第十四話:
この章の真相
* カイオスはセラを本当の父として慕い、共に旅立つ
* セラは戸惑いながらも、少年を拒絶できなかった
* トリートーン がセラを憎む一因は、昔の恋人を奪われたと思っていたこと
* その恋人との別離は、実際には ポセイドン が仕組んだ陰謀だった
* トリートーンは初めて父にも利用されていた事実を知る
第十四章:孤独の旅路
―奪われたもの、残されたもの―
風だけが吹いていた。
村を離れたセラは、山道を一人歩いていた。
振り返らない。
戻らない。
誰にも会いたくなかった。
リナの涙。
イネの笑顔。
アルテミスの罪悪感。
カイオスの怯えた目。
すべてが胸に刺さったまま抜けない。
「……結局、何も守れていない」
そう呟いた時だった。
背後の草むらが揺れる。
セラは振り向かずに言う。
「出てこい」
しばらく沈黙。
やがて、小さな足音。
「……怒ってる?」
カイオスだった。
泥だらけで、息を切らし、泣きそうな顔をしている。
「なんで来た」
「追いかけた」
「戻れ」
「やだ」
即答だった。
セラが眉をひそめる。
「トリートーンに見つかれば殺されるぞ」
「それでもやだ」
カイオスは震える手でセラの服を掴む。
「……僕、あなたに会って初めて怖くなくなった」
「だから……」
少年は顔を上げた。
「父さんって、呼びたい」
時間が止まった。
「……は?」
「トリートーンは父じゃない」
「痛いことしか教えなかった」
「ポセイドンは見てるだけだった」
涙が落ちる。
「でもあなたは、手を差し出してくれた」
「だから僕の父さんは、セラがいい」
セラは言葉を失う。
誰かに選ばれたことなど、人生で一度もなかった。
前世でも。
神の子としても。
「……勝手に決めるな」
そう言いながら、声は震えていた。
「ごめんなさい……」
「……だが」
セラは頭をかく。
「腹は減ってるか」
カイオスがこくりと頷く。
「なら、まず飯だ」
少年の顔が、初めて年相応に明るくなった。
その頃、海の神殿。
玉座の前で トリートーン は怒りに震えていた。
「まただ……また兄上だ!」
壁に槍を叩きつける。
「リナも! カイオスも!」
「皆、兄上を見る!」
その奥から、低い声が響く。
「お前は昔から変わらぬな」
海の王、ポセイドン が現れる。
「父上……!」
トリートーンは膝をつく。
だが怒りは隠せない。
「昔もそうだ!」
「兄上は私の恋人まで奪った!」
ポセイドンの目が細まる。
「……まだ信じていたか」
「何?」
神殿の空気が冷える。
「お前が想っていた娘――ネリス」
「彼女がセラを選んだのではない」
「私が命じた」
トリートーンの顔色が変わる。
「……嘘だ」
「お前が兄に執着し、競い、強くなるためだ」
「嫉妬は優秀な燃料になる」
槍が手から落ちた。
「父……上?」
「結果、お前は強くなった」
「何が不満だ」
トリートーンの呼吸が乱れる。
少年の頃の記憶。
優しかった恋人。
突然兄の側へ行った姿。
裏切られたと思い込んだ痛み。
そのすべてが、仕組まれていた。
「私は……道具……?」
ポセイドンは冷たく答える。
「息子だ」
「使える限りはな」
トリートーンの瞳から、何かが壊れる音がした。
山小屋。
焚き火の前で、カイオスがスープを飲んでいた。
「うまい……」
「ただの野菜煮だ」
「父さんが作ったからうまい」
セラはむせた。
「まだ早い」
「じゃあ仮父さん」
「もっと違う」
小さな笑い声が、静かな夜に響く。
セラは火を見つめる。
失ったものばかりだと思っていた。
だが、拾ったものもあった。
「……寝ろ、カイオス」
「うん、父さん」
「聞いてないな、お前」
少年は眠りにつく。
その寝顔を見て、セラはそっと呟いた。
「……俺なんかでいいなら」
風が止んだ。
孤独だった旅路に、初めて誰かの寝息が加わった。
登場人物
セラ
本作の主人公。
神々の思惑によって生まれた特異な存在であり、前世は三神凌牙。
誰にも必要とされず生きてきた過去を持つが、旅の中で少しずつ「選ばれる側」になっていく。
第十四章では孤独を求めて村を去るが、カイオスとの出会い直しによって変化が始まる。
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カイオス
リナの血を元に生み出され、神の後継者として育てられた少年。
厳しい訓練と恐怖の中で感情を押し殺してきた。
セラに手を差し伸べられたことで初めて安心を知り、彼を「父」と慕うようになる。
第十四章の中心人物の一人。
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リナ
ルナ村の少女。
優しさと芯の強さを併せ持つ女性。
トリートーンとの神儀契約により命を握られている。
この章では直接の登場は少ないが、セラとカイオス双方の心に強く残る存在。
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トリートーン
ポセイドンの実子であり、セラの弟。
兄への嫉妬と劣等感を抱えながら育った。
昔、恋人をセラに奪われたと信じていたが、それが父の策略だったと知り精神的に揺らぐ。
第十四章では憎しみの土台を失い始める。
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ポセイドン
海の王。
秩序と支配を重んじる冷徹な神。
息子トリートーンの嫉妬心すら利用し、兄弟を競わせてきた張本人。
この章でその非情さが明確になる。
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アルテミス
月と狩猟を司る女神。
魂の正体は転生者・花下翼。
セラを想いながらも、前章でイネの幻影を作ったことで彼を傷つけた負い目を抱える。
第十四章では離れた場所から見守る立場にいる。
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イネ
猫族の少女の姿をした存在。
前章で幻影だったことが明かされ消滅した。
この章では直接登場しないが、セラの喪失感と優しい記憶として残っている。
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ネリス
トリートーンがかつて想いを寄せていた女性。
セラに奪われたと信じられていたが、実際はポセイドンの策略で引き離された。
兄弟の確執を深めるための犠牲となった存在。
第十四章の人間関係
* セラ × カイオス:血ではなく心で結ばれる父子関係の始まり
* セラ × トリートーン:憎しみの根源が崩れ始めた兄弟関係
* トリートーン × ポセイドン:尊敬から疑念へ変わる親子関係
* セラ × リナ:離れても消えない想い
* セラ × アルテミス:距離を置きながら続く見守り
この章のテーマ
* 家族は血だけで決まらない
* 憎しみの多くは誰かに作られる
* 孤独の終わりは、誰かの「一緒にいたい」から始まる




