第67話 アンナの気持ち
「・・・」
「・・・」
とある都会のある一室にて、ベッドの上で気持ちよさそうに眠っている少女を間に挟みお互いに背中を向けて一言も会話をしないアンナと正樹の姿があった。
正樹は何か会話を見つけようと必死に考えながらもチラホラと頭の隅に思い浮かぶ煩悩と戦いを繰り広げていた。
一方、アンナの方は完全に体全身を隠すように身を包み全く動かなくなってしまいどんな表情をしているのか分からない状態だ。
(考えろ・・いや、変な意味じゃなくてやましい事を考えずにこの状態に原因を考えるんだ僕ッ!)
何故このような居心地の悪い空間が出来上がってしまったのか。
そもそもの原因と言えばここがいわば大人の男女が一夜を過ごす場所でもある宿泊施設でない事を把握できていなかったアンナもアンナだが、その前に何故アンナの私服が急にコスプレみたいな服装に変化したかという事だ。
メイドからナース服、それにビキニ水着や猫コスチューム。
どれも確かに正樹本人が思い浮かんだものばかりだ。
つまり、正樹が思い浮かんだが服がそのままアンナの服に変化した事になる。
だがそんな事が何故起こったのか原因がまったく分からない。
このままではアンナは掛布団にくるまったまま顔を出さないだろう。
そこで正樹はある1つの提案を思い浮かんだ。
「そうだアンナ。 僕がこの部屋から出れば問題ないんじゃないか?」
「え?」
正樹の突然の提案にさっきまで微動だにしなかったアンナがピクッと反応した。
「何故かはわからないけど僕が想像して思い浮かんだ服装がアンナの服に変化されるっていう事は僕が近くにいるから発動する事なのかも知れないし。 だったら僕がこの部屋から退出すれば――」
「だ、ダメです!!」
ベッドから立ち上がり説明しながら扉へと向かおうとした所で、掛布団を床に放り投げる形でアンナが飛び出してきた。
勢いあまって正樹の背中に抱きつくような形へとなり、背後から感じる女性特有の温かみで思わず顔が真っ赤になるのが分かる。
「あ、あああアンナ?」
心臓の鼓動がこれまで以上に早くなり、身体が硬直して振り向く事もままならない状態で振り絞った呼びかけもアンナは反応せずに背中から抱き着いた形で離れる様子がなかった。
「・・・初めてだったんです」
「な、なにが?」
「あの小さな街から離れる事が、です」
「初めて」という言葉に一瞬別の意味の勘違いをしそうになったが、その後の言葉と落ち着いた口調から逆に落ち着きを取り戻した正樹はアンナの声に耳を傾ける。
「私は生まれてから1度も生まれ育った家から外に出た事がありませんでした」
「生まれ育ったって、いわゆる魔王城?」
「どうでしょうか・・実は自分の家がどんな形をしていてどんな構造をしているのかもイマイチ把握できていませんでしたから」
それは一体どんな環境で育ってきたのだろうか・・。
家の構造と言えば城となれば広くて把握できないという話ならまだ理解できる。
しかし城の形状さえ分からないとなるとまるで城から1度も外に出た事がないと言っているようなものだ。
「あそこではただこれからの魔族の世界についての基礎知識や魔術を毎日部屋で勉強して、ある程度の魔法を習得する特訓を繰り返していただけでしたから」
そんな同じ事を繰り返す毎日の中で突然、先代の魔王であるアンナの父が命を引き取ったという。
「原因は分かっていません。 あの頃も今も魔族には生命の死という概念が無いに等しい為、父が死んだことに対して誰も気にしていませんでしたから。 気にしていたとしたら魔王の後継人です」
そこで先代の魔王の血が引き継がれているアンナが齢12歳という年齢で魔王を引き継いだ。
当初はまだ幼いアンナが魔王である事によく思わなかった魔族達が大勢いた為に反乱や内戦が起こったらしいが当時のアンナはそれは恐ろしく強く幼い年齢でありながら力だけではすでに先代の魔王を超えていたらしい。
