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夜間回収係の記録~絶対に中身を見てはいけない回収物~  作者: 釜瑪秋摩


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22/22

楽園

 農園に来て、一週間が過ぎた。

 朝は早い。

 日が昇る前に起きて、一日の準備をし、土や植物に触れる。


 決まった作業を繰り返すだけだ。


 外栽培の仕事もあれば、ハウス栽培の仕事もある。ときには家畜の手伝いに駆り出されることも。

 でも、どれも難しくはない。

 考えることも、ほとんどない。

 それが、心地よかった。


 余計なことを考えなくていい。毎日、穏やかな時間が流れている。

 ここでは、それが当たり前だった。


六郎(ろくろう)


 呼ばれて振り返ると、父がいた。

 軍手をはめたまま、軽く顎で合図する。


「新人が来るそうだ」


「……新人?」


「ああ。今日からだ」


 それだけ言って、先に歩いていく。深く考えることもなく、後を追った。

 農園の入口に、一人立っていた。作業着姿の見慣れない顔。


 ――初めて見るはずなのに、足が、一瞬だけ止まる。


「……あ」


 向こうも、こちらを見る。

 目が合った瞬間、胸の奥がわずかに揺れた。

 理由はわからない。

 ただ、視線を外せなかった。


「今日から入る、青葉舞日(あおばまひる)です」


 透き通るような声だった。

 どこかで聞いた気がするのに、思い出せない。


「……空木(うつぎ)六郎です」


 軽く頭を下げて返す。それで十分なはずなのに、言葉のあとに、わずかな違和感が残る。

 互いに名乗り合っただけの挨拶……なぜか、言葉が足りない気がした。


「六郎。今、お前がやっている作業を、青葉さんに教えてあげなさい」


「……わかった」


 まだ覚えたての仕事内容だけれど、教えられないほど難しい作業はない。彼女は頭を下げてから、俺を見た。


「よろしくお願いします」


「じゃあ……こっちに来て」


 それだけ言って歩き出すと、彼女は一歩遅れてついてくる。

 距離は、少しだけ空いている。近すぎず、遠すぎず。不思議と、その距離がしっくりきた。


「今日は、この区画の収穫をするんだ」


 はさみと籠を渡し、まずは、やってみせる。

 言葉で説明するより、わかりやすいと思った。


「こうやって……ここを切ったら、この籠に並べて入れる」


「はい」


 素直な返事だ。

 慣れない手つきで、ぎこちない動きが危なっかしい。

 それを見ていると、なぜか落ち着かない気持ちになる。


「……急がずに、ゆっくりでいいから」


 口から出ていた。

 言うつもりはなかったのに。


 彼女がこちらを見る。

 一瞬だけ目が合うが、すぐに逸らされる。


「……ありがとうございます」


 小さく返ってくる。

 その声に、また胸の奥に引っ掛かりを感じる。


 ――思い出せない。


 でも、知っている気がする。

 それが、少しだけ気持ち悪かった。


 言葉を発しないまま、作業は続く。

 土の匂い。

 水の音。

 風の気配。

 全部、ここへ来たときから変わらない。


 それでも――。


 隣に誰かがいるだけで、少しだけ違う。

 その理由は、わからないまま、時間だけが過ぎていく。


 昼休み。


 畑から少し離れた木陰で腰を下ろし、一息ついた。彼女は少し離れた場所に座っていた。距離は、やっぱり同じくらいだ。

 近すぎない。でも、遠くもない。


「……慣れた?」


 思わず声をかけた。


「まだ、少し」


 小さく笑うその表情に、胸がわずかにざわつく。


「……そっか」


 それ以上は会話が続かない。何を話したらいいのか……それとも特に話す必要などないのか……。

 ただ、この感覚を不自然とは思わなかった。彼女といると、沈黙が苦にならない。少し離れて隣に座る――それだけで十分な気がした。


 風が吹く。

 葉が揺れる音がする。


 その中で、ふと思う。

 俺は……この時間が嫌じゃない。


 ただ――なんとなく、心地良い。


 そう思った。



 ***



 農園の片隅に建つ管理棟の脇、大きな駐車場に俺は車を停めた。


「……変わらないな」


 車を降りて周囲を見渡すと、そう呟いた。


「ここは、そういう場所だからね」


 同乗者も車を降り、そう答える。


 そのまま、農園の中に入り、柵越しに作業を眺めた。

 遠くに見える、働く人影……その中の二人に、自然と視線が留まった。

 少しだけ距離を取りながら、並んで動いている。


「……問題はなさそうだ」


「そうだね」


 一番近くで作業をしていた一人がこちらに気づき、手を上げて呼びかけてきた。


玖瀬(くぜ)逆井乃(さかいの)!」


 同じように手を上げて応じる。彼は他の作業員たちに何かを指示を出すと、こちらへ歩み寄って来た。


「久しぶりだな、二人とも」


「ああ。元気そうだな」


「そっちも。今日はどうしたんだ?」


 泥だらけの軍手を外しながら、にこやかに笑う顔は、昔と変わらない。浅黒く日焼けした元同僚は、いかにも健康的に見えた。


「近くまで来たから、立ち寄ったんだよ」


「そうか。玖瀬も逆井乃も、相変わらず忙しそうだな」


「まあな。人手不足なのも変わらない。空木の方はどうなんだ?」


 そう問うと、彼は農園の方を振り返った。


「うん……こっちも高齢化で人手が足りなかったけど、最近、若いのが二人、入ったんだよ」


「それはいいね」


