五章 偽りの文
「おい!お前等、何げぇっ!?」
村を離れ数分。騒ぎ出した奴の咽喉を三節棍が塞ぐ。
「それはこちらの台詞です。あなたこそ何者ですか?警官、ではなさそうですが」
「お前等みたいな得体の知れない連中に誰が名乗るか!」
ご尤も。だが一つ言わせてもらえば、怪しいのはこの童貞坊やだけ。お前等、は間違いだ。
するとハイネの奴、何故か残念そうに首を横に振った。
「撤回して頂けるならお願いします。得体が知れないのはこちらだけだ、と」外した片手で俺を指差し、「燐さんと違って、僕はただの健全な一般人です」
「あぁ!?喧嘩売ってるのか手前!!」
「昨夜の肉屋の店主も、まるでカツアゲされる学生とヤクザみたいな目で見ていました。どう考えても総合的に怪しいのはそっちです」
「違え!それ言うなら宿屋では女みてえな俺に金を払わせて、後ろで偉そうに棍振ってる手前に怯えてたぞ。末恐ろしいヒモ小僧だってな!」
「いや、それって単に両方不審がられてたんじゃ」
ガンッ!バンッ!「あいたっ!!」
「こんな時だけ変に中性アピールしないで下さい。大体小晶さんならともかく、燐さんはどう足掻いても男性にしか見えません。―――とにかく僕は普通の旅人です」
「なら俺は極普通の市民だ」
互いに邪魔者の脳天へ振り下ろした拳を収め、肩を竦めてみせた。
「喧嘩していても仕方ありません。極々普通の良識的武芸者として、これぐらいで止めておきます」
「ああ。極々々普通で常識人、容姿端麗品行方正な俺も今丁度そう考えていた所だ」
改めて二人で男に向き直り、話を続ける。
「手前、警察でないなら大方聖族政府の人間だろ?―――何だ、図星かよ。チッ、斑顔の命令か?」
「?いや、僕は昨日、この街の警察から行方不明者捜索を依頼されて」
女々しく頭を擦りつつ答える。
「成程。つまり又隣の街の駐在所からいらしたんですね」
ようやく凶器の束縛から解放され、圧迫されていた肺で思い切り深呼吸した。
「こっちは喋ったんだ。お前等も洗い浚い教えてもらうぞ!それと財布の中身の弁償も」
「おいおい、命の値段だと思えば大分割安だぞ?」
そう言うと喰われかけた恐怖が蘇ったのか、大の男がブルブル震え出す。
「ええ。ああでもしなければ、確実に今頃“銀鈴”達の肥料行きでした」
小僧も加勢したがその後、思案顔で顎に手を当てた。
「しかし、確かに紙幣を全て渡してしまった僕等にも多少の責任はありますね。小銭入れは軽かったですし、街へ戻る馬車に乗るにしても」
「何折れてんだ貧乏学生。俺にんな金無えぞ」
捜査中の食事代は全部俺持ちだ。その上更に返ってくる保証の無い金を貸す余裕などありはしない。
「僕だって宿代の前払いで殆ど残ってませんよ。ティーの事さえ無ければ、すぐにでも日雇いの仕事を探さないといけない状態です」
ガシガシッ。頭を掻く。
「じゃあ斑顔に黙って経費で落とせ、って電話でもしとくか?」
「いえ。ついでに起きた事を洗い浚い喋られたら困ります。ティーは……僕達が何とかしてあげないと」
確かにあの百戦錬磨、言葉巧みにこの間抜けから全てを聞き出しかねない。現在進行形で複数の行方不明事件が起きていると知れば、奴は意気揚々と大勢の調査員を派遣するだろう。
ふと思い付いたアイデアの不愉快さに、無意識に舌打ちが出た。こんな時にあの野郎を思い出すなんざ、俺も焼きが回ったな。
「おい。要は金が戻ればいいんだよな?―――あの子や俺達の事を他言無用にするなら、確実に返す所を紹介してやらん事もないぞ」
「燐さん、もしかしてあの人ですか?」
「ああ。ここからなら充分歩いて行ける距離だしな」
ハイネはしばらく悩んだ後、首を縦に振った。
「彼は口が堅そうです。エルシェンカさんへ秘密が漏れさえしなければ、僕は構いませんよ」
「じゃあ紹介してやるか。おい」
親切な俺達に対し、奴は酷い渋面で掌を突き出し制止する。
「しかし、あんな怪物をこのまま野放しにしておく訳には」
ガンッ!「ティーは人間だ!!」
頬を殴られた政府員がドサッ!地面へ叩き付けられる。口内を切ったのか、唇の端から血が流れ出した。
「ほ、本当の事を言って何が悪い!あの子は何の躊躇いも無く僕を殺そうとしたんだぞ!!きっと他の犠牲者の時も、まさか庇うつもりか!?」
「黙れ!!」
五月蝿い口を沈黙させようと放った蹴りはしかし、ガンッ!横から伸びた三節棍に阻まれる。
「止めて下さい、燐さん。あなたも」振り返って淡々と言う。「命が惜しいなら忘れる事です。―――行方不明者を一人増やしたくないならば」
「ひっ!」
おお怖。つくづく恐ろしい餓鬼だぜ。殴り足りないのは山々だが、今回は奴に免じて勘弁してやるか。
「わ……分かった、約束する!今朝の件は誰にも喋らない!絶対に!墓の下まで持って行く!!」
威勢の良い返事に、小僧は満足気な表情で頷く。
「ありがとうございます。では燐さん、彼の住所を」
「ああ。今一筆書いてやるから有り難く思えよ」
流石の変態野郎でも、いきなり訪ねてきた男にホイホイ金を渡したりは出来ないだろう。
ポケットの中にあった白鳩の手帳から一ページ破り、付属のペンの先を付ける。さて、事情を一切知らせず、手紙を持って来たこいつに金を渡させるには……そうだ。サラサラサラ、っと。
―――ウィルへ
突然の手紙ごめんね。実はこの男の人に二万を貸してあげて欲しいの。事情は後で話すから、お願い。 小晶 誠より―――
「完璧だ」
「大丈夫ですかこれ?」手元を覗いた小僧が眉を顰める。「本物の小晶さんなら、もっと色々と説明と謝罪を書きそうですけど」
「簡潔な方が却って詮索されにくいだろ。にしてもまーくんの筆跡真似るの結構疲れるな」右手をぶらぶらさせた。
「小晶さんらしい丁寧な字ですね」
「ほらよ、持ってけ」
男の胸ポケットに二つ折りの手紙を入れ、聖樹の森の場所を口頭で伝える。
「そう遠くないだろ?分かったらさっさと行け」
「あ、ああ……ありがと」
逃げるように駆け足で遠ざかる政府員を見つめていたハイネに、お前も行かなくていいのか、婆さんトコ、そう尋ねてみる。
「!?―――知り合い、だったんですか先生と……」
「ああ、一時世話になってた。今朝寝起きに、そういやんな名前だったなー、って思い出した」
聖樹の森の端に住む老婆、その年齢の割に若々しい表情を思い浮かべる。
「エルシェンカさんのお兄さんも近所なんですね」
「俺等もな。“銀鈴”の被害が拡大すれば、困るのは一緒って訳」
頬を引き攣らせながら、俺は努めて笑う。奴も同じ不気味な笑みを浮かべていた。
「では、次は何を調べますか?」
「そうだな……周辺への侵食具合。これ、大事だろ?」
「はい。では行きましょう」
卑怯者二人は自虐的な視線を交わし合い、再び街への道を戻り始めた。