四章 無知なる犠牲者
―――ねえ、どんなゆめをみているの?
微動だにしない身体を撫で、返事が無い前提で尋ねた。
まるで人形だ。胸の前に両手を置き、眠りながら何を祈っている?外の世界の平和?それとも大切な人達の幸福?
―――ばかなことはやめて。
あの永く冷たい暗黒の中、どれだけ願っても誰も助けになど来なかっただろう?―――希望なんて持っているだけ無駄なんだ。あの生命の無い星の瞬きや、魚一匹いないこの海に立つ波と一緒。
―――ねえ。あのこ、おなじなんだよ。なかまなんだ。
自分達と同質、凍り付きそうな死の香りはとても甘美だった。思い出すだけで冷え切った胸が強く疼く。
―――さんにんなら、きっともっとたのしいよね?
くすくす……。笑いは無意識の海水に溶け、静かに消えていった。
彼と遭遇したのは、幸せな夜の明けた早朝だった。
「君、この村の子?」
三十代の男の人。服の下に鎧を着ているみたいで、動く度に微かにカチャカチャ音がした。腰には剣も差している。
「良かったら村の中を案内してくれないかな?」
「いいですけど、何処に?」
「取り敢えず村長の家へ」
この人、街にある警察署の人?にしては制服を着ていないけれど。
案内されて村に入るなり、彼は目を丸くして周りを見渡した。
「へ、へえ……随分花だらけなんだね」
そう言うと、彼は自分の頬を抓った。確かに夢みたいな光景だろう。民家は蔦だらけだし、地面は一面の花畑。とても人が住んでいるとは思えない。
(やっぱり、何か変)
村が“銀鈴”で満ちて以来、この場所全体に軽い違和感を覚え続けている。前は決して感じなかった小さな喪失感。欠けているのは、一体何?
(外から来たこの人なら分かる?)
いや、止めておこう。完全に咲き乱れる“銀鈴”に目を奪われているもの。
「君以外に誰かいないのかな?大人の人は」
「数日前からいません」
嘘は言っていない。天使様が皆を連れて行ってしまったのだ。戻るかどうかすら分からないし、正直帰って来ない方が嬉しい。ココア以外にも私、お金や服を無断で拝借しているから。
「!?じゃ、じゃあ何で街の警察に連絡しなかったんだ?子供が一人って……」
「どうして?」
私はずっと独りだった。今更だ。
「だって、どう考えても事件だろう!?さ、取り敢えず僕と街まで来るんだ!」
無言のまま拒否すると、彼は勝手に喋り出した。
「もしかして御両親を待っているのかい?」誤解したまま顎に手を当てた。「そうか、お嬢ちゃんはまだ小さい。事態を理解出来ないのも無理は無いか」
分かった、男性は大きく頷いた。
「僕が警察の人を連れて来るまで、お嬢ちゃんは自分の家にいるんだよ?ここ数日、街でも謎の行方不明が相次いでいるんだ。だから」
「お兄さん、お花は好きですか?」
流石に目撃者を逃がす程、私はお人好しではない。
戻れないとも知らず、大人は質問に首を傾げた。
「あ、ああ。まあ、普通かな」
「そうですよね。大体皆そう言います」
ここはもう私、“銀鈴”のテリトリー内。仮令今すぐ振り返って全力でダッシュしても―――無駄。
「確かにこの村は花だらけだけど―――えっ!?何だこりゃ!??」
朽ちた家を取り巻いていた蔓草がこちらへ伸び、先端に白い鈴生りの花弁を咲かせる。
「新しい養分だよ、皆」
私が告げた瞬間、男性が零れ落ちそうな程目を剥いた。
「わーい!」「ありがとうティー!」
無邪気な声が村中から響き渡り、彼は腰を抜かして辺りを見回した。
「な、何だ!?誰かいるのか!!?」
「ええ。初めからいたじゃないですか―――花達が」
個人的な恨みや憎しみは無いけれど、誰かに村の事を知らされるのは困る。―――黒衣の死神以外の手に掛かるのも、嫌。
「ま、まさか行方不明事件の犯人って……ひっ!く、来るな!!」
鈍い人。警察官ではなさそうだけど、一体何者だろう?まぁいいか。殺してしまえば皆一緒だ。
「さようなら、お兄さん」
蔦が伸びる。不運な男の人は、村人達と同じく絶叫しながら地中に引き摺り込まれる、筈だった。
トントン。「おはよう、ティー」「っ!?り、燐さん!!」
愛する同胞は、昨夜と変わらず悪戯っぽい笑みを浮かべてすぐ背後に立っていた。
「探しましたよ」
反対側から現れたハイネさんが男性の肩を叩く。
「え……だ、誰だお前等!?もしかしてこの化物の仲」
「さ、行きましょう」
「あ、おい!何するんだ!!?」
棍で半ば羽交い絞めにして立たせ、私に一礼。
「済みませんティー。彼も僕等の友人なのですが、どうやら待ち合わせ場所を間違えたみたいです。朝からお騒がせして申し訳ありませんでした」
「おいハイネ。何なら誠意でも出させたらどうだ?ティーだって小遣い欲しいだろ?」
「え?い、いえ、私は別に何も……」
殺そうとしたのも忘れて拒否したけれど、それもそうですね、旅人は躊躇い無く友達(?)のポケットに手を入れた。
「あ、おい!」
草臥れた革の財布を開け、紙幣を数枚取り出す。
「運がいいぞティー。ほらよ。こいつで何でも好きな物買え」ウインク。「今日の花売りは休業だ」
お小遣いなんて一度も貰った事無い。でも、掌の上のお金が酷く身分不相応な事だけは分かった。
「で、でも」
「遠慮するなって。な?」高速で首を縦に振る男性。「ほら。あいつもああ言ってるし、受け取ってやってくれよ」
そこまで頼まれては仕方ない。母から貰った財布をスカートのポケットから取り出し、丁寧に仕舞った。
「じゃあ、またな」
「はい」ペコッ。「大切に使いますね、燐さん」
遠ざかる黒い背中へ、私は見えなくなるまで手を振り続けた。




