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赤い満月の雫  作者: 月原 悠
こいごころ

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11/11

嫉妬

ある夜のことだった。

女将の威勢のよい声が置屋に響いた。


「キリ、松平様がお見えよ。早く着替えていらっしゃい」

「はい、すぐに着替えて参ります」


松平という客はキリにとって一番の上客であり、どこか父親のように慕う相手でもあった。

哲夫とはまた違う形で、心を寄せていたのである。

久しぶりの来訪に、キリの胸は浮き立った。


「女将、そういえば、房江という器量のいい芸者がいると聞いたが、今日は相手してもらえないだろうか」

「松平様、それは少しどうでしょうか。キリも楽しみにしておりますし……」

「まあ、そこを何とか頼むよ」


そのやり取りがキリには聞こえていた。

キリは涙に溢れた。そして、置屋を飛び出して行こうとした。


「おお、キリじゃないか」

「松平様なんてお嫌いです」

「キリ、そう言うな。たまにはいいじゃないか」

「もう知りません……」

「わかった。わかった。じゃあ。キリ、今日も相手をしてくれ」

「本当でございますか?」

「ああ」

「でも、私より、あの、房江という芸者に気があるのではありませんか?」


その後、キリは接客が終わり、松平を見送りすると、房江を呼び出した。


「あなた、松平様に気をひくために、何かしたでしょ」

「いえ、私は何もしておりません」

「嘘をつきなさい。どうせ、あんたが、色気で何かしたのでしょう。恥ずかしくないの? そういうことをして」


キリの手が上がった。

房江の頬を叩く音が廊下に鋭く響いた。


「あなたみたいな色女はこの置屋から出て行って」

「いえ、そのようなことは一切しておりません」


そこにたまたま、哲夫が現れた。


「どうしたのですか? そのような大きな声で」

「あ、哲夫様、聞いてください。この色女が私の大切な客を取ったのです」

「いえ、決してその様なことはありません」

「嘘をつかないで、あんた、恥ずかしくないの」

「本当に何もしておりません。信じてください」

「あら、あなた、哲夫様にまで色目を使うのね」

「まあ、まあ、キリも房江もやめなさい。見苦しいですよ」

「わかりました。哲夫様」


哲夫はそれだけ言うと、部屋へ戻っていった。


「あんた、調子に乗らないでね、今日は哲夫様が、ああ言うから許してあげるけどね。いつか、痛い目にあうわよ」


房江は、キリに何も言い返すことが出来ず、じっとうつむいたままだった。

翌日、哲夫は房江を呼び出した。


「房江さん、昨日は申し訳ありませんでした」

「いえ、哲夫様に恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません」

「いえ、悪いのは何もできなかった、私の方であります。私は房江さんの素直で優しいところを好いております」

「何を恥ずかしいことをおっしゃいますか」

「本当です」

「それでは、失礼いたします……」


房江は恥ずかしさのあまり、哲夫の部屋を後にした。

そのことを、キリは部屋の外から聞いていた。

そして、嫌がらせがさらに増えていった。

美代という芸者を除いて、房江は孤立してしまったのである。


美代は同じく青森から奉公に来ていた。

嫌がらせに傷つく房江を、折にふれて慰め、励ましてくれた。

二人は少しずつ深く信頼し合うようになっていった。


置屋の外では、提灯の灯りがぼんやりと房江を照らしていた。


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