第81話 鏡の知らせ ③
「先輩ッ! 先輩ッ!!」
ノックが聞こえた扉の向こうから後輩のテレサが叫ぶように呼び掛ける声が聞こえた。
状況を読み込んだのか由紀は溢れ出した黒いオーラを消滅させて椅子に腰を掛けた事を確認して俺は扉を開けた。
そこには息を切らして慌てているテレサがいた。
「どうしたんだお前。 何をそんなにあわて――」
「大変なんです先輩ッ! これッ!」
テレサが目の前に持ち出したのは一通の封筒だ。
表紙には全体的に赤く×マークが描かれており、俺は驚きを隠せずに一瞬身体が硬直してしまった。
「先輩どうしよう・・もしかして、国が・・・」
今にも泣きだしそうになりながらも必死に抑えているテレサを見て、俺は小さく息を吐き封筒を持つテレサの手を握り絞める。
「大丈夫だ。 それよりもお前は他の職員達に一応待機してもらうように呼び掛けてくれ。 それから勤務時間外の職員にも連絡して至急応援で出勤してもらえるよう他職員と協力して呼びかけろ」
「は、はい・・あ、ギルド長には・・・」
「俺の所にこれが届いたって事はすでにギルド長も動かれてるはずだ。 兎に角俺達は俺達に出来る最善の行動をとるぞ。 いいな?」
まだ震えている手を優しく握り絞めて視線を合わせる。
それが聞いたのか泣きそうになっていたテレサの表情は次第にいつものテレサへと戻っていき部屋にいる由紀達に一礼して仕事へ戻っていった。
「なにかあったの?」
由紀はガラスの破片で切れた手を持っていたハンカチで出血を抑えながら状況を確認した。
「これは最悪な事態が起こってるかもしれないな」
「最悪な事態? その×マークが書かれている封筒が?」
『・・・なるほど。 国から緊急事態の封筒が送られてきましたか』
鏡越しからグレンに届いた封筒の×マークだという事に気付いたカガミはさっきよりも真剣な口調に切り替わった。
『やはり、そうですか』
「あぁ、これでアンタが言ってた向こうの鏡に移動できない理由が判明したな」
「なに? どういう事?」
話が勝手に進んでいく状況に由紀は交互にグレンと鏡を見渡して説明するように要求する。
「これは他国を合わせて緊急時に配布される封筒なんだ。 青なら注意、黄色なら危険、そして赤は警告と段階によって封筒が送られギルドが配置されている支部に送られるようになっている」
青の注意なら一応の報告。
黄の危険なら警戒。
赤の警告なら絶対警戒と言った段階でギルド職員達がどれだけ異常な事態が起こっているのか一目で把握できるようになっていた。
『因みに赤の警告は国としての機能が成立しなくなった状態のみ発行されるようになっています』
「つまり今、英雄の国は・・・」
「国としての機能が成立してない。 危険な状態だって事だ」
「 ! だったら早く正樹さんの所に行かないとッ!!」
今度こそ扉を突き破ってでも強行突破しようと立ち上がった由紀は再びグレンが目の前に立ちふさがり道を塞いだ。
「~~~ッ! いい加減にして! これ以上邪魔するなら貴方を殺してでも行くわよッ!」
「落ち着きなって。 だいたいここから3日もかかる所にいくらお前さんでもすぐに向こうに行けるわけじゃないだろ」
「だったらッ!!」
由紀の視界は徐々に揺れて零れ落ちるように涙が頬をつたう。
「だったら・・・どうしたらいいのよ。 国がそんな危険な状態ならきっと正樹さんはまた1人で無茶をしてる。 誰かの為に必死に体を張ってる。 今行かないとまた手遅れになっちゃうかも知れない!」
さっきまで怒りに任せて強行突破しようとしていた少女の姿はなく、由紀は必死にグレンに向けて頭を深く下げた。
「お願いします・・そこを退いてください。 じゃないと・・正樹さんが・・ッ」
「・・・」
この半日と短い時間だったが、グレンは最上由紀という人物がどういう人間なのかなんとなく理解できたと思う。
美人で頭の回転も速く、何より顔がいかつい冒険者相手にも怖気づかない器量を持つ強い女性だ。
まだ子供と言える年齢でありながら大人顔負けの彼女には不思議と10歳以上も歳が離れているグレンでさえ頭が上がらない。
そんな彼女が今、必死になって頭を下げている。
しかもそれが自分の為でなく最愛の人物の為にだ。
国が危険な状態だと理解しておきながら危険を顧みずに第一に想い人の事を考えて助けに行こうとする心意気。
それは簡単にできそうで大人には難しい行動の1つだ。
グレンは深く息を吐いて、頭を下げる由紀の頭をポンポンっと撫でる。
「顔を上げな。 お前さんらしくもない。 俺がいつ助けに行くなって言ったよ」
「! じゃあ!」
「だけどだ。 実際、実力が桁違いのお前さんでもどれだけ全力で英雄の国へ向かっても半日以上はかかるはずだ。 それだと国も坊主も助ける事は出来ない」
