクシアの廃墟が遠くに見える。
その時、背後から声がした。
「思い出す時だ」
振り向くと、アテーナー が立っていた。
「何をだ」
「お前がこの世界へ来た理由を」
⸻
アテーナーが指先で空へ触れる。
すると景色が変わった。
現代日本。
雨の路地。
一人の男が歩いている。
三神凌牙、若き日の姿だった。
痩せた身体。疲れた目。
制服姿の高校生たちが笑っている。
「おい、財布出せよ」
「走ってジュース買ってこい」
「使えねえな」
凌牙は何も言わず従った。
殴られ、金を取られ、物のように扱われる日々。
やがて社会へ出ても、利用され、捨てられた。
それでも生きた。
孤独に。
誰にも必要とされず。
⸻
そしてある夜。
仕事帰りの交差点。
凌牙は空を見上げていた。
「……もう自由でいいだろ」
その背後から、笑い声。
高校生たち。
「うわ、こいつ昔の!」
背中を押された。
車道へ倒れる。
ライト。
クラクション。
トラックの影。
そこで記憶は途切れていた。
⸻
次に目を開けた時。
そこは深い海の神殿。
巨大な玉座。
そこにいたのは――
ポセイドン
『哀れな人間よ』
『誰にも望まれぬなら、我が器となれ』
『復讐と支配のために』
セラの拳が震えた。
「……俺は」
アテーナーが続ける。
「お前は選ばれたのではない」
「捨てられた魂を、利用されただけだ」
沈黙。
だがセラの目は静かだった。
「そうか」
「なら、なおさらだ」
「今の俺は、俺が選ぶ」
⸻
アテーナーが微笑む。
「それを言えるなら十分だ」
⸻
その頃、丘の下。
焔牙とダーラキッギは泥まみれで座っていた。
「お前いいやつだな」
「当然だ!」
「でもちょっとうるさい」
「よく言われる!」
二人はなぜか仲良くなっていた。
⸻
セラが戻る。
鳥羽姫が問う。
「何かあったか」
「少し昔を思い出しただけだ」
彼女はそれ以上聞かなかった。
ただ隣に立つ。
⸻
白き王都ルクシアは近い。
滅びた都。
歪められた歴史。
そして、セラ自身の始まり。
連合軍は再び歩き出す。
今度こそ、自分の意思で。
―三神凌牙とアテーナーの会話―
進軍の夜。
連合軍の野営地は静かだった。
兵たちは明日に備えて眠り、焚き火の火だけが揺れている。
その外れ。崖の上に、三神凌牙――セラは一人立っていた。
遠くに見える白き王都ルクシア。
月光に照らされた廃都は、美しくも不気味だった。
背後から足音がする。
「一人で悩む癖、前世から変わらぬな」
振り向くと、アテーナー が立っていた。
セラはため息をつく。
「気配を消して近づくな」
「気配を消していたのではない。お前が鈍い」
「神は言い方が嫌味だな」
「お前ほどではない」
アテーナーは隣へ並び、同じ景色を見る。
⸻
しばし沈黙。
やがてセラが口を開いた。
「……俺は、本当にただ利用されただけなのか」
アテーナーは即答しなかった。
「ポセイドンは確かに、お前を器として呼んだ」
「だが、それだけで異界の魂は定着しない」
「どういう意味だ」
「この世界が、お前を受け入れたということだ」
セラは眉をひそめる。
「世界が?」
「そうだ。絶望しても壊れず、憎んでも腐らず、誰にも見られずとも立っていた」
「そういう魂を、この世界は欲した」
セラは苦笑した。
「評価が遅すぎる」
「神々は見る目が遅い」
「お前も神だろ」
「私は例外だ」
⸻
アテーナーはふっと笑った。
その表情は女神というより、一人の女性のようだった。
「前世のお前は、誰にも認められなかった」
「だが今は違う」
「国が動き、人が集まり、少年に父と呼ばれている」
「最後のだけはいらん」
「贅沢だな」
⸻
その時。
背後から、妙に静かな声がした。
「……楽しそうですね」
二人が振り向く。
そこには、扇を持った 鳥羽姫 が立っていた。
笑っている。
目は笑っていない。
セラの背筋が寒くなる。
「な、何か用か」
「いえ?」
「ただ、夜更けに二人きりで語り合うとは、随分と親しいのだなと」
アテーナーは面白そうに口元を押さえた。
「嫉妬か?」
「違います」
即答だった。
「では怒っているのか」
「違います」
さらに即答だった。
「ではその扇を握り潰しそうな手は何だ」
「癖です」
セラは小声で呟く。
「絶対違う……」
⸻
鳥羽姫はセラへ近づく。
「セラ殿」
「……はい」
「女神との密会は、もう終わりましたか?」
「密会ではない」
「そうですか」
「では次からは私も同席します」
「何でだ」
「監視です」
「監視!?」
アテーナーが肩を震わせて笑い出した。
「ははは……! 面白い姫だ」
鳥羽姫はじろりと睨む。
「あなたも、あまり距離が近いと槍より先に扇が飛びますよ」
「怖いな」
「本気です」
⸻
セラは頭を抱えた。
「世界の危機より疲れる」
鳥羽姫は腕を組む。
「それは結構」
「私が気にしている証です」
一瞬だけ、頬が赤かった。
セラは言葉を失う。
アテーナーは満足げにうなずく。
「なるほど。この男にはお前のような者が必要だ」
「放っておくと、すぐ一人で背負う」
鳥羽姫は静かに答えた。
「ええ。ですから逃がしません」
セラは空を見上げた。
「……敵より味方が強い」
⸻
その頃、少し離れた焚き火の前。
焔牙 が空牙へ聞いた。
「父さん、モテるの?」
空牙 は笑った。
「いや、振り回されてるだけだ!」
焔牙は真剣にうなずく。
「大人って大変だな」
⸻
明日、白き王都へ進軍する。
だが今夜だけは、戦の前の小さな騒ぎが、皆の心を少し軽くしていた。




