5
いつもより早く目が覚めた。
リオナと遠出する約束をした日から四日。今日がその日である。
……どれだけ浮かれているんだ、しっかりしろと己の頬をピリャリと叩く。
騎士の仕事は早番・遅番有りで休みが不定期なのだが、たまたま週末に休みが重なったので思い切ってリオナをデートに誘ってみたのだ。
……まあ、デートだと思っているのは俺だけだろうが。
花が綻ぶような笑顔で喜ぶリオナに少しの間見蕩れてしまったが、あの笑顔を見て誘って良かったと思った。
自分の意思とは関係なく突然違う世界に来ることになったリオナに、狭い世界でなくもっと広くこの世界のことを知ってほしい。
ここに来て良かったと思えるほどに、この世界を好きになってほしい。
そして出来ることならば、俺のことを好きになってほしい。
心から、そう思う。
トントンと玄関扉をノックすると、中からリオナの「は〜い!」という声が聞こえ、すぐにガチャリという音を立てて扉が開く。
「おはようございます!」
元気よく浮かれきった様子のリオナが可愛らしいと思うのと同時に、あまりの危機感のなさに少しだけ眉間にシワが寄るのが自分でも分かった。
「おはよう。リオナ、扉を開ける時は相手が誰かを確認するように言ったはずだが?」
「あ〜、ごめんなさい。つい浮かれちゃって」
少しシュンとしたように視線を下げる姿に思わずクシャッと彼女の頭を撫でる。
「何度も言わせないよう、次からは気をつけろよ?」
リオナは一度頷いてから、エヘへと笑った。
何だかんだ言いつつも、つい彼女には甘くなってしまう。
こんな姿を騎士団の奴らに見られたら、とんでもなくからかわれることだろう。
……まあ、そんなことをする奴らには特別メニューの特訓をするだけだがな。
今日行く場所だが、実はまだリオナには言っていない。
行き先も聞かずにニコニコと楽しそうに俺と一緒に馬車に乗り込む彼女に、信頼されているという喜びとは別に、信頼しすぎではないかという不安が滲み出る。
少し親切にしただけで簡単に騙せそうだ。これは後でしっかりと教えこまないといけないな。
とはいえ、せっかく楽しそうにしているところに水を差すようなことをするのも何だから、それはまだ後日ということで。
小一時間ほど馬車に揺られて着いた先は、週末のみ開かれるファーマーズマーケット。
祭りの露店のように様々な種類の店が並ぶそこは、市場ほど人の混雑はないが、飲食や物販の屋台が百以上軒を連ね賑わっている。
「うわぁ、朝からすごい人だねぇ!」
キラキラと瞳を輝かせてキョロキョロするリオナの手をキュッと握る。
「はぐれるといけないから」
などとそれっぽく言ってはいるが、ただ俺が手を繋ぎたかっただけだ。
端からゆっくりと店を見てまわり、途中美味そうな串焼きや飲み物なんかを買って飲み食いしながらまた店を見るのを繰り返していると。
半分くらい見たところで、指輪やらネックレスやらのアクセサリーを扱った店の前でリオナが立ち止まった。
「リオナもこういったものに興味はあるのか?」
「あら、私も女性ですから興味はありますよ?」
クスクスと笑いながらも、視線はしっかりとアクセサリーに向いている。
俺はこういったものの価値は全く分からないが、リオナが時々耳につけているアクセサリーはとても綺麗で繊細な形をしているので、きっと高価なものだと思う。
それに比べるとここに並ぶものは繊細さに欠けていて、リオナの好みに合うようなものなどないように思うのだが……。
ふと視線を上げた先の大きなリボンの髪留めが目に留まる。
『リオナに似合いそうだな』と見ていれば、店主がニヤニヤと笑みを浮かべて、
「これ、きっと彼女さんに似合いますよ〜」
その髪留めを勧めてきた。
「え?」と顔を上げてアクセサリーから俺に視線を向けるリオナの髪にその髪留めをつけてみる。
「うん、やっぱり似合うな」
店主に髪留めの料金を払うと、
「そんな、悪いよ。私が……」
慌ててバッグから財布を取り出そうとするリオナの肩に手を置き、耳元で囁く。
「男に恥をかかせないでくれよ?」
頬を赤く染めて何度も頷く彼女の頭をポンポンしながら、反対の手で彼女の手を握り次の店へと歩き出した。
「あの……ありがとう」
「いつも美味いもの食わせてくれる礼だ」
恥ずかしそうに礼を言うリオナにそう言えば、彼女が申し訳なさそうな顔をする。
「それなら、私だっていつも奢ってもらってるのに」
「なら、今度また照り焼きを食わせてくれ。リオナの作る飯はどれも美味いが、あれは格別だったからな」
奢ってもらって当然という顔をする女が多い中で、リオナはいつも自分で払おうとする。
まあ、男側も支払いは男がするものと思っているのでいいんだが、「ありがとう」や「ごちそうさまでした」の言葉を聞くと、同じ支払うにしても気持ちよく払えるというものだ。
「じゃあ、美味しい照り焼き作りますね」
「ああ、楽しみにしている」
次の約束も取りつけられたところで、残りの店を見てまわる。
時々目に入る髪留めについつい口許が緩んでしまうのを誤魔化すように、何度もキュッと口を引き結んでいたのは内緒だ。




