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八章 君影草の世界




「綺麗だな、お月様……」


 あの日死んで以来、私は殆ど眠らなくなった。まるで生きていた頃の不自由を取り返そうとするかのように。でも花達と過ごすには、夜は余りにも長い。


「ねえティー、いつもみたいに手入れして」

「一人じゃ無理だよ」


 子供の私には、まるで鈴蘭畑が地平線の果てまで続いているように見えた。

「こんなに広くちゃ、私が幾ら頑張っても終わらないもの」

 言いつつ屈み込み、退屈を紛らわせるために枯れた花達を取り除く作業を始めた。可哀相に。“銀鈴”達に何もかも吸われて、触れただけでパラパラ……跡形も無く崩れていった。

「お手伝いさんが欲しいなら連れて来ようか?」「何人ぐらいいるの?」

「そんな問題じゃない」

 厳寒だった今年の冬も、毎日手をかじかませながら大切に育てたのに……。甘いケーキで満たされたお腹にぽこっ、静かな怒りが沸く。


「―――どうして他の子達を枯らしちゃったの?酷いよ」


 ふとある事を思い出し、家へ向かう。世話用の道具が並ぶ物置からスコップを取って来て、目印の石の周りを掘った。予想通り。春の陽気に惹かれ茎を伸ばしかけたヒヤシンスの球根は、残らず腐り切っていた。

「去年掘り上げて植え替えたばかりだったんだよ?見てたでしょう?」

 たった一人で三日掛けて取り出し、陰干しして再び同じ日数掛けて埋め直した。本来ならそろそろ芽を出し、後一ヶ月もすれば満開だったのに。

「ティー?」「泣いているの?」

「五月蝿い!お願いだから―――少し黙っててよ!!」

 立ち上がり、両耳を塞いで村の外へ走る。とにかく遠くへ、“銀鈴”達の声の聞こえない所へ行きたかった。でも、


「何処へ行くの?」「手入れしてよ」「お水頂戴」「肥料も」

「嫌、嫌!!追い掛けて来ないで!!!」


 どれだけ距離を置いても無駄だった。何故なら鈴蘭達は―――この、私の身体の中にいるのだから。

「逃げても無駄だよ、おチビさん」「ティーの味方は宇宙で私達だけ」「だから戻って来なよ」

 不意に目の前の数輪が動いた。気付いた時には遅い。着地した靴に一瞬巻き付き、脚を取られる。


「きゃっ!」ドサッ!


 擦り剥き血が滲む掌が歪んで見えた。周りでクスクス……含み笑う声が聞こえてくる。

「あーあ、転んじゃったね」「慌てん坊なんだから」「世話をサボろうとした罰が当たったんだ」

 嘲りに、今まで堪えていた物がカッ、と爆発した。


「笑わないで!何が神様の花よ!?ただの人喰い植物のくせに!!」


 叫んだ次の瞬間、“銀鈴”達は一斉に爆笑した。


「馬鹿なおチビさん!」「四天使様に言われた事、もう忘れたの?」「私達、ちゃんとティーに恩返ししたじゃない」「あの夜生き返らせてあげたでしょ?」「そんな生意気な口聞いてもいいのかなぁ?」


「殺したいなら殺せば!?」

 売り言葉に買い言葉。星空を見上げ、大声を張る。

「さっさとお父さん達みたいな操り人形にすればいいでしょ!?」


 そうすればもう、あの人を思い出して胸が張り裂けそうになる事も無い。正気を失ってしまえば、殺す方もきっと気が楽だろう。

 すると、何故か花達は態度を一変させた。

「ごめんねティー」「怒らせちゃった?」「機嫌治して」「もう手入れしてとか言わないから」

 余りにも卑屈な雰囲気にピン、と来た。もしかして彼女達、私に何かあったら……死ぬの?本体、そうだ。だから下手に手を出せないし、テリトリーから出ようとすれば邪魔をする。裏を返せば―――死なない限り永久に一蓮托生って事。

