第86話 犬・猿・鳥①
「なんだ・・これは――ッ」
謎の男が痩せこけた女性と黒い柱塔と共に消えた直後、月と夜空が赤く染まる。
それと同時に現れた空洞のような物まで出没して正樹は状況がまったく理解が追い付かない。
・・が、そんな中でも正樹は兎に角、由紀の安否が心配でならなかった。
謎の男が止めていた時間が動き出したという事は攻撃を向けられた由紀も時間が動き出したはずだ。
無防備な状態で攻撃をくらえば例えチートスキルを持っていたとしても無事では済まない。
「由紀ちゃんッ! 何処だ!」
しかし、時間が止まっている間に空中に浮いていたはずの由紀の姿が何処にも見当たらない。
まさかあの男の攻撃のせいで消えてしまったのではないか。
「まさか・・・そんな・・・ッ」
想像したくもない事が頭の中で過る。
最愛の彼女の死。
それは正樹自身が一番想像したくもない最悪の結末。
「由紀ちゃん・・・・・由紀ッ!!」
返事がない彼女を必死に叫びながら周囲を見渡していると、視界にある物が映った。
さっきまで居なかったその場所に思わぬ存在が突然現れた為、正樹は一瞬驚いたがそれもすぐに疑問に変わる。
「なんでこんな所に・・・犬が?」
それは何処にでもいる普通の犬だ。
柴犬のような犬種のそれはジッと正樹を眺めていると、思い立ったかのように立ち上がり振り向いて歩き始めた。
一体何だったのかと歩いていく犬を眺めていると、犬は顔だけを正樹の方へ振り向き一つ吠えた。
「ついて来い・・って事かな?」
普段の正樹であればなんの疑いもなく簡単について行っただろう。
しかし今はそんな事をしている場合ではなかった。
正樹の頭の中には兎にも角にも由紀の安否が最優先事項だ。
犬の事は申し訳ないと思いながら無視をして由紀の捜索を続けることにした。
その時だ。
「『待て待て。 お前さんの探し物はそっちじゃぁねぇよ」』
「・・・え?」
まるで目の前で話しかけられたかのようにも感じた声が聞こえ正樹は周囲を見渡すがそこには人の姿どころか影すらも見当たらない。
「『そっちじゃねぇよ。 上だよ、う~え」』
「上って・・・んん???」
声の指示に従い空を見る。
するとそこには空を飛ぶ鳥に掴まれながら見下ろす猿の姿があった。
「・・・・さる?」
「『おーそうとも。 オイラはオサル! よろしくなニンゲン!」』
「・・・」
絶句、というのはこういう時に使うのだろう。
猿がポリポリと尻を搔きながら普通に話をしてきた。
「『まぁ驚くのも無理はねぇわな。 こんなキュートでイケメンなオイラに話かけられたんだ。 ニンゲンならイチコロだろう・・っておいもういいよ。 いい加減オイラをアイツの所に降ろしてくれ」』
「『・・・」』
「『ん? なんだよその顔は。 あぁそうか。 遂にお前さんもオイラに惚れちまったな? 分かるぜその気持ち。 だけど悪いな。 オイラにはすでに忠義を誓った御方が・・・って待て待てなんでちょっとオイラを掴んでる手を緩めるんだ? なんでオイラの事をそんな冷たい目で見るんだ? じょーだんだって冗談! だから、ね? 落とさないでぇぁぁあああああっっっ!!!?」』
両手足を広げ、可憐に落下してきた猿は建物の床に綺麗にめり込む形で着地した。
「・・・生きてる?」
落ちてきた猿は地面にめりこんだまま動く様子が無く、猿が喋る不気味さよりも心配の方が勝り思わず声をかける。
「『ご心配には及びません。 どうやら地面にめり込んだせいで上手く起き上がれないでいるだけですので」』
「『ムキ―――ッ!! ウキキッッ―――!!!」』
地面から起き上がれなくなった猿がジタバタとしている横に、さっきまで猿を持ちながら飛んでいた鳥も降りてきて着地してきた。
「猿だけじゃなくて鳥まで・・・君達は一体・・」
ここまでくれば異世界ならではの魔獣とか類ではないかと予想する。
異世界ならテレパシー的な事が出来る動物くらい居そうだしな。
そういう事で納得しておこう。
「悪いんだけど僕に用事があるなら後にしてくれないか。 ちょっと今は色々と状況が理解できない出来事が一変に起こりすぎて・・・」
それにまずは由紀の無事を確認しなくてはならない。
今はただそれだけが頭の中で一杯だった。
「『えぇ。 もちろんそれは重々承知しています。 ですが落ち着いてください。 我々は貴方様の御捜しの人物が何処にいるのか知っています」』
「知っているって・・・それってッ!」
鳥の言う正樹の探している人物。
それは今まさに知りたい由紀の事に違いなかった。
「『ウキ―ッ! ウ、ウキィッッ―――ぷひゃッ!! わりぃ、助かった」』
その人物の事を追求しようとした所で地面にめり込んで立ち上がれなくなっていた猿は犬の尻尾を引っ張れながら引き上げられて救出されていた。
地面から救出された猿は身だしなみを整えているのか毛並みを揃え、埃を払うとさっきまでの事を無かったかのように急にハイボールドな声で恰好つける。
「『お前さんの探し人。 オイラ達なら何処にいるか知ってるぜニンゲンさんよ」』
「『それ、今私が言いました」』
「『え? そうなの? ・・・ウッホン。 えーそれでは単刀直入に言おう」』
猿は気を取り直してと言わんばかりに背筋を伸ばす。
動物とは思えない真剣な雰囲気に連れられ、正樹は真剣に猿の次に来る言葉を待つ。
「『きびだんご、くれ」』
それは由紀の居場所でもなく、ただ物乞いを求められただけだった。




