第十六話:
この章の真相
* ネリスはすでに海へ流された際に命を落としており、現れていたのは幻想(残留思念)だった
* これまで「トリートーン軍」と呼ばれていた軍勢の正体は、ポセイドン の直属軍だった
* トリートーンは名だけを利用され、責任を押しつけられていた
* カイオスは正式にセラを父と認め、セラもまた彼を息子として受け入れた
* 新たな仲間、小鴉 が登場
第十六章:黒翼の都
―空を奪う海、名を得た父子―
断崖絶壁の上に築かれた都があった。
黒き塔。
黒き橋。
黒き翼を持つ民が行き交う空中都市。
鴉天狗の国――黒翼の都。
風は強く、空は高い。
その都の門前に、旅装の男と少年が立っていた。
セラとカイオスである。
「すごい……空に町がある」
カイオスが目を輝かせる。
「落ちるなよ」
「父さんが手を繋いでくれるなら」
「調子に乗るな」
そう言いながら、セラは自然に少年の手を取っていた。
カイオスは嬉しそうに笑う。
その時だった。
空の彼方から鐘の音が鳴り響く。
見張り台の鴉天狗たちが叫ぶ。
「海の軍勢だ!」
「西方より大水雲接近!!」
空の彼方に、巨大な水の塊が浮かんでいた。
雲を飲み込みながら進む海流の城塞。
その先頭には青き旗。
だが、そこにトリートーンの姿はない。
セラの目が細くなる。
「……おかしい」
すると背後で、柔らかな声がした。
「気づきましたか」
振り向けばネリスが立っていた。
だがその身体は薄く透けている。
カイオスが震える。
「幽霊……?」
ネリスは寂しげに微笑んだ。
「私は実体ではありません」
「海へ流されたあの日、すでに命を落としていました」
セラが息を呑む。
「……何だと」
「これは残留思念。最後に伝えたかった想いだけが、あなたを追ってここまで来たのです」
風が吹き、彼女の髪が揺れる。
「そして、あの軍勢もトリートーン様のものではない」
「最初から……ポセイドン の軍です」
「トリートーン軍と呼ばせ、憎しみを彼に集めるための」
セラは拳を握る。
またしても。
弟の名すら利用されていた。
「父上……」
カイオスが呟く。
「違う」
セラは即座に否定した。
「そんな奴は父じゃない」
少年はセラを見る。
「じゃあ、父さんは誰?」
沈黙。
セラは不器用に頭を掻き、視線を逸らした。
「……俺が名乗っていいものか分からん」
カイオスはセラの服を掴む。
「僕は決めてる」
「ずっと前から、父さんはセラだけだ」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
誰にも必要とされなかった男が、今ここで一人の子に選ばれている。
「……勝手な息子だ」
「勝手な父さんでいい」
セラは小さく笑った。
そして、少年の頭に手を置く。
「なら行くぞ、息子」
カイオスの瞳から涙が零れた。
「うん……父さん!」
その瞬間、空が割れる。
巨大な水槍が都へ降り注いだ。
鴉天狗たちが飛び立ち、黒翼の空軍が迎撃する。
門が開き、中から一人の少女が現れる。
漆黒の羽。
鋭い金の瞳。
小柄だが堂々たる気配。
「そこで感動してる暇はないよ、旅人」
少女は笑った。
「私は小鴉。この都の案内役にして、面倒事担当さ」
小鴉
「海の馬鹿どもが来た。手ぇ貸しな」
セラは剣を抜く。
「案内は後だ」
「気が合うね」
父となった男。
息子となった少年。
そして空の少女。
黒翼の都を守る戦いが、今始まる。
―小鴉、一席申し上げます―
からん、ころん、と下駄の音。
黒翼の都の石畳、屋根から屋根へ飛び移り、
現れましたるはこの私――
小鴉!
さてさて皆さま、ご覧になりましたか。
泣き虫だった坊やが、
「父さん!」と叫べば、
しかめ面の旅人が、
「行くぞ、息子」と返す。
いやぁ、あれはずるい。
空の民でもちょいと目頭が熱くなるってものです。
けれども感動ばかりじゃ終わらない。
上を見りゃ海の軍勢。
横を見りゃ崩れかけた門。
下を見りゃ私の昼飯が誰かに踏まれてぺちゃんこ。
まったく戦ってのは、ろくでもない。
それにしてもあのセラという男、
愛想はない、口は悪い、笑顔は少ない。
なのに子どもには甘い。
「危ないから下がってろ」
「腹減ってないか」
「怪我してないか」
……ふむ。
あれを世間では、いい父親の素質ありと申します。
そしてカイオス坊や。
怯えていた顔が、今や目を輝かせて空を見上げる。
誰かに名前を呼ばれ、
誰かに守られ、
誰かを信じられるようになった顔です。
血より濃いものがある。
契約より強いものがある。
それを見せつけられた一章でございました。
さて、次はどうなる?
海の王はまだ笑っている。
トリートーン様はどこかで迷っている。
月の女神も黙ってはいまい。
そして私は忙しい。
案内して、走って、戦って、
ついでに語りも務めねばならぬのですから。
次なる一席――
第十七章:空を裂く潮騒
羽か、波か。
父か、王か。
勝つのはどちらか、どうぞご贔屓に。




