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ロイさんの鼻がヒクヒクと動いた。さっきまで焼いていたハンバーグの匂いが微かにだが玄関まで漂っているらしい。
「美味そうな匂いがするな。もう飯は食ったのか?」
「あ〜、いや、それが……。リンデルさんに新鮮なお野菜を頂いたので、お礼に作ったおかずを渡しちゃって。あはは」
何をやっているんだと呆れた視線が向けられるかと思ったが、そんなことはなく。
「なら、一緒に外で食わないか?」
と誘ってくれた。とってもありがたいお誘いではあるのだが。
「行きたい! ……て言いたいところだけど、明日のランチの準備の途中だから、すぐには家を出られなくて……」
残念だけどまた今度誘ってくださいね、と言おうとする里緒菜に被せるように、
「じゃあ、待たせてもらうぞ」
と玄関に入ってくるロイさん。
「え? あの、ご飯食べるの遅くなっちゃいますよ?」
「構わないさ。ほら、早く準備するんだろ?」
「は、はい!」
パタパタと小走りでキッチンに向かう里緒菜の後ろを、靴を脱いで勝手知ったる他人の家とばかりにスタスタとついていく。
ソファーではなくダイニングテーブルの方に腰掛け、小ぶりのハンバーグの並んだフライパンを火にかける里緒菜を眺めるロイさんの視線が何だかむず痒くて。
何か話さなきゃと焦る里緒菜に、ロイの方から話しかけてきた。
「四日後は幼稚園、休みだったよな?」
「へ? あ、うん」
急に話しかけられたせいで、若干声が裏返ってしまった。
「何か予定はあるのか?」
「う〜ん。特に予定はないけど、いつもみたいに適当に市場に行ったり図書館に行ったりしようかなって感じかな」
「少し遠出してみないか?」
「遠出?」
「ああ。リオナはまだこの国をよく知らないだろ? 案内してやるよ」
「え? いいの?」
前のめりに確認すれば、ロイさんが微かな笑みを浮かべながら頷く。
この世界に来て、出掛けるのは専ら市場と図書館と公園のみ。
平和だった日本と違い、土地勘のない自分が一人で遠出するなんて危なくて出来なかったけど、本当は色々見て回りたかった。
知り合いは少しずつ増えてはいるけれど、一緒に遠出出来るような友達はロイさんのみだ。
……て、私が勝手にそう思ってるだけかもだけど。
その唯一頼めそうなロイさんにはこれまでも散々お世話になっているし、せっかくのお休みを使わせてしまうのも悪いし。
多分だけと、彼は面倒見がいい人だから、お願いしたら二つ返事で了承してくれるとは思う。
でも、ロイさんはきっとすごくモテるだろうから。
いくら友人とはいえ、女性と一緒に出掛けたなんて噂にでもなったら迷惑を掛けてしまうんじゃないかって、お願いできなかった。
だから、ロイさんが誘ってくれるのが本当にありがたくて、嬉しくて。
「ロイさん、ありがとう!」
里緒菜は会心の笑顔を見せるのだった。