第44話 禁忌目録
天井が崩れ落ち、瓦礫と共に落下してきたのは正樹の恋人である由紀だ。
「由紀ちゃん?!」
「――ッ! 正樹さん!!」
名前を呼ばれ正樹の存在に気が付いた由紀は一目散に正樹の元へと急落下して勢いを殺さずに抱き着いた。
「ガハァッ!!」
「ま、正樹様ぁぁああああ!!」
まるで残像を残して吹き飛んでいった壁に衝突した正樹にアンナは思わず悲鳴を上げる。
一方、吹き飛んだ勢いで星が見えている正樹の胸元にはこれでもかと言わんばかりに抱きしめている由紀がくっついている。
「正樹さん正樹さん正樹さんッ! あぁ、よかった。 もう離れない! 絶対に絶対に離れない!!」
「ゆ、由紀ちゃん・・わ、分かった・・分かったから、ちょっと、手加減・・して」
まるで遠距離恋愛をして1年ぶりに再会したようなリアクションを取る由紀だが、飛ばされた勢いと今も背骨がボキボキと鳴るほどの強さで抱きしめられている正樹は気絶寸前の状態だった。
「お二人共。 感動の再開をしている所申し訳ありませんが、警戒してください」
コントのような再開を果たした正樹と由紀に対して、カガミはフラフラと立ち上がりながら崩れ落ちてきた天井と一緒に落下してきた物を見る。
それは咆哮を上げて暴れる女神像。
・・・そしてその足元から起き上がってきた老婆だ。
「なにあれ?! でかっ!!」
「正樹さん気を付けて。 あの像は大した事はないけど、あのお婆さんは不死身よ」
「へ?! 不死身ッ??」
正樹から離れる様子を見せない由紀は老婆を睨みつけながら説明をする。
「ハ・・ハハッ! なんじゃ・・そんな所にいたのか器よ。 さぁ・・我にその身体を渡せ。 我は・・世界一の美女に・・」
全身から血を流して今にも死にそうな老婆だが、ニヤリッと笑みを浮かべながら足を引きづって由紀に近づく。
「女王陛下」
「・・・ん? なんじゃ。 貴様もいたのか魔術師よ・・」
その間に割って入ったのはカガミだ。
「それなら好都合じゃ。 ほれ。 目の前にお主が占った世界一の美貌を持つ女がおるぞ。 貴様は言ったな。 器があれば我を世界一の美貌を手に入れる事が出来ると」
「・・・」
「ようやくじゃ。 ようやく千年という長い年月の末に、我の宿願が叶えられる! さぁ魔術師よ。 早く・・我に、美貌を・・」
「・・・女王陛下。 恐れながら、申し上げます」
カガミは自分の顔に触れ、老婆の顔を鏡に映しだす。
「鏡よ鏡。 世界で1番醜い者を映し給え」
「な、なんじゃ? 何を言っておる魔術師よ。 世界で1番醜い者じゃと? そんな物を占って一体何が言いたいのいうのじゃ」
「まだ、分かりませんか。 女王陛下」
カガミの顔に映しだしているのは未だにしわくちゃの顔をした老婆の素顔・・ではなかった。
「な、なんじゃこれは? なんと醜い。 腐った肉がついた骸骨の顔が映っておるぞ。 早くその見て耐えぬ顔を仕舞え魔術師。 そんな事よりも一刻も早く我の器を――」
「・・よく、見てください女王陛下」
―――これが、今の貴女の素顔です。
「・・・・・・・・・・・・はっ?」
カガミの発言に老婆は身体を硬直させた。
「な、何を言っているのじゃ魔術師よ。 これが、このお主の顔に映っている化け物が我の顔・・だと?」
「ハイ。 その通りでございます」
即答するカガミに対して、老婆は一度鼻で笑うと腕を上下に振り、背後で暴れる女神像でカガミを正樹達のいる壁際まで吹き飛ばした。
「カガミッ!!」
「~~ッ!! だ、大丈夫・・です。 私も一応、不死ですのでッ!!
