第89話 選択
「これが、裏鬼門?」
犬・猿・そして雉の後をついてきて辿りついたのは、建物の地下。
外ではまだ戦いが続いているのか地響きを起こしながら、今すぐにでも天井が崩れ落ちてきそうだ。
出来れば少しでも早くこの場所から立ち去りたい気持ちもあるが、正樹は目の前の光景に浮かぶ物体を理解するのに必死な状態だ。
「『はい。 これがあらゆる世界に繋がる出入り口の門。 裏鬼門でございます」』
煌びやかに輝く羽を広げて示す雉。
その背後にはまるで空間そのものに穴が空いたかのように見える球体だ。
大人の人間1人分入りきれるくらいの大きさのそれはフワフワと浮いているようにも見える。
「この中に、僕の探し人がいるの?」
まるでブラックホールを間近で見ているかのような球体は、覗き込むだけで引き寄せらるような気がする。
しかし、そんな裏鬼門と呼ばれる球体に雉は小さく頭を縦に振った。
「『お? お? なんだなんだ? もしかして裏鬼門を目の辺りにして怖気ついたのか?」』
「いや、そういう訳じゃないんだけど・・・」
さっきまで馬鹿にされた事で落ち込んでいた猿が、好機とも言えるタイミングで復活して挑発するような表情と態度で顔を近づけてきた。
正樹はそれを適当にあしらいながら話を進める。
「確かに、この中に入れば会えるような気もする。 だけど・・なんだろう。 僕が探している人ではない気がする」
それは、とても不思議な感覚だった。
確かに裏鬼門の中に入れば会える気がする。
だけど違う。
それは僕が探している由紀ではない。
また別の人物。
けれども、同一人物・・・。
「? なんだ? どういう事だ?」
自分で言っていても訳がわからない。
だけど、何故か分かる。
――今は、違う
「悪いんだけど、どうやら人違いみたいだ。 この中に僕の探している人はいない」
「『・・・左様、ですか」』
正樹が裏鬼門に入る事を断ると、雉は何処か寂しげに顔を伏せるが、猿はどことなく嬉しそうな表情を浮かべていた。
「『それでは仕方がありませんね。 申し訳ありません。 私達の早とちりだったようです」』
「いや、こっちこそごめんね。 ここまで案内してくれたのに」
「『いえ、気にしないでください。 どうか、貴方様の御捜ししている御方が見つかりますように」』
雉はそういうと深々と頭を下げる。
「『ウッキッキッ! 残念ザンネン! 気を付けていけよニンゲン! またな!」』
猿は尻を掻きながら笑顔で送ると、犬も激励するかのように一吠えした。
僕はそれがなんだか不思議と高ぶる感覚が全身を巡っていくような気を覚えながら、3匹を後にした。
「『ウッキッキッキッ! 気にすんなキジ! オイラ達が出来るのはここまでだ! 主にもそう言われたろ? 最終的に選択するのはアイツ自身だってな!」』
「『わかっています。 主様もこうなるだろうと仰っていました。 ・・しかし、どうしても考えてしまうのです」』
雉は今も揺らぎ浮いている裏鬼門に視線を向けると目を細めて眺める。
「『ここであの御方が、ここを渡る事を選択して頂ければ、彼女を救う事が出来たかも知れないと思うと」』
「『カァーーーーッ! 分かってねぇなァーキジは!」』
猿は頭をガシガシと乱暴に搔き乱しながら犬の背中から下りて、雉の目先に指をさす。
「『アイツはちゃんと選んだんだよ! 自分の成すべき事を!」』
「『成すべき事?」』
「『そうさ! オイラ達の主にも出来なかった運命を相手に。 アイツはこの瞬間に勝ち取ったんだ!」』
そういうと、猿はペタペタと裏鬼門に近づいて大声で叫んだ。
「『おぉーい! 聞こえてんだろぉー! アイツはやっぱり選んだぞー! 自分の運命と対峙する未来を! だから、もう少し待っててくんな! 必ず、近い内にアイツから会いにくるからよぉー!!」』
裏鬼門の先はブラックホールのように先が見えない空間の穴。
声が通っているかも分からない。
道があるのかも分からない。
だけど、そんな異空間の中のどこかで、誰かが顔を上げた。
綺麗なピンク髪をして、白い着物を着た誰かが。