 逆井乃が答えると、彼は少し照れ臭そうに微笑んだ。


「一人は全くの新人さんでね。もう一人は、末の息子だ」


「息子さんが。それは心強いな」


「今のところ、真面目にやってくれてな……」


 最初は同じ職場に息子がいるのが気恥ずかしかったが、今は身内が一緒に働いてくれるのが、有難いんだと語る。楽しそうに話すのを、逆井乃も嬉しそうに聞いていた。


「六郎が、まさか玖瀬の所で働いていたなんて、思いもしなかったよ」


「だろうな。俺も驚いた」


「ここの人手不足を知っていたから、玖瀬くんは息子さんを泣く泣く手放したんだよ」


「えぇ? 六郎はそんなに優秀だったのか?」


「……まあな」


 話が弾んでいるのを尻目に、俺は畑に目を向ける。

 さっきまで並んで動いていた二人――空木六郎と、青葉舞日の姿。

 六郎は黙々と作業をしているが、舞日は顔を上げ、こちらを見つめていた。


「……気づいていたのか」


 逆井乃と空木が話している中で、どんな流れがあったのか、空木が六郎たちを呼ぶ。

 六郎が顔を上げ、わずかに驚いた表情を見せた。


「所長。その節は色々とありがとうございました」


「いや。元気にやっているなら、それでいい」


 穏やかな六郎とは対照的に、舞日は警戒した顔つきをしていた。


「……来たんですね」


 俺にしか聞こえないよう、小声で話す。


「経過観察だ」


 それに短く答えた。


「……六郎くん、どう見えますか」


「安定しているな」


 舞日は小さく頷いた。安堵がそのまま表情に浮かぶ。


「ここなら、安全だ」


 俺がそう言いきると、舞日が続ける。


「怪異は入れない。ここでなら、私も、呼ばない」


 その言葉には重みがあった。


「……分かっている」


「それでも……」


 舞日は言葉を継ぐ。視線は六郎へと向けられていた。


「もし……六郎くんに何かあったら……」


 一瞬だけ間を置いて、舞日は俺を見上げた。


「私が、盾になります」


 迷いのない、静かな決意が垣間見えた。

 俺は何も言えなかった。

 舞日を否定はしない――いや、できない。


「……そうか」


 そう返すだけだった。

 しばらくして、俺たちは農園を後にした。


 振り返ることはない。もう、その必要はないのだから。



 ***



 東京へと向かう車中、逆井乃が口を開く。


「みんな元気そうでよかったよね」


「そうだな」


「でも……本音を言えば、青葉さんには()()入りして欲しくなかったなぁ」


 逆井乃は助手席のシートに身を沈め、残念そうな声を上げた。


「協力員として、回収物の観測を手伝って欲しかったよ」


「……お前の所は、他にも協力員がいるだろ。お前自身だって」


「そうなんだけどさぁ……ボクはね、もっと多角的な視点で観測データが欲しいんだよ」


 駄々をこねる子どものように、逆井乃は身を捩って頭を抱えた。

 怪異の感じ方は人それぞれで、自分とは違う感覚を持つ協力者を求めているのだと言う。

 青葉舞日のタイプは、今の協力者にはいないらしい。


「……それにしてもさ、ホント、人の心や記憶って不思議で厄介なものだよね」


「……ああ」


「形のない、思念でしかないものなのに。こんなにも生きている人間に影響を与えるなんて」


 まったくだ。 思いや感情は、本来、形を持たない。ところが、それが何かに宿り、やがて薄れると、今を生きる人間の心や記憶を削って補完しようとする。


「俺は……空木には申し訳ないことをした」


 逆井乃は頭の後ろで腕を組み、視線だけこちらに向けた。


「それ、どっちに?」


「両方――いや、恒一(こういち)に、だな」


 父親である空木恒一が回収に失敗したとき。

 かつての同僚として、自分がもっと早くに動きだしていたら。

 六郎と舞日が、怪異に巻き込まれることはなかっただろう。


「でもまあ、彼らは命まで削られなかったから、結果としては上等なんじゃない?」


 強い怪異に巻き込まれた場合、人は命を削られることもある。

 それを思えば、記憶で済んだのは軽いほうだ。


「彼らは今、楽園で平穏に暮らしていられるんだからさ」


「……そうだな」


「それに……空木くんは、また青葉さんを忘れてしまったけど……あそこで一からやり直せるじゃない」


「……ああ」


 わかっていても、納得のできないことなど、生きていればいくらでも起こる。

 俺も逆井乃も、それ以上の言葉を継げず、黙ったまま車は高速を降りた。


「ところで、東京第一支部は、また回収員がいなくなったね」


 いつもの軽い調子に戻った逆井乃が、ぽつりと言った。


「回収、どうするの?」


「心配ない」


 俺は、それに短く返す。


「このあと、面接が入っている」


「へえ、思ったより早いね」


「ああ」


「次は長く続くといいよね」


 逆井乃を保管施設で下ろし、俺はそのまま事務所へと向かう。


 新しい雑居ビル。

 六郎が農園に異動した日、東京第一支部は事務所を移転した。


 真新しい事務所。

 机。

 椅子。

 書類はまだ、段ボールに入ったまま。


 しばらくして、控えめなノックの音がした。


「どうぞ」


 ドアが開き、若い男性が入ってくる。

 緊張した面持ちだ。


 席に座らせ、差し出された履歴書に目を通す。 形式どおりの面接。 履歴、経歴、職歴、志望理由――すべて確認する。


 そうして俺は、一つだけ聞く。


「時間は守るタイプか?」





- 完 -

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