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終章 明ける夜と届かなかった恋文




―――ハイネさんの事は本当に申し訳ありませんでした。幾ら遺言で『ありがとう』と言われても、到底赦される事ではありません。彼も私の大事な友達だったのに……ごめんなさい。叶うなら、どうか御家族の元に帰してあげて下さい。


 あなたの事情はハイネさんから全部聞きました。だけど強い旅人さんも、燐さんの隠された暗黒までは見抜けていなかったようですね。


 魂が近しいからでしょうか、初めて会った時から感じていたのです。私よりも遥かに永い孤独で狂った、本当のあなたを。決して放置してはならない、“銀鈴”なんかよりずっと危険な意志。―――そしてその時、自分が出来る精一杯の事を悟ったのです。


 燐さん、どうか昼間の友人の方達と一緒に生きて下さい。愛するあの人達との絆だけが、あなたの狂気の昏い炎を消してくれる。私はそう信じています。だってあんなに仲が良いんですから。


 唯一の心残りは、あなたの愛情を裏切り、その闇を少しでも晴らしてあげられなかった事。もっと早く、出来れば普通の人間として知り合えていたなら……悔やんでも悔やみ切れません。


 さようなら。宇宙で一番大好きな、小晶 燐さん。

                                                 ティーより―――





「―――ばかなこ」


 クス、クス……花弁の吹雪の中、俺は無意識に嗤い声を上げていた。


 ビリッ!ビリッ!パラパラパラ……。


 破いた手紙ごと一際強い風に攫われ、愛する哀れな少女はようやく完全な自由を得た。自在に舞う姿は、あらゆるしがらみから解放されて喜んでいるようだ。


「あ、ちょう」


 “銀鈴”の呪縛を解かれ、ただの鈴蘭へ戻った花々の間を縫って飛ぶ、一羽の真っ黒で小さな蝶。それを見た瞬間、遅ればせながらこの場所へ感じた違和感の正体が分かった。―――蜜を吸い、新たな命の種を運ぶ生物の不在だ。

 手を差し出すと、そいつは躊躇いも無く指の腹に節のある脚を乗せた。冥府の色の羽根が震え、妙なる心地良い音を奏でる。その音色はまるで―――幼子のための子守唄。


「そうか……おまえもひとりぼっちか」


 応えるように触角がゆらゆら動く。素直で可愛らしい様は、まるで今し方消えたばかりの少女を彷彿とさせた。

「いいよ。そのときがきたらよんであげる」

 仮令二人きりの世界でも、寝かし付ける唄ぐらいあった方がいい。

「いっておいで」

 少しの間躊躇っていた蝶は、それでも羽根を広げ、雲で隠れ始めた月へ向けて飛び立つ。羽ばたきの余韻はティーへの鎮魂歌となり、静かに花畑へ響き渡った。


「ありがとう。またね」


 歌が止むのを待ち、俺は踵を返す。


「―――さて。そろそろウィルベルク達の所に戻るか」


 無意識に口端が上がり、嘲笑の形を取る。

 精々奴とその仲間達には四天使や粗悪な偽物共、邪魔極まりない“緋の嫉望”を持つ不死王を始末してもらわないとな。そして全ての役目が終わったら、今度は俺が直々に手を下してやろう。―――唯一の理解者が消えてしまった今、坊やと俺の世界に他の人間など必要無い。

「まーくんもそろそろ寝過ぎて退屈しているだろうし」

 ブワッ。歩き出した背を強い風が叩く。「ん?」振り返ったが、そこには当然誰もいなかった。





 ティー。


 俺はお前の存在を決して忘れない。救えなかった今日と言う日を、永遠に後悔し続けて生きていこう。


―――ほら、おきるじかんだよ、かわいいおひめさま。とってもすてきなげんじつがまっているよ……くすくすくす。


 だから何時か俺の手が世界を滅ぼし、大地が死に絶え、お前の愛した花々が残らず散り、世界から鮮やかな色が無くなってしまっても―――どうか愛する事を赦してくれ。






 

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