第82話 黒い柱塔
それは一瞬にも思える出来事だった。
五メートル以上はある巨体のモンスターをいとも簡単に倒す人間の姿がそこにあった。
勇者が誕生した国と称えられた英雄の国を一晩も経たない内に火の海に変貌した化け物。
平和な日常を簡単に絶望へと突き落とした人間の天敵とも呼ばれるであろうそれは、1人の男に倒された。
「アいててて。 くそ、やっぱり若い時みたいにはいかねぇな。 すぐに体が悲鳴上げやがる」
肩をグルグルと回したりストレッチをして体をほぐしながらグレンは口を大きく開けて呆けているアンナの元へ近づく。
「なんて顔してんだいお前さん」
「いや、だってあんなの見せられたら誰だってこうなりますよ」
最初に化け物の片足を斬り落としたグレンは、その後に初級レベルで扱う簡単な水魔法で鬼の身体全身に浴びさせた。
もちろんそれだけでは只鬼の身体が濡れるだけの程度なのだ。
案の定、鬼にダメージなど無く残った大きな腕を振り上げグレンの頭上から振り落とした。
地面はひび割れ衝撃は周囲の建物に影響を及ぼすほどの威力。
普通であればその一撃だけでほとんどの人間は死に絶えるだろう。
だがグレンはそんな鬼の攻撃を只の普通の剣で簡単に受け流したのだ。
そこから剣を伝って初級レベルで扱う雷魔法を発生させた。
と言っても本当に少しの雷撃で人間相手でも気絶する程度の威力だろう。
しかし鬼はそんな低レベルの電撃で呆気なく倒された。
「だから言ったろ? 攻撃さえ与えられるなら魔王だろうが神様だろうが倒せるって」
「これはそんな簡単な話じゃないと思いますけど?!」
理屈で言えば簡単な話だという事は理解できる。
しかしそんな簡単な理屈では説明が出来ない出来事だからこそ、アンナは動揺を隠せないのだ。
もしもそんな簡単な理屈が誰にでも通るのなら、とっくの昔に魔族など滅んでいるのは明白なのだから。
「そんな事よりも、お嬢ちゃん達は早くここから避難しな。 周りの火は消火しておいたから今なら逃げられるはずだ」
そう言ってグレンが指さす方角の一体は確かに燃え広がっていた火は消火されて道が見えていた。
先ほど鬼に発動させた水魔法で周囲一帯の火元にも発生させていたらしい。
「そうしたいのは山々なんですが、正樹様が・・・」
今にも崩れ落ちそうな建物を上階を見上げる。
グレンが鬼を倒す間特に大きな動きはなかったが、それが逆に恐ろしい。
なんたってあの由紀が一目散に正樹の元へ駆け向かったのだ。
そこに見知らぬ女性と暗い建物の中にいたと分かれば、それはもう想像もしたくない修羅場が広がっているだろう。
「まぁ、あっちは大丈夫だろ。 心配する気持ちも分かるが兎に角先にお嬢ちゃんが抱えてる子を先に安全な所へ避難させて安静にさせておかないと」
「・・・そう、ですね」
確かにグレンが治癒魔法をかけてくれてからピースの呼吸は落ち着き顔色もよくなった。
しかし治癒魔法としても万能ではない。
一時的に体調を直したとしても身体が万全でなければ再び病気や古傷も発生する。
グレンの説得にアンナは渋々として了承した・・・その時だ。
「まっ・・・て・・・」
辛そうな表情を浮かべながらピースが言葉を喋った。
あまりに突然な事で普段の会話に支障はなかったアンナはそれがピースの異変が起きている事に一瞬気付かなかった。
「ピースちゃん? 今、喋って―――」
「お・・ねがい、します・・。 鬼を・・鬼を・・・」
また喋り慣れないのか、それとも疲労のせいなのかピースはたじろぎながらゆっくりと言葉を話す。
「おにってのはあのデカいモンスターの事かい? それなら安心しな。 今さっきおっちゃんが退治しておいたからもう安心だ」
グレンは体を震わせながら必死に何かを訴えかけるピースを少しでも安心させようと笑いかけて頭を撫でる。
しかしピースは安堵するどころか子供がしないようなさらに険しい表情を浮かべグレンの手を強く握りしめた。
「まだです・・鬼は・・まだ・・ッ!!」
その時だ。
正樹達がいるはずの上階の建物から黒く輝くオーラが柱塔のように天へと昇った。