「それから私の身の周りの世話をしてくれていた魔族達の力も借りて私は魔王の座を引き継いだ日から4年かけてほとんどの魔族をまとめる事に成功しました」
「凄いじゃないか。 たった4年で同種族をまとめ上げたんだろ? 誰にでも出来る事じゃないよ」
しかもまだ自分達と対して変わらない年齢でありながらもすでにそんな事をやり遂げてしまっているアンナに賞賛の言葉しか出てこない。
「しかし、そんな私の結果をすべて水の泡となって消えてしまった事態が発生してしまいました」
それがアンナが魔王の力をほとんど失ってしまったきっかけとなった神の襲来だ。
「一体何故、あのタイミングで神が急に地上へと降り私達魔族を襲ってきたのか今も分かりません。
私は神と戦い敗れ力を失い、まだ幼い弟を王座へ引き渡す形であの街にある小屋に身を隠す事になったんです」
それでも魔王城からの形状を見る事は出来ず、アンナはある魔族の1人に一瞬であの森にある小屋へと移動させられ、それから暮らすようになったのだという。
「だから私が知ってる唯一の外の世界というのがあの森に囲まれた小さな街だけなんです。 人間が平和に暮らして、お店があって、道具が売ってあって、色々な動植物と触れ合える。 それが今まで私の知ってるすべてでした」
しかし、そんな小さな世界が一瞬で崩れる出来事が起きた。
それが正樹と由紀という存在だ。
初めて自分以外の誰かに事を作った。
初めて人の服を洗濯する事になった。
初めて身内以外と一緒に寝泊まりする事になった。
初めて誰かと買い物をした。
初めてクエストを受けた。
初めて知らない森の土地を探索した。
そして――初めて友達が出来た。
「本当に、本当に正樹様達と出会ってから楽しい日々なんです。 今まで感じた事が無かった気持ちが沢山感じられるようになったんです。 だから正樹様や奥様・・いえ、由紀様達と出会えて初めて体験する事が多くありました。 そして今回の事も」
「あぁ、まぁ確かに鏡の世界に放り込まれるっていうのは誰も経験した事ないだろうしなぁ~」
「それも確かにありますが・・・その、このような旅行? のような宿泊するという事が初めてなんです」
「・・あぁ、それで・・」
確かに知らない土地で一夜を過ごす事になったというのに、何故かいつも以上にアンナのテンションが高い理由がすべて繋がった。
だから自分の服装が最初メイド服になっても驚くどころか逆にテンションが上がってあれほど楽しそうにしている訳だ。
「で、ですからね! 正樹様!」
「は、はいッ!!」
急に声を張り上げて名前を呼ばれた事で思わずピンッと背筋を伸ばして立つ正樹に対して、アンナはゆっくりと抱きしめていた正樹の背中から離れる。
そこでゆっくりとアンナの方へ振り返ると、アンナは頬を少し赤らめて上目遣いで正樹を見上げる。
その仕草はあまりにも破壊力が強く、男子であれば誰だろうと胸を貫かれる魅力が解き放たれている。
さっきまで落ち着きを取り戻していた心臓の鼓動が再び早くなり顔が火照り謎の緊張感が全身に感じる。
これではまるで、告白されるような雰囲気と似ていたからだ。
そんな時だ。
頭の中で何かテレビのノイズのような物がザザッと一瞬だけ映像が映った。
映った映像には顔が見えない制服を着た少女と何処かの建物の裏に2人で向かい合っているシーンだ。
『あの・・私!』
「あの・・私!」
映像の女の子とと目の前にいるアンナの動きと声が同時に同じ動作で動く。
まったく同じ動きで同じセリフを言っているせいか、アンナの服装も映像に映る女の子と同じ服装へと変化した。
由紀が来ていた制服とは別の制服で、恐らく何処か女子高であろう独特な服だ。
アンナの口が次の言葉を発しようとした、その瞬間だ。
コン・・・コン・・コン・・・
ゆっくりと、だけども少し力強いノックが部屋の中に響き渡った。