「・・でも、他にどうしようも―――」
「まぁ諦めなさんな。 実は方法がないわけじゃねぇんだ」
『 ? ここから時間をかけずに英雄の国まで移動できる方法があるというのですか?』
グレンの言葉に思わず口を開いたカガミに、グレンは少し難しそうな表情を浮かべながら肯定した。
「あぁ、しかもこれは国にさえ報告してない俺だけのトップシークレットってやつだ。 まさかこんな早くに使う日が来るとは思ってもみなかったが」
『ほぅ。 それは私も気になります。 一体どのようにして時間をかけずに移動するのですか?』
「そりゃお前さん。 あれだよ」
涙を拭う由紀の怪我をした手に触れると、出血していた由紀の手はすぐに治っていた。
それに驚いた由紀は手とグレンを交互に見ていると、グレンはそんな由紀の様子を見て思わずフッと笑みをこぼした。
「移動の方法はただ1つ。 【テレポート】だ」
◇ ◆ ◇ ◆
ギルドの建物内には街に滞在している冒険者達が集まって会議が開かれていた。
内容は主に街の警備と防壁体制を整えて何があっても対応できるようにしておくという物だ。
受付場などには勤務外の職員達も総勢で出勤して色々と動き回っている。
「それではギルド長。 申し訳ありませんが少し席を外します」
そんな忙しい中、グレンはギルドの裏出入口に立っていた。
「あぁ構わないよ。 それよりも向こうの事を頼むからね」
「はい」
グレンがギルド長と呼ぶ耳が尖がってふくよかな身体をした男性は優しい表情でグレン達を見送った。
「あの人がギルド長なのね。 初めて会ったけどすごく優しそうな人」
「まぁな。 俺も色々な人と出会ってきたがあの人には一生頭が上がらない自信がある」
「でも正樹さんの優しさには少し劣るわね。 正樹さんは世界一優しい人だから!」
「何を張り合ってるんだお前さんは・・・っと見えたぞ」
ギルドの裏口から出てしばらく林の中を歩くと小さな広場に出た。
そこには先ほど職場の部屋に封筒を渡しにきた女性職員のテレサが大きな杖を持って地面に何かを書いている。
「あっ、先輩。 お疲れ様です!」
「悪いなテレサ。 いきなりこんな無茶に付き合ってもらう事になっちまって」
「いえいえいえいえいえッ! ぜっ~~~~んぜん! 強いて言えば落ち着いたら隣街に新しくできた喫茶店に連れて行ってもらえるとか思ってませんから!」
「満面な笑みを浮かべながら遠まわしに取引してんじゃねぇか。 はぁ、わかったよ。 これが落ち着いたら何処にでも連れて行ってやるよ」
よっしゃッ!!
―――と小さくガッツポーズを取るテレサだが、グレンはそれをスルーして地面に描かれてある円状の中心に歩く。
『ほぅこれは・・まさか本当に出来ると言うのですか。 テレポートが!』
由紀が持っている布にくるまったガラスからカガミが驚く様子の声を上げる。
「さっきも驚いてたけど、そのテレポートってそんなにスゴイ魔法なの?」
『スゴイなんてものではありませんよ。 私達は今、伝説の魔術を目の辺りにすることになるのですから!』
いつになく興奮気味なカガミは由紀にあっちやこっちに鏡を見えるように映してもらうように指示を出すが、途中から面倒くさくなり布にしまってやった。
「テレポートはその昔、勇者と魔王という存在が揃っていた時代にあったとされている伝説の魔術だ」
発明したのは初代魔王であり、世界中に魔族達をテレポートで送り人間を襲わせたと伝わっているらしい。
「そしてそんな伝説な魔術を扱う唯一の人物がこいつ、テレサだ」
「あはははは~! なんだか照れますな~!」
身体をクネクネと動かしておもむろに照れた様子を見せるテレサだが、グレンは何事もないかのようにスルーする。
それがショックだったのかテレサは「せんぱ~い」と若干肩を落として落ち込んだ。
「だけどこの事を知ってるのは俺ともう2人、テレサと同期の職員とギルド長だけだ」
「どうして? そんな凄い魔術を扱えるならこんな田舎じゃなくてももっと待遇が良い所に行けたんじゃないの?」
「まぁ、個人的な事情ってやつだ。 だからお前さんもこの事はなるべく他の奴には内密で頼む。 鏡の向こうにいるお前さんもな」
「分かったわ」
『心得ました』
一通りの説明と紹介も終え、由紀達はテレサが地面に描いた円状、魔術式の中に集まる。
「それでは準備は良いですか? もしかしたら少し酔うような感覚に襲われると思いますがそこはご了承くださいね」
テレサは長い杖を両手で握り絞め祈るように目を瞑る。
すると魔術式が徐々に光出し、次第に蛍のように粒子が浮かび上がってきた。
――道ハ遠ク 目的ノ地ハ最果テの場所
――異界ノ門ヲ開キ 道行ク我ラヲ導キ給エ
――【 テレポート 】
そうして由紀は辿り着く
愛しく想う相手がいる元へ
 




