灯
ある日のことであった。
その日、置屋には女将でさえ快く思っていない下品な客が来ていた。
しかし、その客は富豪であり、置屋も世話になっていたため、出入りを断ることができなかった。
「女将、そういえば、房江という器量のいい娘がいるそうだな。今日はあれをよこしなさい」
「いえ、房江はまだ、芸者としては半人前でございます。もっと経験のある芸者をおつけしますので」
「いや、私は若い娘が好きなんだ。どうか、頼むよ」
「わかりました……」
そして、房江はその客の相手をすることになった。
「おお、お前は本当に器量がいいな。それに、いい体をしているじゃないか」
「いえ、私はまだ未熟者です。とても、お客様を十分にもてなすことは……」
「そういう、初々しいところがいいんだ。私と今日は夜を共にしないか」
「いえ、それはできません」
「何、私の言うことが聞けないのか」
「申し訳ありません」
「いいじゃないか、こっちに来い」
「いや、やめてください」
房江の声が座敷に大きく響いた。
それを聞きつけ、女将が慌てて駆け付けた。
「申し訳ありません。この娘はまだ未熟でございます。他の者をつけますので……。ほら、房江、あんたも謝りなさい」
「申し訳ありません……申し訳ありません……」
房江は必死に頭を下げた。
「房江、こういう時もあるのよ。その時は仕方がないの。わかっているでしょ」
「はい……」
「あんたの体の一つや二つくらい、なんてことないのよ。しばらく我慢すれば済むことなんだから」
「申し訳ありません……」
房江は辛くて置屋を飛び出した。
けれど、行くあてもなく、泣きながらまた戻ってくるしかなかった。
客の中には、平気で房江の体に触れてくる者もいた。
それがたまらなく辛かった。
他の芸者たちは、そうした客さえ器用にあしらっていた。
その姿を見るたび、房江は自分の未熟さを思い知った。
心にある僅かな灯が消えゆくようであった。
哲夫は、その姿を見るたびに不憫でならなかった。
助けてあげられぬ自分が情けなかった。
房江は上手く接客することができず、何度も部屋で涙を流した。
稽古の最中に、ふいに涙ぐむこともあった。
それでも健気に耐え、懸命に励む姿を、哲夫は幾度も目にした。
そしていつしか、哀れみは静かな恋心へと変わっていった。