 むっとしたままの私に、そうだティー!鈴蘭達が嬉しそうな声を上げた。

「私達、毎日一生懸命外の世界へ根を伸ばしてたんだ」「お世話が大変なんでしょ?」「ティーが少しでも楽になるように、一杯お手伝いさんを作ってあげるね」

「え?な、何をする気!?」

 凄く厭な予感がして、制止の声を上げようとした。


 ドオンッ!!「きゃっ!?」地面が激しく揺れ、思わずその場に座り込んだ。


 地震が止んだのを確認し、辺りを確認する。花畑は特に変化していなかった。

「一体何をしたの!?答えて!!」

 クスクスクス……“銀鈴”達は不気味な嗤い声を上げ、もうすぐ分かるよ、私達の心の籠もったプレゼント、と囁いた。


「ティー」





 振り返った先には、昼間よりずっと疲れた顔をしたハイネさんが立っていた。

「今の地震……やっぱり“銀鈴”が」

 辛そうに首を横に振り、棍を真っ直ぐ構える。

「聞いて下さい、ティー。―――燐さんはあなたを救おうと今、途轍も無い葛藤の中にいます」

 脂汗を流しながら話された内容はまるで遥か昔、出て行った母に読んで貰った絵本みたい。永遠の命を齎す石を宿した王子様、常夜の都、美しき赤の女王……そして石を狙う、恐ろしい怪物達。

「あなたは御存知ではないでしょうが“銀鈴”達もまた、“黒の燐光”を手に入れて完全体になろうとしています。現に“黄の星”では、あなたのお父さん達が襲って来ました」

 眉を顰め、頭を下げる。

「―――済みません」

 やっぱり死んでいたのか、父達は。自業自得とは言え、綺麗な顔をして天使様も酷い事をする。

「恐らく燐さんはあなたを選ぶでしょう。友人の皆さんや、同じ身体の小晶さんさえ裏切って」

 カン。武器の先で剥き出た狭い地面を軽く叩く。

「僕も助けたい感情は全く同一です。ですが……来るのが少し遅過ぎました」

「え?」どう言う意味?

「既に“銀鈴”の根は、聖樹の森のすぐ傍まで迫っています。先生の住まいの……ほんの数百メートル手前まで」

 背後で棍を持ち直し、腰を低く落とす。


「ティー。僕はあなたを倒して、先生を救います―――親友との約束を守るためにも」


 そう。そうだよね……とても正しい判断。大事な人の命が懸かっているんだもの。私だって同じ立場ならきっとそうする。

 自分でも驚く程頭の回転が速い。結論を出すのに掛かった時間は、たった一呼吸だった。


「―――それは困ります」


 今ならはっきり分かる。燐さんは、私なんかとは比べ物にならない闇を孕む人。だから……こうするのがきっと最善なの。

「私、死にたくない。もっと生きていたい。綺麗な服を着て、残飯でない美味しい物を食べて、沢山友達を作りたい。恋だって……折角燐さんと出会えたのに」

 ズキッ。神経などとうに失った筈なのに、胸が激しく痛む。嘘で僅かに残る良心が抉られたせい?


 ポロッ……優しき旅人は涙を零した。


「ええ、ええ……分かっているんです。悪いのは僕達で……ティーは巻き込まれただけの被害者だと」

「泣かないで下さい」

 思わず慰めの言葉を掛けてしまう。悲しまれる価値なんて私には、無い。

「私を殺すんでしょう、ハイネさん?私も―――あなたの命を奪うつもりでいきます」

「はい」グイッ、袖で顔を拭う。「手加減はしません。せめて―――苦しまずに逝かせます。それが僕の義務、ですから」

 友達同士なのに、どうしてこんな事になっちゃったんだろう……。  


「殺っちゃえ殺っちゃえ!」「この人、私達を何度も殺したの」「結構強いよ」「手伝おうかティー?」


「ううん、いい」

 願うだけで花畑の君影草が伸び、白い鈴が茎に巻き付いて鋭利なナイフが姿を現す。

「これは決闘なの。手出ししないで」


「そう?」「怪我しても知らないよおチビさん」「ま、球根さえ潰されなかったら何でもいいけどね」


 薄情な花達が好き勝手囃し立てる。こっちこそ、騒いで邪魔さえしなければどうでも良い。

 生まれて初めて浴びる澄んだ殺気に、危うく脚が竦みかけた。しかし辛そうな燐さんの顔を思い浮かべれば震えは止まり、恐怖は残らず吹き飛んだ。死した心臓に戻る、温かく切ない魂を感じた。

 大丈夫、やれる。ううん、やらなきゃ。あの人のために―――!


「―――行きます」「ええ」ザッ!!





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