「ハッ?!」
女神像の攻撃を防いだ際に折れた右腕が徐々に治っていくのを目の当たりに正樹は息を飲む。
確かにさっきの説明で千年前から賢者の石を探していたと言っていたが、あれはただたんに寿命が長いとかいう話ではなかったのかと正樹は考える。
まだこの異世界の常識という物を理解しきっていない正樹は未だ何処かでアニメやラノベのような設定がこの世界にもあるものだと思っていたからだ。
だから、さっきのカガミの説明を聞いても千年間生きていても不思議に思わなかった。
「さて、目は覚めたか? 魔術師よ」
老婆はさっきまでの異様な執着のような感覚が消え、まるで虫を見下すような視線でカガミを睨みつける。
「我はこれまでお主の占いを信じてここまで来た。 この我が占いなどを信じるのは誰でもないお主だからだぞ? 魔術師よ」
「それは・・光栄です。 女王陛下。 ただの旅をして日銭を稼ぐためにやっていた私の占いをそこまで評価して頂き」
「阿呆。 そんな理由で貴様をそこまで評価するわけなかろうて」
老婆は片手に持っていた本をカガミに見せるように持ち上げる。
「この世界には禁忌と呼ばれる魔術書が全部で12冊存在しておる。 この1冊もその1つ。」
カガミを攻撃してから動かなくなっていた女神像はいつでも動き出せるような態勢で狙いをカガミに合わせているのが分かる。
老婆は杖をつきながら一歩、また一歩と近づく事に由紀はいつでも反撃出来る態勢を取っていた。
「全部で12冊ある禁忌の魔術書を人々は恐れ【 禁忌目録 】と呼ぶようになり、次第にその存在は御伽噺に出てくる存在となった」
ゆっくりと近づいてきた老婆がカガミと手を伸ばせば届く範囲まで近づいてきた所で由紀は確実に仕留める為に黒いオーラを老婆の頭を貫通させた。
「無駄じゃ。 我の器よ。 お主の身体は必ず手に入れる故、しばし待て」
「~~~~ッ?!」
確かに由紀の攻撃は老婆の頭を貫通した物の、またも時間が戻るように空いた頭の傷は元に戻っていく。
「12冊ある禁忌目録にはそれぞれに名前通り、禁忌に相応しい内容が記されておる。 そして、我が持つ1冊の内容は―――」
「魂の自由、という本です」
老婆が最後に言おうとした言葉を先取りに発言したのは、いつの間にか女神像の足元まで近づいていたアンナだ。
老婆はゆっくりと首だけをアンナの方へと振り向き怪訝な顔をする。
しかしアンナはそんな事は気にもせず今は動いていない女神像にソッと触れた。
「貴女がどうやってその禁忌目録を手に入れたのかは存じませんが、バカな事をしましたね」
「・・・なんじゃ貴様は」
老婆はゆっくりと腕を上げ女神像の攻撃対象をカガミからアンナへと変更させる。
それに気づいた由紀は瞬時に女神像を攻撃する態勢を整え、正樹はすでにアンナの元へ走り出していた。
「目障りじゃ娘。 死刑じゃ」
そして魔女は躊躇いもなく腕を下ろして女神像をアンナに攻撃させる。
「アンナッ!!」
必死に助けようと駆け寄る正樹だが、どれだけ急いでも間に合う間合いではなかった。
由紀も黒いオーラで女神像に攻撃を仕掛けたが、威力が足りず破壊された女神像の腕は瞬時に復活してしまった。
迫りくる女神像の攻撃に、誰もがアンナが潰されてしまうと感じた。
―――ただ1人、カガミだけを除いて。
「【 エリクサー 】」
アンナが囁くような声で呟くと、女神像の動きが急に止まった。
その状況に理解が追い付かない老婆は細い目を大きく開けてアンナを見る。
「な、なんじゃ・・あの娘、一体何をしたのじゃ? あれではまるで――ッ!」
「真の魔王、みたいですよね」
驚愕の表情でカガミを睨みつける老婆にカガミはゆっくりと体を起こす。
「バ、バカな・・ありえん。 ありえんぞッ! あんな出鱈目な事が出来るのは御伽噺で語られる魔王だけじゃ!! 本当に存在するわけなかろう!!」
「それはどうでしょうか? 現に女王陛下も存在しないと言われていた不死に成れているではありませんか」
「そ、それは・・しかし、しかしッ!!」
まるで何かに怯えるように体を震わせ汗を流す魔女。
そんな魔女に対してカガミは自分の顔に触れ詠唱を唱える。
「 『鏡よ鏡 我こそは真実を観測する者 真実を語り視せる者 今ここに真実を映し給え』 」




