第85話 鬼門
「黒い塔が・・消えた?」
突如出現した天まで昇る黒い塔は激しい衝撃音が数秒続いた後に一瞬で消えてしまった。
状況が把握できていない中ではあったが、とりあえず何かしらの異常事態は起きなかった事だけは確かだ。
「とりあえずは大丈夫みたいだな」
「はい、しかし今のは何だったのでしょうか」
あの黒い塔を見た時、アンナは背筋から感じ取る悪寒のような物が止まらなかった。
まるで見てはいけない物を見たかのような異質な物が世界に出現してしまった。
そう感じたのだ。
「今はあの塔みたいな事を考えるのは後だな。 先にそっちの嬢ちゃんを早く安全な所に――」
「待って・・ください!」
すぐにでもこの場から離れようとアンナの代わりにピースを抱きかかえようとしたグレンに、ピースは弱った力を振り絞って首を振る。
「まだ、なんです! 鬼は、まだ倒せえていません!!」
「そんな事言われてもな。 確かにあの化け物は倒し・・た・・ッ!!」
あまりにも必死に引き留めてくるピースに困り果てながら鬼が倒れている方へ振り向いた。
その時だ。
グレンは鬼と目が合った。
「~~~ッ!!?」
咄嗟に剣を構え鬼に攻撃を仕掛けようと魔法を発動させた瞬間。
ウォォオォォォオオォォッ!?!?
鬼は叫んだ。
それはまるで悲鳴のようで、かつ雄叫びのような咆哮にも聞こえる。
あまりの鬼の声量に思わず耳を防がざる追えなかったが、鬼の咆哮は5秒も経たずに止み終え再び動かなくなった。
「な、なんだったんだ。 今の」
「最後の力を振り絞った威嚇・・でしょうか?」
鬼の不可解な行動に呆然とする2人だが、ピースだけは違った。
「あぁ・・だめ・・」
ピースは絶望していた。
まるでこの世の終わりのような事が起きたかのように。
「どうしよう・・どうしよう!」
「ピース、ちゃん?」
顔を地面に向け、ブツブツと何かを言うピースにアンナは体を寄せて落ち着かせるように肩を撫でる。
その肩は小刻みに震え呼吸も整っていない。
「ピースちゃん落ち着いて。 もう大丈夫だよ? おにはもう倒れたから、ね?」
なんとか錯乱状態のピースを落ち着かせようとなだめるアンナだが、ピースの耳にはすでにアンナの声は届いていない。
「だめ・・何とかしないと。 でもどうやって・・・私にはもう・・・あぁ・・あぁッ!! 間に合わない!」
突然空へ顔を上げたピースに連れて、アンナも思わず顔を空に上げる。
「・・・何、あれ」
空を眺めて目を見開くアンナを見て、グレンも空を見上げると、グレンもアンナ同様の表情を浮かべた。
「おいおい・・なんなんだよさっきから、次から次へと―――ッ!!」
暗闇に染まった夜は消えていた。
暗闇に照らされる星は消えていた。
月は血のように赤い色へ染まり、空は血に染まった湖のように広がっていた。
そしてそんな異様な空の中で、空洞のような物が空いている。
それが何なのかは分からない。
それがどういった物なのかは分からない。
ただ理解できる事は、それはこの世にあってはならない物だという事だけだった。
「鬼門が、開いた!」
そんな空洞をピースは睨みつけながらそう言った。




