第59話 昔話①
―――昔々。
―――まだ神と呼ばれる存在がなかった時代。
ある小さな村で一軒の家に人が集まって物珍しそうに1人の女性を注目していた。
その女性は淡いピンク色の長髪をして瞳も大きく老若男女問わず惚れ惚れとする姿をしていたそうだ。
そんな彼女はある日、川で洗濯をしていた1人のお婆さんに声をかけられた事で家に招き入れられた。
お婆さんはピンク色の髪をした女性に最初は興味本位で通り過ぎていくのを眺めていただけだったのだが、草履も履かずに裸足で歩き、真っ白な和服を1枚身に纏っていた彼女を心配した事で、一休みする口実で家に招き入れた。
一方、山に芝刈りへ行っていたお婆さんの旦那であるお爺さんが戻ってきた。
家の周辺に多くの村人達が囲うように集まっている事に驚いたお爺さんだったが、人混みの隙間を掻き分け家に入ると見た事もないピンク色の髪をした美女を目の当たりにして更に驚いた。
その様子を見てクスクスと笑うお婆さんはお爺さんに事の事情を話す。
確かに一見美しい容姿をしている女性であるが、服が何日も洗っていないようにボロボロだった。
お爺さんは女性が心配だというお婆さんの気持ちを汲み、しばらくの間この家に泊まる事を提案した。
しかし
ここでお爺さんとお婆さんは困った事に気が付いた。
女性はここまで声を一言も発しないのだ。
名前を聞いても、何処から来たのかと聞いても何も答えず、稀に首を傾げたリ頷いたりという仕草をするだけだった。
お爺さんとお婆さんは思った。
もしかしたら彼女は声を出せないのではないのかと。
その事実に優しい老夫婦は更に彼女の事を心配するようになった。
◇ ◆ ◇ ◆
女性が老夫婦の家で暮らすようになって1年が過ぎた。
最初は物珍しそうに女性を眺めていた村人達も見慣れてしまったのか今では普通に接し、中には求婚を申し込む村の男達まで現れた。
しかし女性は男達の求婚をすべて断り続けた。
『桃やい。 お前さんもそろそろ誰か良い人を見つけて伴侶を見つけたらどうだい?』
そう声をかけたのはお爺さんだ。
【 桃 】というのは女性の名前だ。
桃のように綺麗なピンク色の髪の事から言葉を発しない彼女に名前を付けた。
どうやら女性も気に入ってくれているようで名前を呼ぶと微笑みながら振り向いてくれる。
『お爺さん。 まだいいではありませんか。 桃もまだまだ若く綺麗なんですからその内良い人の1人や2人連れてきますわよ』
『そう思うけどな・・・うん? いやいや、待て待て婆さんや。 流石に2人はダメじゃよ? 連れてくるのは1人じゃよ?』
『あら、こんなに綺麗で可愛らしいんだから周りの男達が黙っていませんよ~』
『だ、ダメじゃダメじゃ!! いくら何でもそれは良くないと思う! ふしだらじゃ!』
『何を言ってるんですかお爺さん。 私だってお爺さんと出会う前は男の1人や2人に同時に求婚を迫られて―――』
『ワーーーッ!! ワーーーッ!! 聞こえない! わしゃ何もきこえなーいッ!!』
お爺さんはお婆さんの若かりし頃の話を聞こえないように両耳を塞ぎながら大声で叫び壁と対面するような形で座り込んでしまった。
その様子をお婆さんはクスクスと楽しそうに笑う。
『まぁ、私の話は置いておいて。 そんなに焦る必要なないと思うわ。 貴女は誰が見ても美しくてとても素直で優しい子よ。 それは1年間も共に暮らしてきた私達が保証するわ』
お婆さんはそう言いながら桃の手を優しく包み、優しい笑みを浮かべる。
その表情に桃のニコッと笑みを浮かべ小さく顔を縦に頷いた。
◆ ◇ ◆ ◇
桃が老夫婦と暮らすようになって更に1年が経った頃。
ある噂が村中に広がっていた。
その内容と言うのが桃が動物と会話しているという噂だった。
時々お爺さんの芝刈りを手伝いに山へ入った桃が、猿や犬、そして雉といった動物とまるで意思疎通している様子が同じく山へ狩りなどをしている村人に幾度となく目撃されていた。
最初はそういう風に見えているだけなのだと誰もが思っていたが、猿や犬や雉がまるで桃の言葉を理解したように頷く様子や何かを報告するように吠えたりする仕草を見て村人達は桃が動物と会話していると話が広がって行った。
『いいわね~動物と会話が出来るなんて』
村人達から聞いたお婆さんが最初に口にした言葉は羨ましいという事だった。
『そうじゃな~。 犬とか何を考えているか分からん時があるが、確かに動物と会話が出来れば楽しそうじゃしな~』
『いいえお爺さん。 そんな事はどうでもいいんですよ』
『うん? じゃあ何がそんなに羨ましいんじゃ婆さんや』
『だって動物と会話が出来るんでしょ? それなら狩りをする時に動物達が何処に逃げるのか聞き耳を立てれば楽に狩りができるじゃない』
『うん・・うん? まぁ確かに楽になるとは思うが、なんとなく狩りにくくないかい?』
『どうして?』
『どうしてってそりゃ~動物達だって本来は死にたくないんじゃろうしな。 もしも「殺さないで!」とか「死にたくない!」とか聞こえてしまったらどうしても狩りがしにくくなってしまわんか
?』
『生きる為ですもの。 仕方がない事ですよお爺さん』
『う、うむ。 確かにそうなんじゃが―――って待て待て待て。 待ちなさい婆さんや。 弓と短剣なんて持って一体どこへ行こうというのかな?』
『待っていてくださいなお爺さん。 今日の晩御飯は豪華にお肉にしましょう。 さ、行くわよ桃』
『笑ってない。 目が全然笑ってない! まるで獲物を狩る獣の目じゃよ婆さんや!! そして何故に桃も乗り気なんじゃ!』
その日は村全員で美味しく獅子鍋を食べたそうだ。
そして何故か爺さんはガクガクと震えながら壁に向かって座っていたらしいが、その理由は村人は誰も知らない。




