第20話 女神の加護
「由紀ちゃん?!」
木陰からユラリッと現れたのは正樹の恋人である由紀だ。
遠目からでも分かるほどの黒いオーラを体中から発生させて一歩ずつ近づくに度に周囲の草木が枯れ果てて言っているのが分かる。
正樹の目の前にいる白髪の女性も由紀には気付いたものの、あの様子の由紀を見て他人事のように「あらあら」と眺めている。
「ゆ、由紀ちゃんちょっと待ってッ! これはその――ッ!!」
すぐにでも白髪の女性から離れてこの状況を説明しなければならないのに、身体は何故か誰かに掴まれているかのように動かず、その場で説明しようとしたら白髪の女性に口元を指で止められてしまった。
「どうも~。 こんにちは~」
白髪の女性は由紀に向かってひらひらと手を振って挨拶をする。
あの悪魔のような由紀を見て何故これほどまでに余裕な状況でいられるのか・・・。
「貴女・・・誰?」
由紀はカクンッと壊れたロボットのように首を横に向け白髪の女性を睨みつける。
「私ですか~?」
白髪の女性はチラッと正樹を見ると頬を染めて、照れるように両手を頬を添える。
「私はこの方の―――婚約者です」
白髪の女性は嬉しそうな表情で1人浮かれると、何処かで大きな糸が勢いよく千切れるような音が聞こえた。
その瞬間、由紀から溢れ出ていた黒いオーラは急激に増え、一本の黒い柱のように空まで登っていった。
由紀の周囲にある草木は枯れるだけでなく灰となり消滅して、小川に流れる水は泥のようにドロドロに変化する。
そんな環境が徐々に広がっていく様子は、まるで世界が滅んで行くような光景だ。
「誰が・・誰の・・婚約者ですって?」
「あら? 聞こえませんでしたか? 私はここにいるマサキの婚約者です!」
白髪の女性はまったく悪びれた様子もなく今にも殺しにきそうな由紀に笑顔で答えると、未だに身体が動かせない正樹の腕に抱き着くようにしがみつく。
「ちょっ!?」
「あらあら? どうかしました? もしかして私が密着したから照れてます?」
白髪の女性はクスクスと無邪気な子供のように笑うと更に身体を密着させてきた。
小川近くで寝ていた時も遠目から見て思ったが、この女性はかなり豊満な胸部を持っているようで、由紀が身体を密着させてきた時よりも柔らかい感触が腕を包み込むように埋まる。
本来そんな状況であれば照れる状況なのだろうが、今の正樹はそんな事を気にしている様子はなかった。
今にも阿修羅に進化しそうなほど切れた由紀をどうやって落ち着かせようかと必死に考える。
「今更照れなくてもいいのに。 先ほどは私を強く掴み放さなかったではありませんか」
腕をな!
あれだけ指をさされて死にそうな状況が続けば嫌でも指をさされる事が理由である事は明白でしょうがッ!!
わざと煩わしい言い方をする女性に反論しようとするが、その話を聞いた由紀が女性から正樹へと視線を変える。
「・・・へぇ・・・・」
待って!
そんな闇落ちしたような真っ黒な瞳で見ないでッ!!
誤解なんです!
大声で全否定したかったがいつの間にか声も出ない事の気付く。
視線を白髪の女性に向けると体を密着させながら正樹に指をさしている。
(クソッ! 何なんだこれはッ!)
この異世界にやってきて約1ヵ月は経とうとしているが、正樹はまだスキルや魔法という存在にそこまで詳しいわけではない。
ゴブリン討伐クエスト時に少しだけアンナに魔法の事を聞いた事はあるが実際に見たわけでもないから、白髪の女性が魔法を発動させているのか、それともスキルを発動させているのか全く分からない。
「あぁ・・本当に愛しい人・・・」
白髪の女性はソッと正樹の頬に手を添える。
「私のスキルがこれほど通用しないのは貴方が初めて」
まるで初恋の人と再会したようにいうっとりとした表情を浮かべる彼女は、さっきまで正樹を殺そうとしてきた女性とは思えないほど別人に見える。
そして女性はこんな状況で目を閉じてゆっくりと唇を正樹に近づけていく。
(まずいまずいまずいまずいまずいッ!!)
女性が何をしようとしているのか一目で理解したのは良いが、逃げようにも身体がまったく動かず避ける事もできない。
どうする事も出来ず、思わず正樹は目を閉じた。
その瞬間、由紀の限界が超えた。
「 死ね 」
声を聞いただけで恐怖を感じるような低い声で一言呟くと、黒いオーラが影のように地面に沿って白髪の女性に攻撃をした。
黒いオーラが通る場所すべてが灰と化して、見ただけでそれがどれだけ危ないのか分かる。
そして、黒いオーラが白髪の女性に触れようとした時だった。
黒いオーラは白髪の女性に触れることなく一瞬で蒸発するように消えたのだ。
それだけでなく黒いオーラが通って灰となって消えた場所からは草木が伸び花が生え緑が戻った。
「・・・あらあら。 これはまた随分なご挨拶ですね」
唇が付きそうなギリギリの所で女性は止まり、名残惜しそうに正樹から離れる。
「随分と人外な力をお持ちのようですが、そんな人に害成す力は私には効きませんよ?」
白髪の女性は髪を梳かしながら一歩前に出ると腕を組み由紀と対峙すると、由紀の周囲で枯れ果てた草木や泥となった小川に指をさした。
すると枯れ果てた草木は緑を取り戻し、小川も綺麗な水へと戻っていく。
その様子を由紀を驚きながらも白髪の女性を妬むような視線を向ける。
だが、白髪の女性はそんな視線を向けられてなお余裕の笑みを浮かべながらスカートを少しつまみながら軽くお辞儀をする。
「私は由緒正しき王族の血を引き継ぐ者。 そして女神の加護を持つ聖女。 マリー・ホワイトと申します。 どうぞお見知りおきを」
由紀に置いて行かれたアンナは森の中からでも見える空に伸びる黒い柱を眺めていた。
「・・・絶対にやばい奴だと思う」
黒い柱を発生させている人物が今、どんな状況なのかなんとなく理解して近づくのが怖い・・。




